南国特有のスコールが初恋を連れてきてくれました

波木真帆

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倉橋さんの意図

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島から帰る車の中で、

「安慶名さん、よかったら今日は一緒に食事でもいかがですか?
美味しい沖縄料理を出してくれる店があるんですよ」

と倉橋さんに誘われた。
正直言って今夜は悠真と過ごしたかった。
そして昨夜の続きを……と思っていただけに悩んでしまったが、わざわざ西表にまできてくれて、しかもあんな素晴らしい湖まで見せてくれた倉橋さんが私に気遣って誘ってくれているのを無下にはしたくない。

「……そうですね。では、砂川さんも一緒に」

「えっ……あ、はい。社長、ご一緒してもよろしいですか?」

「ああ、大勢で行った方が楽しいだろう」

よかった。
なんとか悠真と夜を過ごせることにホッとしながら、私は悠真に微笑みかけた。
倉橋さんがどんな表情で私を見ているのかなんて全然気づきもせずに……。


K.Yリゾートに戻ってきて車を降りると、そこから歩いてすぐだという沖縄料理店に案内された。
倉橋さんがガラガラと引き戸を開けると甘辛い醤油の匂いが漂ってくる。
ふふっ、祖父の得意料理だった懐かしいあの匂いがする。
まるで祖父の家に戻ったようだ。

懐かしい匂いに急に故郷を思い出し、私は思わず笑みを浮かべた。

「こんばんは~」

友達の家にでも訪ねたようなそんな気軽な声をかけ、倉橋さんが入っていくと、

「やぁ、いらっしゃい。倉橋くん、久しぶりだね。砂川さんも」

と店主らしき男性が気軽に声をかけてくる。
パッと見、沖縄出身には到底見えない顔立ちだな。

そういえば、悠真のことは『さん付け』だが、倉橋さんのことは『くん付け』か……。
もしかしたら同じ本土からここに店を構えた経営者同士、気が合うってことなのだろうか。
離島という閉鎖的なコミュニティの中に新たに入り込むというのは結構大変なものだからな。


「あれ? 初めての人を連れてきてくれたんだね」

「八尋さん、彼はうちの新しい顧問弁護士の安慶名さん。沖縄出身だけど、今は東京で法律事務所を開業している。
俺の東京での仕事先でも顧問弁護士をしてくれているんだ」

「ああ、新しい人を探さなきゃってぼやいてた、あれか。へぇ、いい人を見つけたな。
私は八尋やひろ崇史たかふみ。ここに店を出して10年になる。これからどうぞご贔屓に」

「はい。安慶名伊織と申します。どうぞよろしくお願いします」

八尋さんはじっと私を見ると、ニッと笑顔を浮かべて

「倉橋くん、彼はいいね。人柄の良さが滲み出てるよ」

と倉橋さんにそう告げる。

「そうだろう? うちの顧問弁護士には彼しかしないって思ってたんだ」

「安慶名さん、今日はゆっくりしていってください。お会計は全部倉橋くんにツケておくので」

「ええっ、いえ、そんなわけには……」

「いいえ、安慶名さん。私がお誘いしたんですから、久しぶりの沖縄料理を楽しんでください」

これ以上断るのはかえって失礼だろう。

「では、お言葉に甘えて……」

そういうと、倉橋さんと八尋さんはにっこりと笑った。

奥の個室に案内され、3人分とは思えないほどの料理がたくさん運ばれてくる。
だが、どれも懐かしい匂いと見た目に私はすっかり嬉しくなっていた。

美味しい泡盛と料理を肴に楽しい会話を進め、あれだけたくさんあった食事も気付けば空になっていた。

食事を始めて3時間近く経ち、そろそろお開きかと思っていると、

「安慶名さん、まだ呑み足りないでしょう。このあと、うちで呑みませんか?」

と倉橋さんに誘われた。

確かにまだ話足りないのは本当だが、悠真との2人の時間も欲しくて即決できずにいた。

すると、

「砂川! 砂川もうちで一緒に呑まないか?」

と悠真にも声をかけ始めた。
それなら断る理由はない。

「それじゃあ、ぜひ砂川さんも一緒にお邪魔しましょうか」

「えっ……あ、はい。社長、じゃあ私もお付き合いします」

悠真も一緒ならと声をかけると、悠真は私の意見に賛同してくれた。
2人の時間は無くなったが、悠真も一緒に呑めるなら問題ない。

私たちは倉橋さんの自宅へと向かった。

会社と先ほどの店とそう離れてはいない、大きな古民家が倉橋さんの自宅らしい。
どうやら元々ここに建てられていた古民家をリノベーションしたようだが、そういうところは倉橋さんらしいと思えた。
彼ならこの西表の雰囲気を壊すようなものは作らないように思えたからだ。

この古民家は懐かしい雰囲気もあり、中は驚くほどスタイリッシュで機能的な家だった。

「そこらへんに適当に座ってください」

案内されたリビングは広く、天井が高くて開放感がある。
窓の外から見える素晴らしい中庭に魅入っているとキッチンの方で何やら音が聞こえた。

酒の準備をしてくれているのだろうかと振り返って音のする方を見ると、

「えっ――!」

倉橋さんがエプロンを身につけ、悠真を助手に何やら料理をしているのが見える。
まるで新婚家庭のようなその光景に慌ててキッチンへと足を向けると、

「ちょっと酒のつまみでも作ろうかと思いまして……」

と倉橋さんが笑顔で教えてくれた。
悠真はすぐ近くで時折倉橋さんが必要なものを手渡しながら、酒やグラスなど準備をしている。

なんだ、てっきり2人で料理でも作っているのかと思った。
阿吽の呼吸のようにあまりにも2人の息がピッタリで驚いたが、倉橋さんが適当に料理するのをただ見守っているという感じだ。

なんとなくホッとしつつ、私は彼の手つきに注目していた。

「倉橋さん、料理がお上手なんですね」

「いえ、それほどでも……うちは母親が料理が苦手でして、父がいつも料理をしていましたので幼い頃から男が料理を作るのが当然という環境で育ってきましたので、それでですかね」

「なるほど。私も料理は良くするんですよ」

「ええっ、そうなんですか?」

「はい。祖父と二人暮らしでしたから嫌でも作れるようにならないとっていうところから始まったのですが、皐月さん……いえ、鳴宮教授に『自分の作った料理が大事な人の身体を作るのだから料理って本当に大事なんだ』と教えてくださって、いつか大事な人ができた時になんでも作ってあげられるようにとそこから料理にのめり込みましてね、趣味が高じて調理師免許まで取得してしまったのですよ」

「ええっ! 調理師免許まで? それは知らなかった! すごいですね!!」

驚きを見せる倉橋さんの横で悠真も驚きの表情を見せている。
ああ、可愛い。

私は悠真に美味しい料理を食べてもらうために今まで料理を作ってきたのかもしれないな。
いつか私の料理を悠真に食べさせたい。
そして笑顔で美味しいと言ってもらいたいものだ。

「安慶名さん、もしよければ今日はうちにお泊まりになりませんか?」

「いえ、それは流石にご迷惑では?」

思案顔をしていた倉橋さんからの唐突な誘いに私は流石に断るつもりだった。
ここに宿泊までしてしまっては悠真と過ごす時間がなくなってしまう。

「大丈夫ですよ。うちには離れがありますからそちらにお泊りください」

離れ? 
こんな広い家にまだ離れまであるのか!
すごいな。

「社長! ですがあそこは……」

「ああ、そうだったな。じゃあ、お前も一緒に泊まってやるといい」

「「えっ?」」

悠真が一緒に離れに泊まる?
一体この話の流れはどうなっているんだ?

「ああ、すみません。うちの離れは昔ながらの五右衛門風呂でしてね、若干、使い方に手間取るのですが砂川の実家は昔、五右衛門風呂を使っていたらしくて使い方には長けてるんですよ。正直、家主の私より五右衛門風呂の取り扱いがうまくて。是非砂川と離れに泊まってもらえませんか?」

風呂事情はわかったが、なぜこんなにも悠真との宿泊を勧めるんだ?
もしかしたら倉橋さんは私たちのことを気づいている?

「なぜ、そこまで勧めてくださるのですか?」

疑問が浮かべばそれを問わずにはいられない。
それは弁護士としての性かもしれない。

「ふふっ。やっぱり私の意図に気づきましたか?」

やっぱり……。
倉橋さんは私が大事な社員に手をつけたことを実は怒っているのかもしれない。
もしかしたら顧問弁護士の話もなしに?

緊張しながら倉橋さんを見つめた。

「実は……安慶名さんの料理を食べてみたいなと思いまして」

「えっ? り、料理ですか?」

思いがけない返しに私は戸惑って思わず声が上擦ってしまった。
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