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突然の出来事
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<side真守>
初めて来たコヴェントガーデンは、母さんと一緒にみていた映画のそのままの姿で僕を楽しませてくれた。
しかも、イギリス紳士のセオドアさまと王子さまであるラミロさまと一緒だなんて……僕の人生で持っている幸運を全て使い果たしちゃったんじゃないかと思ってしまう。
そんなコヴェントガーデンで開催されていたマーケットの一角にあったお店から聞こえる美しい音に吸い寄せられるように近づくと、そこはオルゴールのお店。
スノードームや宝石箱やピアノの形をした可愛らしいオルゴールが並んでいる。
その中で一際僕の目を惹いたのは、綺麗な細工が施された懐中時計のオルゴール。
『あの、巻きネジを回してみてもいいですか?』
『ああ、もちろんだよ。自分が好きな音色を探すといい』
『ありがとうございます』
真っ白な髭を蓄えた店主のおじいさんに優しくそう言われて、ホッとしながらネジを回すと、美しい音色が聞こえる。
ああ、これ……好きな曲だ。
『マモル、これ気に入ったのか?』
『はい。音色も、それにこの時計もとっても素敵です』
――古美術品との出会いは一期一会。自分の直感を信じて気に入ったものは買った方がいい。それがたとえ無価値であっても、自分にとっては価値ある品だ。古美術品の価値は人に決められるものじゃない。自分が気に入れば、それは素晴らしい財産になるんだよ。
明さんの仕事を手伝い始めた時に、そう言われたことを思い出す。
だから偽物を摑まされたとしても気にすることはない。
それをその時の自分が価値があると思ったのだからとも言ってくれた。
そのおかげで僕は自分の直感に任せて選べるようになったんだ。
そして、その僕の選んだものをセオドアさまが気に入ってくださっていると聞いた時はすごく嬉しかった。
いつかお礼を言いたいなんて思っていたのに、まさかこうやって一緒に外を出歩けるなんて……本当人生って何が起こるかわからないな。
『マモル、これをプレゼントしよう』
僕があまりにもこのオルゴールから離れなかったからだろう。
気を遣ってセオドアさまが声をかけてくださった。
でもそんな言葉においそれとのるわけにはいかない。
けれど
『今日のデートの記念になるものを贈りたいと思っていたんだ。受け取ってくれるか?』
と言われたら、断るなんてできなかった。
――イギリスでは年上が払うのが当然だから、真守が支払いを強行しようとしてはいけないよ。
明さんからもそう言われていたし、プレゼントしてくださるというのならこれ以上遠慮してはいけないかも。
そう思って僕はお願いすることにした。
その瞬間、セオドアさまの表情がものすごく嬉しそうだったから、これで間違っていなかったのかなと思った。
綺麗に箱に包まれた懐中時計。
店主のおじいさんに、
『これからの君の時間が素敵な音色で包まれるように……』
と声をかけられて心がほんわかと暖かくなる感じがした。
おじいさんにもセオドアさまにも聞こえるように
『僕……これ、大切にします』
というと、二人も、そしてラミロさまも笑顔を見せてくれた。
『マモル、外の広場でストリートパフォーマンスをやっているようだよ』
『わぁ! 見に行きたいです!』
ここでは有名だって聞いたことがある。
僕はウキウキしながら、セオドアさまとラミロさまと一緒にストリートパフォーマンスが行われる場所に向かった。
そこにはもうすでにたくさんの人たちが並んで、座ったりしている人もいて、大混雑していたけれど、
『マモル、セオドア、ここが空いているぞ』
とラミロさまが進んで場所を見つけてくれた。
ストリートパフォーマンスがよく見える特等席に置かれた木製の椅子の端が三人分空いていたらしい。
『ありがとうございます』
お礼を言うと、
『マモルはここだよ』
とセオドアさまにラミロさまとの真ん中に案内される。
大きな男の人二人が座っても十分過ぎるほど大きいのに、その真ん中に僕みたいなちびっこが座っていると、どう見ても子どもにしか見えない。
やっぱりもう少し大きくなりたいな……なんて思いつつも、もう18だし無理だろうな。
まぁでも真ん中だとものすごく安心感はあるからいいのかな。
ここでパフォーマンスをやるにはオーディションに勝ち抜かないといけない決まりがあるんだそうで、流石にそんなすごい中を潜り抜けてきた人たちだけあってどの人もすごい。
ピアノやアコーディオンの生演奏だったり、スラックラインとかいう綱渡りの進化したものみたいなものの上でジャンプしたりするパフォーマンスやナイフや火を使った危険な技まで、思わず息を呑むような場面もあったけれど、そのどれもが面白い。
最後に出てきたのは、ゾンビのような異様な格好をしている人。
これでなんのパフォーマンスをするんだろうと思っていると、その人は中央から突然僕に向かって突進してきた。
手には小さな刃物を持ちながら、ゾンビメイクの奥でニヤリと笑うのが見える。
これ……パフォーマンスじゃないっ!
「わぁーーーっ!! 助けてっ!」
目を瞑り必死に大声を張り上げた瞬間、
『大丈夫だ』
という声と共に大きくて優しいものに包まれる。
大きな腕がギュッと僕を抱きしめて、ふわりと身体が浮き上がる感じがする。
えっ……
今……僕、どうなってる?
あまりの恐怖に瞑っていた目を開けると、目の前に優しいセオドアさまの顔が見える。
「えっ……」
『マモル、何も怖くないよ。大丈夫だ』
驚くままにセオドアさまにさらにギュッと抱きしめられる。
『あの……一体、どうなって……』
『不審者がマモルに飛びかかってきたから、マモルをその男から遠ざけた。それだけだよ』
『えっ、じゃあ、あの人は……』
『それは大丈夫。ラミロがすぐに取り押さえたよ』
『どこにいるんですか?』
『いいよ、マモルは見ないでいい。怖くなるだろう?』
『は、はい。そう、ですね……あ、あの僕……もう大丈夫です。下ります』
『ダメだよ。まだここにいてくれ』
『えっ? どうして、ですか?』
『せっかくマモルを腕に抱けたんだ。離したくない』
「――っ!!!!」
セオドアさまから発せられた言葉が信じられなくて、僕は驚きのあまり声も出せなかった。
初めて来たコヴェントガーデンは、母さんと一緒にみていた映画のそのままの姿で僕を楽しませてくれた。
しかも、イギリス紳士のセオドアさまと王子さまであるラミロさまと一緒だなんて……僕の人生で持っている幸運を全て使い果たしちゃったんじゃないかと思ってしまう。
そんなコヴェントガーデンで開催されていたマーケットの一角にあったお店から聞こえる美しい音に吸い寄せられるように近づくと、そこはオルゴールのお店。
スノードームや宝石箱やピアノの形をした可愛らしいオルゴールが並んでいる。
その中で一際僕の目を惹いたのは、綺麗な細工が施された懐中時計のオルゴール。
『あの、巻きネジを回してみてもいいですか?』
『ああ、もちろんだよ。自分が好きな音色を探すといい』
『ありがとうございます』
真っ白な髭を蓄えた店主のおじいさんに優しくそう言われて、ホッとしながらネジを回すと、美しい音色が聞こえる。
ああ、これ……好きな曲だ。
『マモル、これ気に入ったのか?』
『はい。音色も、それにこの時計もとっても素敵です』
――古美術品との出会いは一期一会。自分の直感を信じて気に入ったものは買った方がいい。それがたとえ無価値であっても、自分にとっては価値ある品だ。古美術品の価値は人に決められるものじゃない。自分が気に入れば、それは素晴らしい財産になるんだよ。
明さんの仕事を手伝い始めた時に、そう言われたことを思い出す。
だから偽物を摑まされたとしても気にすることはない。
それをその時の自分が価値があると思ったのだからとも言ってくれた。
そのおかげで僕は自分の直感に任せて選べるようになったんだ。
そして、その僕の選んだものをセオドアさまが気に入ってくださっていると聞いた時はすごく嬉しかった。
いつかお礼を言いたいなんて思っていたのに、まさかこうやって一緒に外を出歩けるなんて……本当人生って何が起こるかわからないな。
『マモル、これをプレゼントしよう』
僕があまりにもこのオルゴールから離れなかったからだろう。
気を遣ってセオドアさまが声をかけてくださった。
でもそんな言葉においそれとのるわけにはいかない。
けれど
『今日のデートの記念になるものを贈りたいと思っていたんだ。受け取ってくれるか?』
と言われたら、断るなんてできなかった。
――イギリスでは年上が払うのが当然だから、真守が支払いを強行しようとしてはいけないよ。
明さんからもそう言われていたし、プレゼントしてくださるというのならこれ以上遠慮してはいけないかも。
そう思って僕はお願いすることにした。
その瞬間、セオドアさまの表情がものすごく嬉しそうだったから、これで間違っていなかったのかなと思った。
綺麗に箱に包まれた懐中時計。
店主のおじいさんに、
『これからの君の時間が素敵な音色で包まれるように……』
と声をかけられて心がほんわかと暖かくなる感じがした。
おじいさんにもセオドアさまにも聞こえるように
『僕……これ、大切にします』
というと、二人も、そしてラミロさまも笑顔を見せてくれた。
『マモル、外の広場でストリートパフォーマンスをやっているようだよ』
『わぁ! 見に行きたいです!』
ここでは有名だって聞いたことがある。
僕はウキウキしながら、セオドアさまとラミロさまと一緒にストリートパフォーマンスが行われる場所に向かった。
そこにはもうすでにたくさんの人たちが並んで、座ったりしている人もいて、大混雑していたけれど、
『マモル、セオドア、ここが空いているぞ』
とラミロさまが進んで場所を見つけてくれた。
ストリートパフォーマンスがよく見える特等席に置かれた木製の椅子の端が三人分空いていたらしい。
『ありがとうございます』
お礼を言うと、
『マモルはここだよ』
とセオドアさまにラミロさまとの真ん中に案内される。
大きな男の人二人が座っても十分過ぎるほど大きいのに、その真ん中に僕みたいなちびっこが座っていると、どう見ても子どもにしか見えない。
やっぱりもう少し大きくなりたいな……なんて思いつつも、もう18だし無理だろうな。
まぁでも真ん中だとものすごく安心感はあるからいいのかな。
ここでパフォーマンスをやるにはオーディションに勝ち抜かないといけない決まりがあるんだそうで、流石にそんなすごい中を潜り抜けてきた人たちだけあってどの人もすごい。
ピアノやアコーディオンの生演奏だったり、スラックラインとかいう綱渡りの進化したものみたいなものの上でジャンプしたりするパフォーマンスやナイフや火を使った危険な技まで、思わず息を呑むような場面もあったけれど、そのどれもが面白い。
最後に出てきたのは、ゾンビのような異様な格好をしている人。
これでなんのパフォーマンスをするんだろうと思っていると、その人は中央から突然僕に向かって突進してきた。
手には小さな刃物を持ちながら、ゾンビメイクの奥でニヤリと笑うのが見える。
これ……パフォーマンスじゃないっ!
「わぁーーーっ!! 助けてっ!」
目を瞑り必死に大声を張り上げた瞬間、
『大丈夫だ』
という声と共に大きくて優しいものに包まれる。
大きな腕がギュッと僕を抱きしめて、ふわりと身体が浮き上がる感じがする。
えっ……
今……僕、どうなってる?
あまりの恐怖に瞑っていた目を開けると、目の前に優しいセオドアさまの顔が見える。
「えっ……」
『マモル、何も怖くないよ。大丈夫だ』
驚くままにセオドアさまにさらにギュッと抱きしめられる。
『あの……一体、どうなって……』
『不審者がマモルに飛びかかってきたから、マモルをその男から遠ざけた。それだけだよ』
『えっ、じゃあ、あの人は……』
『それは大丈夫。ラミロがすぐに取り押さえたよ』
『どこにいるんですか?』
『いいよ、マモルは見ないでいい。怖くなるだろう?』
『は、はい。そう、ですね……あ、あの僕……もう大丈夫です。下ります』
『ダメだよ。まだここにいてくれ』
『えっ? どうして、ですか?』
『せっかくマモルを腕に抱けたんだ。離したくない』
「――っ!!!!」
セオドアさまから発せられた言葉が信じられなくて、僕は驚きのあまり声も出せなかった。
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