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助けて!!

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全部は入れられそうにないから、とりあえずいますぐに必要なやつだけにしておこう。
下着や洋服、大事な本、父さんや母さんに買ってもらった思い出の品。
あ、そうだ。
父さんからもらったあの時計も入れておかないと!

あと、これだけはおいていけないな。
僕の命をも守ってくれた、父さんからの最後の贈り物のクマ。

おっきいけど、これは抱っこして持っていこうっと。

あとは……

「真守! お前、本当にあの男と一緒に住む気かよ」

「ひゃぁっ!!」

クローゼットの中を覗き込んでいると突然、伸吾の声が聞こえて、手に持っていたクマを落としてしまった。
慌てて拾い上げながら、大声で叫ぶ。

「な、なんでここに入ってきているんだ! 二階には勝手に上がるなって父さんからも言われてただろう!」

「はっ。もういなくなったやつの言葉なんか聞くわけないだろ! 大体、お前がさっさとうちに住むって言ってれば、あの男の言いなりにならずに済んだんだ! 今からでもいい、俺のうちに住むってあの弁護士に言ってこいよ!」

「い、嫌だ! 僕は明さんとイギリスに行くって決めたんだ!」

「なんだと! お前、俺と離れていいっていうのかよ!」

「はぁ? どういう意味?」

「なんだ、お前。焦らしてんのか? お前が俺に色目使ってきてたの知ってるんだぞ。だから、俺は誘いに乗って触ってやったってのに」

「い、色目なんて使ってない! 僕は嫌だったんだ! 伸吾に触られて気持ち悪くて仕方がなかった!」

「な――っ、嘘つくなよ! お前が誘ってきてただろ! いつも可愛い顔して俺を見てたくせに! くそっ! もういい! 今から俺のものにしてやる! そうすればあいつだってもうお前をイギリスなんかに連れて行く気になんかならないだろ!」

「な――っ、やめっ! こないでぇっ!!!」

目をギラギラとさせながら、鼻息荒く僕の方に突進してくる伸吾の姿が怖くて、大声をあげながらその場にしゃがみ込んだ。

すると

「――ったた! やめろっ! 離せよ!!」

伸吾の苦しげな声が聞こえたと思ったら、大きくて暖かいものに包まれた。

「一人にして悪かった。怖かっただろう? でも、もう大丈夫だから」

「明さん……」

その優しい声と匂いにすぐに明さんだとわかってホッとした。

あまりの驚きに震えていた身体を支えられながらゆっくり立たせてもらって周りに目を向けると、伸吾が後ろ手に拘束されてうつ伏せで倒れているのが見えた。

「離せーっ、これを外せよ!! くそーっ!!」

大声で叫びながらジタバタしているけれど、どうにもできないみたいだ。
あの一瞬で誰が拘束したんだろう。凄すぎる。

「彼はまだ未成年だが、暴行未遂だからね。ちゃんと通報するよ」

そういうと、伸吾はあの弁護士の成瀬さんに連れて行かれた。
大声をあげ、騒いでいたけれど目の前からいなくなってくれてホッとした。

「奴の行動が心配だったから、少しでも早く日本から連れ出したかったんだ。でもまさか、この部屋に入るなんて思わなかったから怖い目に遭わせて悪かったな」

「いえ、助けに来てくれてありがとうございます。あの、あの拘束はもしかして明さんが?」

「ふふっ。いや、あの成瀬くんだよ。彼は武道に長けているからね」

「へぇー、そうなんですね」

イケメンで弁護士でしかも強いなんて……ほんとすごい人っているんだな。

「ここにある荷物も家の荷物も全て残らずイギリスに送るから、心配しないでいいよ」

「そうなんですか?」

「ああ。だから、特別に大事なものだけ持っていけばいい。部屋はたっぷり空いているからここの荷物くらい全部入れられるよ」

うちもそこそこ広いと思っていたけど、うちの荷物を全て入れられるなんて……明さんちって、大豪邸だったりしないよね?
そんなすごい家に住むなんて緊張するんだけど……。

「このクマのぬいぐるみは、可愛いなぁ。まるで真守みたいだ」

「えっ?」

「ほら、この可愛い目も、優しそうな表情も似ているだろう?」

「これ……父さんが最後の旅行で買ってくれたんです。サービスエリアで、お土産物でもなんでもないのに一目惚れしたから僕に買ってあげたいって……。母さんは大きすぎるって言っていたけど特別だからって……それで、買ってくれたんです」

「そうか……。智春ともはるさんも、きっと真守に見えたからサービスエリアに置いていけなかったんだな」

「父さん……」

なんであの時、あんなにも頑なにこのクマを買ってくれたのか……父さんの思いに少し気付けた気がした。

「明さん……僕、これを一生大切にします」

「ああ、そうだな。それがいい」

父さんの気持ちが嬉しくて、僕はそのクマを大切に抱きしめた。

明さんが僕のキャリーケースを持ってくれて、一緒に下りると叔父さんたちはもうだれもいなくなっていて、しんと静まり返っていた。

父さんと母さんの遺骨は専門の業者がイギリスまで運んでくれるらしい。

「成瀬くん、彼は?」

「知り合いの刑事さんに来てもらって引き渡しましたのでご安心ください」

「そうか、ありがとう」

「あとのことは全てこの私にお任せください。全てが終わりましたらご報告いたします」

明さんからこんなにも一任されているなんて……本当にすごい弁護士さんなんだろうな。
僕も成瀬さんみたいに明さんの役に立てるようになれたらいいのに……。

「成瀬くん。じゃあ、頼むよ」

「はい。それではお気をつけて」

「ああ。ありがとう」

成瀬さんに見送られながら僕は玄関の前に置かれていた車に、明さんと一緒に乗り込んだ。

「慌ただしくてすまないね。イギリスに帰ったら急ぎの仕事があってね」

「いえ、僕はわざわざ明さんが迎えに来てくれただけで嬉しいです。それに慌ただしくしている方が、悲しいことを思い出さないで済みますから」

「真守……。無理はしないで悲しいことは全て私にぶつけていいんだよ。私はもう君の養父になったんだ。それに、同じ悲しみを共有できるもの同士、悲しみを癒しながらこれからの先の未来を楽しもう」

「明さん……」

そうだ、明さんだって、たった一人の妹を亡くしたんだ。
おじいちゃんたちももういないし、明さんも僕と同じ一人になったんだ。

僕だけが悲しいんじゃない。
そんな一体感に包まれた気がした。
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