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第四章 (王城 過去編)

花村 柊   33−2

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「あ、あなたはだれ? なんで、ぼ……私を?」

必死に尋ねるけれど声が震えて仕方がない。
前にあの人たちに変な紅茶を飲まされそうになった時もすっごく怖かったけど、あの時はお父さんが一緒にいてくれたから頑張れた。

でも今はひとり……もう怖くてたまらない。

「ひっ――!」

急にその男がぼくの目の前にしゃがみ込んできた。
近くで見ると余計恐怖が募る。

「ははっ。そんなに怖がることないだろ。傷つくなぁ。お前が騒がなきゃ優しくしてやるって」

男の手が伸ばされ、ぼくの髪に触れる。
フレッドの以外の人に触られるなんて……嫌だ。
必死で身を捩ろうとしてもお腹の痛みでなかなか動けない。

「ふっ。近くで見ると余計可愛いな。お前を愛人にするとか王妃さまも勿体無いことをしやがる。
せっかく俺が見つけてやったんだ。お前は俺だけのものにしてやるよ。一生日陰の身なんてお前が可哀想だからな。
お前は俺に愛された方が幸せになれるんだよ」

愛人? 日陰の身?
何言ってるの、この人。
もしかしてぼくがお父さんの愛人だって勘違いしてる?

「違うっ! 私はトーマさまの愛人なんかじゃないっ!」

間違った事実なんか流されたらお父さんとアンドリューさまの迷惑になってしまう。
痛むお腹を押さえながら必死にそういうと、

「違う? あんなに見せびらかすみたいに仲良さそうに歩いてたくせに? 大体、この服だって王家の紋章付きでかなり可愛がられてるじゃないか。ああ、もしかして王妃さまじゃなくて陛下の愛人だったりするわけ?」

とまたもや見当違いのことを言ってくる。

「ああ……それか、2人の愛人だったりするとか? お前、あの2人を手玉に取れるほど具合が良かったりするの?
なら、俺も試させてもらおうかな」

意味のわからないことをつらつらとしゃべった後で、男はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべてぼくのスカートに手をかけてきた。

「なにっ? 離してっ!! いやーーっ!!」

ぼくは渾身の力を振り絞って叫んだけれど、

「ははっ。バカだな、この部屋は防音だからどんなに叫んでも誰にも届かないよ」

と笑いながら、男はぼくのスカートを力任せに引き裂いた。

ビリッビリビリビリッ!!

嫌な音が部屋中に響き渡る。
と同時に太ももが外の空気に触れ、男の前に露わになってしまった。

「いやぁーーーーっ!!!」

「だから叫んでも無駄だって言ってんのに。お前をここで犯して名実ともに俺のにしたら屋敷に連れて帰ってやるから、とりあえずここで楽しもうぜ。最初は俺とお前の2人だけの方がいいだろう?」

破かれた服を必死に押さえつけ逃げようとするぼくを男はペロリと舌舐めずりしながら、ジリジリと近寄ってくる。

「逃げるなって。陛下にも王妃さまにも可愛がられてるんだろ。もう処女でもないくせに純粋ぶるなよ」

「こ、来ないで! 大体、なんで……なんで私なの?」

「言ったろ、俺が見つけたって。お前を城下で見つけた時、すぐにお前が俺の運命だってわかったよ。
お前も俺を待ってたんだろ? 俺と目があって喜んでたろ」

何? 目があった?
何のことを言ってるの?

「お前も俺のとこに来たがってるってわかったから、あの子どもに金やって護衛騎士を引きつけさせたんだぜ。
それなのに、そうやって怖がるフリとかいらないからさ。早く楽しもうぜ」

そういえば、この緑色の瞳……。
どこかで見覚えがと思ったけど、あのとき……お父さんと城下に出てきた時にお父さんにむけていた視線の中に確かこの瞳が見えたような。

「俺はお前の要望に応えてやったんだろ。ほら、俺が可愛がってやるから、大人しくしろよ」

「やっ! こない、で……」

ジリジリと近づいてくるこの人の瞳が怖くて動けなくなる。
ぼくにはフレッド以外考えられないのに。

「いや――っ、フレッド――っ!!」

最後の力を振り絞って大声を上げた瞬間、男の顔がニヤリと笑みを浮かべる。

「大声出しても無駄って言って――ぐわぁっ!!!!」

もう襲われると思って両手で身体を守ろうとしたその時、扉がドゴーーーンと大きな音を立てて吹き飛んでいくのが視界の隅で見えた。

まるで映画のようなそんな光景に驚くばかりで言葉も出ない。
気づいた時にはぼくの目の前にいたはずの男は床に叩きつけられて身動きひとつせず、ぼくの目の前にはずっと会いたかったフレッドの顔があった。


目を覚ますと、僕はいつもの部屋にいた。
すぐ傍にいる何かの気配に一瞬身構えたけれど、それがフレッドの匂いだとすぐにわかった。

「……ふ、れっど……」

寝起きのせいか覚束ない発音で声をかけるとすぐにフレッドが

「シュウ……ああ、目が覚めてよかった……」

とぼくを強く抱きしめた。
その声が涙で潤んでいる気がしてぼくは驚いた。

「フレッド……ぼく……」

「シュウはあれから2日も眠っていたんだ。目が覚めて本当に良かった」

フレッドがいうには、あのあとぼくは意識を失ってしまいフレッドが部屋まで連れ帰ってきてくれたらしい。
そして、すぐにお医者様を呼んで診てもらったら、どうやらここのところ少し無理をしていたせいで身体が弱ってしまっていたようだ。
そこにあの恐怖体験が重なって身体が悲鳴を上げてしまったのだ。

ゆっくりと身体を休ませるようにと言われ、フレッドはこの2日、ずっとぼくのそばで看病していてくれたみたい。

「心配かけてごめんね……」

「いや、シュウが謝ることなんてなにもない。まだ少し起きてていられそうなら、トーマ王妃を呼んでもいいか? 
シュウが眠っている間、ずっと心配していたから……」

そうだ、お父さん……。
きっとものすごく心配したはずだ。
急に目の前からいなくなったんだもんね。

「うん。お父さんに会いたい……」

「わかった。すぐに来ていただくとしよう」

フレッドは一瞬でも僕のそばから離れるのが嫌だったみたいで、扉の前からブルーノさんに声をかけてお父さんにきてもらうように伝えるとすぐにベッドへと戻ってきてくれた。

すぐにぼくをすっぽりと腕の中に閉じ込めてくれて、背中を優しく撫でられる。
このフレッドの温もりと匂いがぼくの心を落ち着けてくれるんだ。

フレッドの匂いをスーッと吸い込んでいると部屋の扉がトントントンと叩かれ、お父さんとアンドリューさまが中へと入ってきた。

フレッドが『寝室にどうぞ』と声をかけると、寝室の扉が開いてお父さんの顔が見えた。
ぼくのことを心配して寝ていないのだろう。
いつもの綺麗な顔に隈ができてしまっている。

ああ、ぼくのせいで迷惑かけちゃったな……。

「……お父、さん……」

いろいろ言いたいことはあるのになにから伝えたらいいのかもわからなくて名前を呼ぶと、

「しゅ、うくん……」

お父さんもまた涙に潤んだ声でぼくの名前を呼びながら駆け寄ってきた。

お父さんの瞳から涙がボロボロとこぼれ落ちる。
その涙があまりにも綺麗に見えて、ぼくは思わず手を伸ばした。

「お父さん……ごめんね。心配、かけちゃったね」

「ううん。違う……僕が、僕がちゃんと柊くんを守れなくて……ごめんね」

お父さんはぼくが伸ばした手をそっと握ると、『ごめんね』ともう一度小さく呟いた。

「あ、あの人は……一体なんだったの?」

「シュウ、あいつのことは気にしなくていい。この部屋であいつの名を出すだけでも不愉快だ」

「フレッド……うん。わかった……」

あの時はなにがなんだかわからなくて、なんでぼくが攫われることになったのか詳しく話を聞いてみたいと思ったけれど、正直、聞いたところであの時の恐怖が薄れるわけでもないし、逆に恐怖が増すかもしれない。
それに何より、フレッドがここまで怒ってくれているのだから、ぼくがこれ以上蒸し返す必要はないんだろう。
詳しい話をすることで、お父さんが今よりももっと責任を感じることになってしまうといけないし。フレッドがそういうならこの話はこれで終わらせておこう。

「トーマ、あれをシュウに見せるのではなかったか?」

アンドリューさまが泣いているお父さんを後ろから抱きしめ優しくそう尋ねると、
お父さんは『あっ、そうだった……』と涙を拭って、ポケットから小さな小箱を取り出した。

「柊くん、これ……」

映画なんかで見覚えのある四角い小箱をお父さんがパカっと開くと、そこにはぼくのデザインした大きさの違う指輪が2個眩いばかりの光を放ちながらそこに並んで鎮座していた。

「あっ……指輪、だ……」

そうだ、レイモンドさんに注文した指輪。
それを取りに行くところだったんだ。

「柊くんが目を覚ましたらまた一緒に取りに行こうと思っていたんだけど、あんなこともあったし、早く神さまからの守護石を身につけた方がいいんじゃないかと思って、僕とアンディーで取りに行ってきたんだ。勝手にごめんね……」

「ううん。すっごく嬉しいっ!!! ぼくがデザインした指輪がそのままここに……ああ、本当に嬉しい!
お父さん、アンドリューさま、ありがとうっ!! ねっ、フレッドもそう思うよね?」

「ああ。そうだな。陛下、トーマ王妃……本当にありがとうございます。おかげでシュウもすっかり元気を取り戻したようです」

久しぶりにみるフレッドの笑顔にホッとしながら見つめていると、お父さんが

「ねぇ、付けてみて」

と言ってくれた。

ぼくは落とさないようにゆっくりとお父さんの持っている小箱から大きなサイズの指輪を手にした。

「フレッド、左手出して……」

フレッドは僕の言葉に不思議そうな表情をしながらも左手をそっと差し出した。

「フレッド……ぼくは病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、フレッドのことを愛し、フレッドを助け、フレッドを慰め、フレッドを敬い、ぼくの命のある限りフレッドに尽くし続けることを誓います。
ぼくの思いの全てをこれに託します」

以前、お父さんに教えてもらったあっちの世界での結婚式の誓いの言葉を述べて、ぼくはフレッドの左手の薬指に指輪を嵌めた。


フレッドは喜んでくれるかな……ドキドキしながらフレッドの反応を楽しみにしていたけれど、フレッドは俯いたまま、ぼくが指輪を嵌めた薬指をじっと見つめて全く動こうとしない。

「フレッド……?」

どうしたんだろうと思ってフレッドの顔を覗き込むと、フレッドは目に大粒の涙を浮かべながらも決して涙を流すまいと必死に堪えているように見えた。

「シュ、ウ……」

フレッドがようやくぼくの方を向いてパチっと瞬きをした瞬間、フレッドの瞳から必死に堪えていた大粒の涙が一粒ポトリと落ち、それが偶然にもフレッドの薬指の宝石に当たった。

「わっ――!!」

その瞬間、石は眩い光を放ちながらその涙を吸収していく。
そして、さっきよりももっと輝きを増したように見えた。

「い、今のなんだったんだろ……すごかったね」

パッとお父さんの方に目をやると、お父さんもアンドリューさまも驚いた表情をしていた。
だけど、元々これは神さまから授かった石。
どんなことが起こっても不思議じゃない。
これからずっとこの石はぼくたちのいろんな感情を受け止めてくれるんだろうな……きっと。

「シュウ……シュウの言葉が嬉しすぎてなんの反応も返せなくてすまない。
シュウが言ってくれた言葉、あれは一体……?」

「あれは、結婚式の時の誓いの言葉だよ。見守ってくれている人たちの前でそう宣言するんだ。
指輪が完成してフレッドに嵌めてあげる時に言いたくて、お父さんに教えてもらってたんだ」

『ねっ!』とお父さんを見ると、満面の笑みでぼくたちを見つめてくれていた。
隣にいるアンドリューさまはお父さんの肩をだき、ピッタリと寄り添っている。

「そうか……結婚式の時の……素晴らしい誓いの言葉だな。
それでは私も、シュウに誓おう。そして、陛下とトーマ王妃に見届け人になっていただくことにいたしましょう。
よろしいでしょうか?」

「もちろんだよ。ねっ、アンディー」

「ああ。フレデリック、トーマはシュウの父だ。父に対して嘘偽りなど一切ないようにな」

「はい。もちろんでございます」

フレッドは『ふぅー』と大きく深呼吸すると、お父さんが持っている小箱からぼくの指輪をゆっくりと丁寧にとりぼくを見つめた。

「シュウは暗闇の中にいた私の世界に光と輝きを与えてくれた。この石が放つ眩い光のようにシュウが私を照らしてくれた。これから先、私たちの前にどのような世界が待っていたとしても私にはシュウの光しか見えないから安心してほしい。私の心はシュウだけのものだ、命の光が消えるその時までシュウだけを愛し続けるとここに誓う」

フレッドはぼくの瞳をじっと見つめたまま、ゆっくりとそう言ってくれた。
さっきの宣言通りの嘘偽りのないフレッドの言葉がぼくの心にスッと入ってくる。

ぼくたちの知っている世界とは全然違う世界になっているかもしれないことに不安を感じていたぼくの気持ちを慮ってくれたその誓いの言葉がとても嬉しかった。

「……ありがとう、フレッド……」

気づけばぼくの目から涙が溢れていた。
フレッドはその涙を優しく拭ってくれた後、ぼくの左手の薬指にお揃いの指輪を嵌めてくれた。

光り輝くその指輪が、暗闇から抜け出したフレッドの心の中をうつしているようでぼくは感慨深い気持ちになった。

ぼくはフレッドの左手をとって、自分の左手と一緒にお父さんとアンドリューさまに見せた。

お父さんもまた涙を流しながら、嬉しそうにぼくたちの指輪を見ていた。

「フレデリックさん、素敵な誓いの言葉だったよ。
僕の大事な息子である柊くんをよろしくお願いします」

そう言ってフレッドに頭を下げるお父さんは、嬉しそうでそれでいて少し寂しげななんとも言えない表情をしていたのが印象的だった。
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