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第四章 (王城 過去編)
閑話 アンドリュー&トーマ 神への誓いと真実 <後編>※
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目を開けていられないほどの眩しさの中で僕たちは離れないようにずっと抱きしめあっていた。
足元になんの感覚もなく、身体がふわりと宙に浮かんだような気がした。
ふわふわとした妙な感覚に恐る恐る目を開けるとそこはさっきまでいた泉とは全く違う一面真っ白で何もない場所。
足踏みをしてもなんの音も聞こえない。
えっ? 怖い、何ここ……。
でも、何か知ってる、ような気もする……。
どこだろう、ここ。
目の前で僕を抱きしめたまま、未だ目を瞑っているアンディーの袖を引っ張って、
「アンディー、アンディー」
と声をかけると、アンディーもまた僕と同じように恐る恐るといった様子で目を開け周りの様子に驚いていた。
「ここ、は……どこだ?」
「わからない……けど、なんか……懐かしい気がする……」
「懐かしい?」
アンディーは何もない真っ白い空間に目をやって、『私から絶対に離れるな』と僕のことをぎゅっと抱きしめた。
「アンディー?」
アンディーの行動の意味がわからなくて尋ねると、アンディーの返事よりも先に
「心配せずともふたりを引き離したりはしませんよ」
と穏やかで優しい声が聞こえてきた。
「だ、だれ??」
「誰だ?」
パッと声の聞こえた方を振り向くとさっきまで誰もいなかったはずの場所に誰かが立っているのが見えた。
優しげな目でにっこりと微笑むその人を見た瞬間、僕は思い出した。
「あ……神、さま?」
「えっ? 神?」
僕の言葉にアンディーは目を丸くしてその人を見つめた。
その人は微笑みながら、僕の言葉に頷いた。
「またあなたとここで会えるとは……」
またここで? そうか、やっぱり僕、ここに来たことがあるんだ!
「トーマ、どういうことだ?」
「よく、わからないけど……」
「それは私からお話ししましょう。
私は全世界の神、フィリオンサーラ。
トーマをこの世界に呼び寄せたのは私なのです」
「えっ……? あなたがトーマを?!」
アンディーは驚愕の表情でフィリオンサーラと名乗った神を見つめていた。
「そう。貴方の唯一であるトーマは本当ならば、この世界に誕生するはずだったのです」
「――っ!」
僕もアンディーも思いがけない事実に驚きすぎて声が出なかった。
「トーマ、このことを知っていたのか?」
「ううん。知らない! 知らないよ!!」
両手を前で振りながら必死に伝えていると、
「アンドリュー、落ち着きなさい。トーマにも今初めて伝えたのですよ」
と神さまが助け舟を出してくれた。
その言葉にホッとしつつも、話の続きが気になって仕方なかった。
「あの、どうして僕は違う世界に……?」
「それは……、ほら、こっちに来なさい!」
言いにくそうな表情で神さまが呼びかけた先から現れたのは、神さまの半分ほどの背丈の小さな子ども。
申し訳なさそうにおずおずと僕たちの前に出てきだと思ったら、
「ごめんなさい!」
と深々と頭を下げてきた。
「えっ? えっ? この子、は……?」
可愛らしい子に急に謝られて、どういうことかもわからずにオロオロとアンディーと二人で神さまを見つめていると、
神さまが『はぁーーっ』と大きな溜め息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。
「この子は私がこの世界を任せていた、フォルティアーナ」
えーっ! オランディアの唯一神、フォルティアーナがこんな可愛らしい子どもだったなんて!
驚きの連続でも頭が混乱し始めてる。
「この子が……フォルティアーナ……」
アンディーも驚きを隠せないようだ。
神さまは僕たちのそんな様子を気にしながらもそのまま話を続けた。
「実は、この子の手違いでトーマ、貴方を違う世界に飛ばしてしまったのです。
すぐにそのことに気づいたのですが、全世界からトーマを探し出すのに時間がかかってしまって……アンドリューにもトーマにも申し訳ないことをしました。
私が気づいた時、トーマは悪意あるものにその命を絶たれるところでした」
「えっ? 僕が命を……? ってことは……あれは事故じゃなかったの?」
あの時はいろんなことがあって疲れていたし、ぶつかった拍子に自分で体勢を崩して落ちてしまったんだとばかり思っていた。
神さまは少し悲しげな表情で小さく頷いた。
「その、悪意ある者……って……僕の知っている人ですか?」
「聞きたいのですか? 聞けばショックを受けるかもしれませんよ?」
「……それでも、僕のことをそこまで憎んでいたなんて……教えて欲しいです」
神さまは悩みながらも
「トーマ、貴方の弟です」
とハッキリと教えてくれた。
その瞬間、ストンと胸に落ちた気がした。
弟が僕の許嫁をとったのも、自分が後継者になりたかったからだ。
僕の許嫁をとれば後継者になれると思ったのに、両親は新たな許嫁を探し出した。
だから、僕がいなくなればいいと思ったんだ。
そうか……それほどまでに僕は邪魔だったんだな。
そうだよね。本当なら僕はあの家に生まれるはずじゃなかったんだから。
「神さまの言葉で全て納得できました」
僕は少し清々しささえ感じていた。
神さまはそんな僕をほっとした様子でみつめながら、話を続けた。
「それで私は慌ててトーマをこの世界に呼び寄せ、アンドリュー……貴方にトーマを託したのです。
元の世界での嫌な記憶を抹消してトーマを貴方に託そうと思い、一度ここに呼び寄せたのですが一つ大きな誤算がありました」
「誤算? それは……?」
「貴方の子ども、シュウの存在です」
「柊くん??」
「そうです。実は貴方をこの世界に呼び寄せた時、もうすでにあの子は生まれる運命にありました。
本来ならば、生まれるはずのなかった命が芽生えていたのです」
そうか……。
僕がこの世界に生まれていれば、柊くんは存在しない。
そこから運命は変わっていたんだ。
神さまは僕の考えを見透かしたように大きく頷いた。
「そうです。あちらの世界に存在するはずのない命を持ったシュウがあちらの世界で幸せになるのは至難の業。
ですが、神とはいえ、人間の住む場所をおいそれと変更することはできないのです。
……ですから、私はあの子の成長を見守り続けました。
そして、あの日……シュウは命を絶たれる運命にあったのです」
「柊くんが……命を絶たれる? それはどういうことですか?」
「シュウに秘かな想いを寄せていた者があの場所で眠っているシュウを陵辱し、そのあとで命を絶つつもりで近づいていることに気づき、急いで私がこの世界に呼び寄せたのです。本来ならば、父である貴方が暮らすこの時代に来させる予定でしたが……アンドリュー、貴方の子孫であるフレデリックの幸せのために私がシュウを未来に送りました」
「フレデリックの幸せのために……」
「そうです。貴方がトーマを溺愛するあまり、偏った愛がさも事実であるかのように後世に伝えられ、美醜感覚の変わった未来で苦しい思いをしていたフレデリックのためにです」
その言葉にアンディーは青褪めた顔で俯いた。
『やはり私のせいだったか……』
と呟き、かなり落ち込んでいるように見えた。
「辛い日々を過ごしていたフレデリックの光となるべくシュウを彼に授けたのです。
アンドリュー、貴方の唯一を奪い、離れ離れにしたフォルティアーナのしでかした罪は重い。
ですが、この子のおかげで貴方の間違いで苦しい思いをしていた貴方の子孫であるフレデリックは幸せを取り戻したとも言えます。
ですから、この子を許してあげてください」
神さまの言葉にフォルティアーナはもう一度
『ごめんなさい』と深々と頭を下げた。
身体を震わせ謝り続けるフォルティアーナに僕は
「大丈夫。もう謝らないで。僕は今が幸せだから良いんだよ」
と笑顔を見せると、フォルティアーナは涙で潤んだ目を細めてにっこりと笑った。
「ねっ、アンディー」
アンディーに目を向けると、
「ああ。私はこうやってトーマと巡り会えた。その上、私の過ちで苦しんでいたフレデリックが幸せを取り戻せたのですから、私の方がお詫びとお礼を言わなければ」
と『ありがとうございます』と言って頭を下げていた。
「本当なら、このままトーマとシュウには同じ時を過ごさせてやりたいのですが、未来に住む者たちがフレデリックとシュウの帰還を待っているのです。悲しいでしょうが、残された時間はあと少し。帰り方は彼らが知っています」
「えっ? 柊くんたちが?」
「はい。先ほど、その答えに自分達の力で辿り着いたのです。あの子たちは未来のオランディアの光となるでしょう。同じ時を過ごせずとも、目に見えなくとも貴方がた4人はいつでも近くに感じられますよ。
だから、悲しむことはないのです。残された時間を笑顔で過ごすように……。良いですね」
「はい。わかりました」
僕たちはお互いに顔を見合わせて大きく頷いた。
「これは私からの贈り物です。
瞳の色の石はトーマとアンドリューのふたりで。
そして、こちらの金剛石は4人の揃いのものを身につけるように。
それが離れても貴方がたを見守ってくれますよ」
「「ありがとうございます!」」
神さまがにこりと笑いながら僕とアンディーの手にそっと乗せてくれた瞬間、僕たちの周りをまた眩い光が包み込んだ。
「うわっ!!」
ぎゅっと目を瞑った僕の耳に
「幸せになりなさい。お互いを信じるのですよ」
と神さまの声が届いた。
ありったけの声で
「神さま、ありがとうございます!!」
と叫び必死に目を開けると、僕たちは緑に囲まれた『神の泉』の前で抱きしめ合いながら立っていた。
一瞬夢だったのかと思ったけれど、手の中には神さまから手渡された石が入っているし、それに僕の耳には神さまの優しげな声が残っている。
「アンディー!」
声をかけると、
「あれは夢ではなかったのだな」
と手の中の石を感慨深そうに見つめていた。
もう神さまに会うことはないだろう。
それでも僕たちの心には神さまの優しい笑顔が残っている。
「アンディー。柊くんたちのところに戻ろう」
「ああ、そうだな」
僕たちは神さまからの贈り物を落とさないようにぎゅっと握りしめ、もう片方の手を繋ぎ森の外で待つヒューバートの元へ向かって歩き始めた。
驚いたことに行く時はあれだけ歩いたのに、帰りはあっという間に森の外が見えてきた。
けれど、あれほど燦々と降り注いでいた太陽の光は跡形もなく、辺りは漆黒の闇に覆われている。
神さまと過ごした時間は僕たちにとってはあっという間だったけれど、フレデリックさんの言ってた通りこの世界とは時間の流れが違ったんだなぁ。
それだけの時間が経っていたのならきっと心配していたことだろう。
ヒューバートは森の入り口近くに僕たちの姿を見つけて急いで駆け寄ってきた。
「陛下。トーマ王妃。ご無事でしたか」
「ヒューバート、心配かけてごめんね」
目を潤ませ、心から安堵したようなその表情にどれだけ心配してくれていたのだろうと心苦しくさえ思う。
「いいえ。ご無事で何よりでございます」
「さぁ、アルフレッドたちが待っている。宿に戻ろう」
『はい』と嬉しそうな声を上げるヒューバートと共に馬車へと戻った。
行き同様、アンディーの膝に乗り軽快なリズムで進んでいく馬車の音を聞きながら、馬車は一路、柊くんたちの待つ『グラシュリン』の宿へと向かっていた。
「ねぇ、アンディー」
「どうした?」
「神さまから聞いたフレデリックさんの話だけど……」
「ああ。あのことについては心からの詫びを言わねばな」
暗い表情を浮かべるアンディーは、全てを打ち明けるつもりなのだろう。
でも……。
「フレデリックさんはきっと良かったっていうと思うよ」
「トーマ、どういうことだ?」
「だって、フレデリックさんが不幸だったから柊くんを与えてくれたんだよ。もし、幸せな日々を過ごしていたら、柊くんと会うことはなかったんだから」
そう。本当は僕たちの元へ来てくれるはずだった柊くん。
僕としてはその方が嬉しかったけれど、フレデリックさんと一緒にいる柊くんがいつも幸せそうだからこれで良かったのだと思う。
【人間万事塞翁が馬】
昔の人は本当に上手く言ったものだな。
僕たちにとってはまさにその通り……柊くんもあちらの世界では辛い思いをしたけれど、こっちではフレデリックさんといつまでも幸せに過ごしてくれたらいい。
「なぁ、トーマ。神は私がトーマを溺愛しすぎたせいで……と言っていたな。未来の美醜感覚を取り戻すために私は一つ考えていることがあるのだ。トーマも協力してくれぬか?」
「なに、考えって?」
「あのな、――――――にしたらどうだろうか?」
目から鱗が落ちるようなその話に驚いたけれど、それは良いアイディアだと思う。
アンディーはずっと気にしていたんだろうな。
自分のせいだって神さまに言われる前から薄々気づいていたみたいだったし。
「うん! それはいいね!」
「そうか、賛成してくれるか」
アンディーは子どものように嬉しそうな顔をして僕を後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
「ねぇ、そうだ! 神さまからもらった石、見せて」
アンディーが上着のポケットから出している間に、僕も貰った黒金剛石を手のひらに乗せてみた。
アンディーの手には瞳の色と同じ藍玉と、金剛石がキラキラと輝いている。
「うわぁ、やっぱり綺麗だな。こっちのは2人でって言ってたから、柊くんたちみたいにピアスにしようね」
「ああ……。トーマがピアスをつけてくれるとは……幸せでたまらないな。
もちろん、私のこの色をつけてくれるのだろう?」
「うん。もちろんだよ。アンディーは僕の色をつけてね!」
「実を言うと、フレデリックたちがずっと羨ましかったのだ。
私の願いが叶うとは……感無量だな」
僕の耳たぶを触りながら、嬉しそうに微笑むアンディーが可愛くて僕はアンディーの唇にキスをした。
僕からのキスにキョトンとしていたアンディーだったけれど、すぐに離れないように後頭部を抑えられ深くて甘いキスに変わった。
肉厚で柔らかな舌で絡みついたり、歯列をくすぐったりするたびにクチュクチュと甘い水音が聞こえてくる。
唯一ってあの時の蜜だけじゃなく、唾液も甘いんだよね。
ほんと、不思議だな……。
「トーマ、何を考えてる?」
キスの合間にそう尋ねられて、
『アンディーのこと大好きだなって』と笑って答えたら、蕩けるような甘い声で
「トーマ、愛してるよ」
と言ってくれた。
どちらからともなく、『ふふっ』と笑い合い、僕はアンディーの手に乗った金剛石を見て言った。
「あのね、この金剛石で4人でお揃いの指輪を作りたいんだけど……いいかな?」
「指輪?」
「うん。僕と柊くんがいた世界では永遠の愛を誓い合う時、お揃いの指輪を身につけるんだ。
だから、みんなでお揃いの指輪つけたいなって……」
「そうか。指輪か。ああ、そうしよう。城に帰ったらすぐにレイモンドを呼ぶことにしよう」
そう決まった瞬間、アンディーの手の上にあった金剛石が少し輝いた気がした。
きっと神さまも喜んでくれているんだ。
決めた! 柊くんと離れる時は最後の顔が涙で終わらないように、
神さまに貰ったこの金剛石と共に、僕は笑顔で見送ろう。
大好きな息子とその伴侶のために……。
足元になんの感覚もなく、身体がふわりと宙に浮かんだような気がした。
ふわふわとした妙な感覚に恐る恐る目を開けるとそこはさっきまでいた泉とは全く違う一面真っ白で何もない場所。
足踏みをしてもなんの音も聞こえない。
えっ? 怖い、何ここ……。
でも、何か知ってる、ような気もする……。
どこだろう、ここ。
目の前で僕を抱きしめたまま、未だ目を瞑っているアンディーの袖を引っ張って、
「アンディー、アンディー」
と声をかけると、アンディーもまた僕と同じように恐る恐るといった様子で目を開け周りの様子に驚いていた。
「ここ、は……どこだ?」
「わからない……けど、なんか……懐かしい気がする……」
「懐かしい?」
アンディーは何もない真っ白い空間に目をやって、『私から絶対に離れるな』と僕のことをぎゅっと抱きしめた。
「アンディー?」
アンディーの行動の意味がわからなくて尋ねると、アンディーの返事よりも先に
「心配せずともふたりを引き離したりはしませんよ」
と穏やかで優しい声が聞こえてきた。
「だ、だれ??」
「誰だ?」
パッと声の聞こえた方を振り向くとさっきまで誰もいなかったはずの場所に誰かが立っているのが見えた。
優しげな目でにっこりと微笑むその人を見た瞬間、僕は思い出した。
「あ……神、さま?」
「えっ? 神?」
僕の言葉にアンディーは目を丸くしてその人を見つめた。
その人は微笑みながら、僕の言葉に頷いた。
「またあなたとここで会えるとは……」
またここで? そうか、やっぱり僕、ここに来たことがあるんだ!
「トーマ、どういうことだ?」
「よく、わからないけど……」
「それは私からお話ししましょう。
私は全世界の神、フィリオンサーラ。
トーマをこの世界に呼び寄せたのは私なのです」
「えっ……? あなたがトーマを?!」
アンディーは驚愕の表情でフィリオンサーラと名乗った神を見つめていた。
「そう。貴方の唯一であるトーマは本当ならば、この世界に誕生するはずだったのです」
「――っ!」
僕もアンディーも思いがけない事実に驚きすぎて声が出なかった。
「トーマ、このことを知っていたのか?」
「ううん。知らない! 知らないよ!!」
両手を前で振りながら必死に伝えていると、
「アンドリュー、落ち着きなさい。トーマにも今初めて伝えたのですよ」
と神さまが助け舟を出してくれた。
その言葉にホッとしつつも、話の続きが気になって仕方なかった。
「あの、どうして僕は違う世界に……?」
「それは……、ほら、こっちに来なさい!」
言いにくそうな表情で神さまが呼びかけた先から現れたのは、神さまの半分ほどの背丈の小さな子ども。
申し訳なさそうにおずおずと僕たちの前に出てきだと思ったら、
「ごめんなさい!」
と深々と頭を下げてきた。
「えっ? えっ? この子、は……?」
可愛らしい子に急に謝られて、どういうことかもわからずにオロオロとアンディーと二人で神さまを見つめていると、
神さまが『はぁーーっ』と大きな溜め息を吐いて、ゆっくりと口を開いた。
「この子は私がこの世界を任せていた、フォルティアーナ」
えーっ! オランディアの唯一神、フォルティアーナがこんな可愛らしい子どもだったなんて!
驚きの連続でも頭が混乱し始めてる。
「この子が……フォルティアーナ……」
アンディーも驚きを隠せないようだ。
神さまは僕たちのそんな様子を気にしながらもそのまま話を続けた。
「実は、この子の手違いでトーマ、貴方を違う世界に飛ばしてしまったのです。
すぐにそのことに気づいたのですが、全世界からトーマを探し出すのに時間がかかってしまって……アンドリューにもトーマにも申し訳ないことをしました。
私が気づいた時、トーマは悪意あるものにその命を絶たれるところでした」
「えっ? 僕が命を……? ってことは……あれは事故じゃなかったの?」
あの時はいろんなことがあって疲れていたし、ぶつかった拍子に自分で体勢を崩して落ちてしまったんだとばかり思っていた。
神さまは少し悲しげな表情で小さく頷いた。
「その、悪意ある者……って……僕の知っている人ですか?」
「聞きたいのですか? 聞けばショックを受けるかもしれませんよ?」
「……それでも、僕のことをそこまで憎んでいたなんて……教えて欲しいです」
神さまは悩みながらも
「トーマ、貴方の弟です」
とハッキリと教えてくれた。
その瞬間、ストンと胸に落ちた気がした。
弟が僕の許嫁をとったのも、自分が後継者になりたかったからだ。
僕の許嫁をとれば後継者になれると思ったのに、両親は新たな許嫁を探し出した。
だから、僕がいなくなればいいと思ったんだ。
そうか……それほどまでに僕は邪魔だったんだな。
そうだよね。本当なら僕はあの家に生まれるはずじゃなかったんだから。
「神さまの言葉で全て納得できました」
僕は少し清々しささえ感じていた。
神さまはそんな僕をほっとした様子でみつめながら、話を続けた。
「それで私は慌ててトーマをこの世界に呼び寄せ、アンドリュー……貴方にトーマを託したのです。
元の世界での嫌な記憶を抹消してトーマを貴方に託そうと思い、一度ここに呼び寄せたのですが一つ大きな誤算がありました」
「誤算? それは……?」
「貴方の子ども、シュウの存在です」
「柊くん??」
「そうです。実は貴方をこの世界に呼び寄せた時、もうすでにあの子は生まれる運命にありました。
本来ならば、生まれるはずのなかった命が芽生えていたのです」
そうか……。
僕がこの世界に生まれていれば、柊くんは存在しない。
そこから運命は変わっていたんだ。
神さまは僕の考えを見透かしたように大きく頷いた。
「そうです。あちらの世界に存在するはずのない命を持ったシュウがあちらの世界で幸せになるのは至難の業。
ですが、神とはいえ、人間の住む場所をおいそれと変更することはできないのです。
……ですから、私はあの子の成長を見守り続けました。
そして、あの日……シュウは命を絶たれる運命にあったのです」
「柊くんが……命を絶たれる? それはどういうことですか?」
「シュウに秘かな想いを寄せていた者があの場所で眠っているシュウを陵辱し、そのあとで命を絶つつもりで近づいていることに気づき、急いで私がこの世界に呼び寄せたのです。本来ならば、父である貴方が暮らすこの時代に来させる予定でしたが……アンドリュー、貴方の子孫であるフレデリックの幸せのために私がシュウを未来に送りました」
「フレデリックの幸せのために……」
「そうです。貴方がトーマを溺愛するあまり、偏った愛がさも事実であるかのように後世に伝えられ、美醜感覚の変わった未来で苦しい思いをしていたフレデリックのためにです」
その言葉にアンディーは青褪めた顔で俯いた。
『やはり私のせいだったか……』
と呟き、かなり落ち込んでいるように見えた。
「辛い日々を過ごしていたフレデリックの光となるべくシュウを彼に授けたのです。
アンドリュー、貴方の唯一を奪い、離れ離れにしたフォルティアーナのしでかした罪は重い。
ですが、この子のおかげで貴方の間違いで苦しい思いをしていた貴方の子孫であるフレデリックは幸せを取り戻したとも言えます。
ですから、この子を許してあげてください」
神さまの言葉にフォルティアーナはもう一度
『ごめんなさい』と深々と頭を下げた。
身体を震わせ謝り続けるフォルティアーナに僕は
「大丈夫。もう謝らないで。僕は今が幸せだから良いんだよ」
と笑顔を見せると、フォルティアーナは涙で潤んだ目を細めてにっこりと笑った。
「ねっ、アンディー」
アンディーに目を向けると、
「ああ。私はこうやってトーマと巡り会えた。その上、私の過ちで苦しんでいたフレデリックが幸せを取り戻せたのですから、私の方がお詫びとお礼を言わなければ」
と『ありがとうございます』と言って頭を下げていた。
「本当なら、このままトーマとシュウには同じ時を過ごさせてやりたいのですが、未来に住む者たちがフレデリックとシュウの帰還を待っているのです。悲しいでしょうが、残された時間はあと少し。帰り方は彼らが知っています」
「えっ? 柊くんたちが?」
「はい。先ほど、その答えに自分達の力で辿り着いたのです。あの子たちは未来のオランディアの光となるでしょう。同じ時を過ごせずとも、目に見えなくとも貴方がた4人はいつでも近くに感じられますよ。
だから、悲しむことはないのです。残された時間を笑顔で過ごすように……。良いですね」
「はい。わかりました」
僕たちはお互いに顔を見合わせて大きく頷いた。
「これは私からの贈り物です。
瞳の色の石はトーマとアンドリューのふたりで。
そして、こちらの金剛石は4人の揃いのものを身につけるように。
それが離れても貴方がたを見守ってくれますよ」
「「ありがとうございます!」」
神さまがにこりと笑いながら僕とアンディーの手にそっと乗せてくれた瞬間、僕たちの周りをまた眩い光が包み込んだ。
「うわっ!!」
ぎゅっと目を瞑った僕の耳に
「幸せになりなさい。お互いを信じるのですよ」
と神さまの声が届いた。
ありったけの声で
「神さま、ありがとうございます!!」
と叫び必死に目を開けると、僕たちは緑に囲まれた『神の泉』の前で抱きしめ合いながら立っていた。
一瞬夢だったのかと思ったけれど、手の中には神さまから手渡された石が入っているし、それに僕の耳には神さまの優しげな声が残っている。
「アンディー!」
声をかけると、
「あれは夢ではなかったのだな」
と手の中の石を感慨深そうに見つめていた。
もう神さまに会うことはないだろう。
それでも僕たちの心には神さまの優しい笑顔が残っている。
「アンディー。柊くんたちのところに戻ろう」
「ああ、そうだな」
僕たちは神さまからの贈り物を落とさないようにぎゅっと握りしめ、もう片方の手を繋ぎ森の外で待つヒューバートの元へ向かって歩き始めた。
驚いたことに行く時はあれだけ歩いたのに、帰りはあっという間に森の外が見えてきた。
けれど、あれほど燦々と降り注いでいた太陽の光は跡形もなく、辺りは漆黒の闇に覆われている。
神さまと過ごした時間は僕たちにとってはあっという間だったけれど、フレデリックさんの言ってた通りこの世界とは時間の流れが違ったんだなぁ。
それだけの時間が経っていたのならきっと心配していたことだろう。
ヒューバートは森の入り口近くに僕たちの姿を見つけて急いで駆け寄ってきた。
「陛下。トーマ王妃。ご無事でしたか」
「ヒューバート、心配かけてごめんね」
目を潤ませ、心から安堵したようなその表情にどれだけ心配してくれていたのだろうと心苦しくさえ思う。
「いいえ。ご無事で何よりでございます」
「さぁ、アルフレッドたちが待っている。宿に戻ろう」
『はい』と嬉しそうな声を上げるヒューバートと共に馬車へと戻った。
行き同様、アンディーの膝に乗り軽快なリズムで進んでいく馬車の音を聞きながら、馬車は一路、柊くんたちの待つ『グラシュリン』の宿へと向かっていた。
「ねぇ、アンディー」
「どうした?」
「神さまから聞いたフレデリックさんの話だけど……」
「ああ。あのことについては心からの詫びを言わねばな」
暗い表情を浮かべるアンディーは、全てを打ち明けるつもりなのだろう。
でも……。
「フレデリックさんはきっと良かったっていうと思うよ」
「トーマ、どういうことだ?」
「だって、フレデリックさんが不幸だったから柊くんを与えてくれたんだよ。もし、幸せな日々を過ごしていたら、柊くんと会うことはなかったんだから」
そう。本当は僕たちの元へ来てくれるはずだった柊くん。
僕としてはその方が嬉しかったけれど、フレデリックさんと一緒にいる柊くんがいつも幸せそうだからこれで良かったのだと思う。
【人間万事塞翁が馬】
昔の人は本当に上手く言ったものだな。
僕たちにとってはまさにその通り……柊くんもあちらの世界では辛い思いをしたけれど、こっちではフレデリックさんといつまでも幸せに過ごしてくれたらいい。
「なぁ、トーマ。神は私がトーマを溺愛しすぎたせいで……と言っていたな。未来の美醜感覚を取り戻すために私は一つ考えていることがあるのだ。トーマも協力してくれぬか?」
「なに、考えって?」
「あのな、――――――にしたらどうだろうか?」
目から鱗が落ちるようなその話に驚いたけれど、それは良いアイディアだと思う。
アンディーはずっと気にしていたんだろうな。
自分のせいだって神さまに言われる前から薄々気づいていたみたいだったし。
「うん! それはいいね!」
「そうか、賛成してくれるか」
アンディーは子どものように嬉しそうな顔をして僕を後ろからぎゅっと抱きしめてくれた。
「ねぇ、そうだ! 神さまからもらった石、見せて」
アンディーが上着のポケットから出している間に、僕も貰った黒金剛石を手のひらに乗せてみた。
アンディーの手には瞳の色と同じ藍玉と、金剛石がキラキラと輝いている。
「うわぁ、やっぱり綺麗だな。こっちのは2人でって言ってたから、柊くんたちみたいにピアスにしようね」
「ああ……。トーマがピアスをつけてくれるとは……幸せでたまらないな。
もちろん、私のこの色をつけてくれるのだろう?」
「うん。もちろんだよ。アンディーは僕の色をつけてね!」
「実を言うと、フレデリックたちがずっと羨ましかったのだ。
私の願いが叶うとは……感無量だな」
僕の耳たぶを触りながら、嬉しそうに微笑むアンディーが可愛くて僕はアンディーの唇にキスをした。
僕からのキスにキョトンとしていたアンディーだったけれど、すぐに離れないように後頭部を抑えられ深くて甘いキスに変わった。
肉厚で柔らかな舌で絡みついたり、歯列をくすぐったりするたびにクチュクチュと甘い水音が聞こえてくる。
唯一ってあの時の蜜だけじゃなく、唾液も甘いんだよね。
ほんと、不思議だな……。
「トーマ、何を考えてる?」
キスの合間にそう尋ねられて、
『アンディーのこと大好きだなって』と笑って答えたら、蕩けるような甘い声で
「トーマ、愛してるよ」
と言ってくれた。
どちらからともなく、『ふふっ』と笑い合い、僕はアンディーの手に乗った金剛石を見て言った。
「あのね、この金剛石で4人でお揃いの指輪を作りたいんだけど……いいかな?」
「指輪?」
「うん。僕と柊くんがいた世界では永遠の愛を誓い合う時、お揃いの指輪を身につけるんだ。
だから、みんなでお揃いの指輪つけたいなって……」
「そうか。指輪か。ああ、そうしよう。城に帰ったらすぐにレイモンドを呼ぶことにしよう」
そう決まった瞬間、アンディーの手の上にあった金剛石が少し輝いた気がした。
きっと神さまも喜んでくれているんだ。
決めた! 柊くんと離れる時は最後の顔が涙で終わらないように、
神さまに貰ったこの金剛石と共に、僕は笑顔で見送ろう。
大好きな息子とその伴侶のために……。
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ちっちゃくなった俺の異世界攻略
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※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
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【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
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「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
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