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第一章 (出逢い〜両思い編)

フレッド   1

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私はフレデリック・ルイス・サヴァンスタック。
オランディア王国現国王の弟で、早々に王位継承権を放棄し、代わりに公爵の爵位を賜り、サヴァンスタックの名を名乗っている。

私は前国王の次男として生まれたが、現国王である兄、アレクサンダー・ファン・オランディアとは兄弟仲も良く王位継承で揉めたりということはなかった。私は上に立つ者としての資質を備えた兄・アレクが後を継ぐべきだと思っていたし、アレクもそのために日々勉強を怠らなかった。

しかし、それが崩れたのは私が成人(15歳)を迎えた頃。
父である前国王が毒を盛られ床に伏したのだ。
犯人はすぐに取り押さえられたが黒幕は結局のところ、わからずじまいであった。
父はどちらを後継ぎにするのか言葉を話すこともできないまま昏睡状態へと陥り、国内は混迷を極めた。
そんな中、父の側近や貴族の一部に私を王位につけるために兄への謀反を企むそんな輩が出てきた。
国中で争いが起こり始め、このままでは世界の大国であるオランディアが没落してしまう、そう考えた私は兄の命を守るため、そしてこのオランディアを守るために王位継承権を放棄した。

その後すぐに、父である前国王が亡くなり兄は国王となった。
兄は私が王位継承権を放棄した真意に気づき、公爵の地位を与え、開拓し甲斐のある領地を与えてくれた。

与えられた領地はオランディア王国中心部より馬車で一週間ほどかかる。
ここは、もとは隣国のものだった。
先の大戦で勝利した際にオランディアに併合した土地であったが、併合した当初は未開拓の場所も多かったことで放置されており、国王に領地を与えられた時には何もない荒れ果てた土地が広がっていた。

そんな土地であったからか、国内では私が兄である国王に楯突いたためにこんな土地へと飛ばされたのだと揶揄するものも大勢いたが、私は勝機を感じていた。

元々ここは山と海に恵まれた素晴らしい場所だ。
未開拓だった土地を必死で開拓し続け、軌道に乗るまでに10年の月日を要したが、海沿いの景勝の良い土地にコテージ風のホテルをたくさん建設し、王都からの街道を整備したことで国内屈指のリゾート地となり、年間国内外を問わず、大勢の旅行客が訪れるようになった。
また温暖な気候を利用して、王都周辺では栽培しにくい小麦や野菜、果物など作物の栽培ができるようになったことも我が領地の人気に拍車をかけた。

移り住んで一緒に開拓を進めてくれた領民たちのおかげもあって、15年経った今ではオランディア王国の他の領地と比べても遥かに豊かな土地となった。
私この領地を今まで以上に豊かに発展させていく、それが使命だと思っている。

この領地が豊かになったことで、ひとつ大きな問題が出来た。
公爵である私の後継者を早く決めなければいけなくなったのだ。
私の脳裏にあの時の忌まわしい争いが蘇る。
王位継承権を放棄し、公爵と下がった私とはいえ、私の直系を残せばまたよからぬことを企む輩も出てくることだろう。

そこで、兄である国王に相談を持ちかけ、まだ婚約者の決まっていない三男、私から見れば甥っ子にあたるクリストファーを後継者に指名し、後継手続きを完了したことで、後継問題は鳴りを潜めた。

しかし、それでもよからぬことを企む輩は出てくるもので、この豊かな領地、そして王室との繋がりを一代限りでも良いと欲しがる者たちがこぞって娘や息子を私の妻にと勧めてくる。
もしこれで私の寵愛でも受け、子どもでも生まれればとでも思っているのだろう。

夜会へ出るたびに結婚適齢期の男女を紹介されるものの、紹介された者たちはみんな浮かない顔だ。
見目麗しいと評判の茶色の髪と瞳を持つ兄と違って、金色の髪に淡い水色の瞳、その上長身な私の見た目はあまり好まれない。

オランディア王国では黒に近いほど美しく、神に愛されたものと信じられていて、淡い色味は敬遠される。そして、身長は低い方が好まれるのだ。そして、それは男性でも女性でも変わらない。

私とて、まだ30歳。生涯独り身でいたいと思っているわけではない。後継ぎ問題をきちんと理解し、それでも結婚してくれる人が現れれば女性でも男性でも構わないと思っている。そう、私を地位や名誉にとらわれずに心から愛してくれる人ならば。

オランディア王国では同性婚、異性婚共に認められている。
貴族で後継問題のある時には次男以下に男性の妻を娶ることも推奨されているほどだ。

しかし、金色の髪に淡い水色の瞳の私など、例え地位や名誉を持ってしても傍にいたいなどと思ってくれる人は現れるわけがない。
私を見るあのあからさまな拒絶の眼差しをみれば、結婚したとしても地位や名誉に眩んだだけの白い結婚になることは分かりきっている。
この見た目では愛してもらえると考えるのは無理なのかもしれない。ならば、もう結婚は諦めよう。

そう思っていたある日、毎夕の日課である中庭を散歩していると私の憩いのベンチに人影が見えた。

んっ?誰かが私のベンチに横たわっている。
まさか、使用人が?
いや、そんな不届なやつはこの屋敷にはいないはずだ。
では、不審者か?

いや、ここは不審者が決して入らない構造になっている中庭。
警備をつけずにゆっくりと1人で過ごせる場所のはずだから不審者が入るなどあり得ない。
そもそも不審者がゆったりとベンチで休むなどもっとあり得ないだろう。

そう思いながら、私は足早にかつ慎重にベンチへと近づいた。

そこには見たこともない衣服を纏い、ベンチに身を預け切ったままうたた寝をしている子どもがいた。
いや、ギリギリ成人しているころだろうか?
寝ている姿を見る限り、身長は160cmあるかないかといったところだろう。
小さくて可愛らしい。
そして、驚くほど漆黒の髪が夕日を浴びて艶々と光り輝いているように見える。

これは地毛だろうか?
時々、黒に染めて謀る輩もいるというが、ここまで綺麗な漆黒には染められないだろう。

近くまで行って起こそうと思ったが、私の見た目に嫌な思いをしてはいけない。

よし。

「いつの間にここに入り込んだんだ?」

少し離れた場所から震える声で話しかけた。

私の声に驚いたのか、その子は慌てたように起き上がった。

彼の大きな瞳が私の姿を捉えた時、ドンと雷のような衝撃が私の中を走った。
なんだ、今の衝撃は…。

私の方を見たその子は大きくて丸い黒い瞳の可愛らしい顔立ちをしていた。
瞳まで黒いなんて…彼女は…
いや、骨格は男だな、彼は一体何者なんだろうか?

この広い王国内で黒に近い髪色を持つ者も稀にいるが、ここまで綺麗な黒髪にましてや黒目の人間はまずいない。
黒髪は神に愛されし者の象徴であるが、瞳も黒い彼はもしかしたら神の使いなのかもしれないな。
そう思ってしまうほど、彼は美しかった。

私が彼を観察しているように彼もまた私をじっと見ている。
だが、彼からは嫌悪感は一切感じられない。
それどころか好意的に見える。
彼は何を思っているのだろう。

しばらく待ってみたが、驚きすぎて声が出ないのか彼の返事が聞けないので、今度は違う質問をしてみた。

「君はここで何をしている?」

もっと優しく聞けばいいのに、麗しい彼を目の前に緊張してつい口調が厳しくなってしまう。

私の質問にハッと気づいたように彼は辺りを見回した。
ひとしきり見回してから、

「えっ?ここは……どこ?」

と、ぽつりと呟いた彼の目はひどく怯えているように見えた。

この近くに住むもので、このサヴァンスタックの屋敷を知らないものはいない。
やはり彼はこのあたりのものではないのだろう。
近くにこんな黒目黒髪のものがいれば大騒ぎになっているはずだからな。

「ここは我がサヴァンスタック公爵家の中庭だ」

「サ、サヴァ?」

そういうと、彼はすくっと立ち上がったかと思うと、身体をフラフラさせた。

「危ない!」

ああ、なぜもっと近くにいなかったんだ。
叫びながら近寄ったが間に合わず、彼は芝生に倒れ込んだ。

「君!大丈夫か?」

彼を胸に抱き抱え声をかけたがなんの反応もない。
こんな時どうすればいいかなんて普段の私なら冷静に対処できるはずであるのに、パニックになって

「マクベス!マクベス!早く来てくれ!」

大声で執事のマクベスを呼びよせた。
ただごとでない私の声に慌てた様子でマクベスは屋敷から走ってきた。

「旦那さま、どうかなさいましたか?」

尋ねるマクベスの目に彼の姿が映る。
私は咄嗟に彼の顔を胸に抱き寄せて隠した。

「彼を客間の寝室に運ぶ。身体が冷えているようだから、私のブランケットを急いで持ってきてくれ。起きたら風呂に入れるように風呂の支度もしておいてくれ」

「はい。かしこまりました」

私が胸に抱く彼のことを気にする素振りをしながらも、マクベスは再び屋敷へと走り、ブランケットを持ってきた。

マクベスが持ってきたブランケットで彼の身体を優しく包み、横抱きにして立ち上がった。

「旦那さま、私がお運び致しましょう」

「いや、私が運ぶ」

彼を他の人間に触らせたくなかった。
たとえ、マクベスであろうとも。
この湧き上がる独占欲はなんなのだろう。
今までに感じたことのない感情が私を襲う。

腕に抱く彼は成人男性と思えないほどの軽さだった。
ブランケットで包んだ腰は折れそうなほど細く女性のようなしなやかな筋肉を纏っていた。
やはり彼は未成年なのだろうな。

ならば、きちんと栄養のある食事をさせなければ。
彼が起きたら食事をとらせよう。
ああ、その前に風呂か。
冷えた身体を温めなければ。

そんなことを考えているうちに客間についた。
大きなベッドに彼をそっと寝かせ、寝ている彼の前髪を上げおでこに触れると、彼の瞼が赤く腫れているのがわかった。
頬にも涙の痕が残っている。

さっき話した時彼は泣いていたか?
いや、あの時は泣いていなかった。
では、私が来る前に?
彼の綺麗な黒目を涙で濡らさせたのは誰だ?

湧き上がる怒りに自分でも驚きつつ、無意識に涙の痕が残る彼の頬を手の甲でそっと撫でると

「うぅーん」

彼が可愛い声をあげた。

起こしてはいけない、ゆっくり休ませよう。

そぉっと部屋を出ると、部屋の前に警備長のルーカスが待ち構えるように立っていた。

「旦那さま。あの少女はどちらから?もしや、旦那さまを狙う賊なのでは?」

普段の私なら、賊かもしれないとまず疑ったことだろう。
しかし、あの美しい漆黒の瞳の奥に人を傷つけようとする意図は見られなかった。
第一、中庭を見回して驚愕していた顔は演技ではなかったはずだ。

「いや、あの子は少年で少女ではない」

「だ、男性でございますか?」

「ああ、そうだ。そして彼は私の大事な客人だ。丁重に扱ってくれ。私は自室へと戻るから、何か物音がしたらすぐに呼ぶように」

私の言葉に些か訝しんでいるようにも見えたが、ルーカスは

「はっ。畏まりました」

と言って、彼のいる客間の扉を見つめて揺らぐことなく立っていた。

ルーカスに任せて自分の部屋に向かうと、マクベスが部屋の前で待っていた。
私の顔を見るなり、すぐに

「旦那さま、あの少年は?」

と聞いてきた。

「客間に寝かせてルーカスに警備させている。
とりあえず説明をするから中に入れ」

部屋に入り、ソファーに腰を下ろすと
マクベスは用意してあったお茶のセットで手際よく紅茶を淹れてくれた。
毎夕の散歩の後にはいつも紅茶を飲んでいる。
その紅茶を一口飲んでから、私は口を開いた。

「私が中庭に行った時、あのベンチで彼は寝ていた」

「まさか!あの中庭には絶対に誰も入れないはずでございます」

普段なら私の話の途中で声を上げることなど絶対にない。
どんなことにも動じないマクベスが驚愕の表情をしてしまうほどにそれはあり得ないことなのだ。

「ああ、そうだな。その通りだ。
なぁ、マクベス。彼の格好を見たか?見たこともない服を着ていた。しかも、黒目黒髪だ」

彼はフードの付いた白い上着に硬い生地の藍色のズボンを履いていた。そして、紐で縛り上げる見たこともない白い靴。その全てがここらでは見たこともないものだった。

「えっ?瞳まで黒でございますか??」

「ああ。そんな者があんな目立つ格好で街にいればすぐにここに連絡が入るはずだ。それがなかったということは……」

「突然何らかの理由で中庭に現れた…ということでございますね」

さすが、マクベス。この公爵家の筆頭執事だけのことはある。

「そういうことだ。まぁ、詳細は彼に聞いてみないとわからないが……」

「旦那さま、これから彼をどうするおつもりですか?」

「そうだな。とりあえずはこの屋敷にしばらく置いて、彼の身の上を調査してみるか。私が思っていることが合っているとすれば恐らく何も出ないだろうが…」

トントントントン

部屋の扉がノックされ、私の返事と共にマクベスが扉を開けると、ルーカスの部下である警備兵が彼が目覚めたらしいと報告に来た。

急いで彼の客間へと足を進めた。

「先ほど室内で物音がしましたので、目が覚められたご様子です」

ルーカスの報告に扉を開けて寝室へと向かった。

寝室の扉をそっと開けると、彼がベッドの中央で頭を抱えて唸っていた。
そうか、急にこんなところに寝かされて怖い思いをしているのかもしれないな。

「目が覚めたか?」

そう問いかけると、彼はパッとこちらを見た。

大きな目の中に輝く漆黒の瞳
すっと鼻筋の通った小ぶりな鼻
赤くて艶のある唇。
そのどれもが私の本能をくすぐる。
ああ、なんて愛らしい顔立ちなんだろう。

こんなに愛らしい顔を私の顔を見て曇らせてしまうのは正直辛いな…。

「あ、あの…ぼく、」

彼の目にかなり動揺の色が見える。
やはり私の顔を見るのが辛いのかもしれない。
とりあえずは彼がここにいる理由を説明しなければ。

「君が突然倒れたから、とりあえずベッドに運んだのだが、体調は大丈夫か?」

そう尋ねると、彼は大丈夫ですと笑顔で答えてくれた。

作り笑いでない、心の底からの笑顔を見たのはいつぶりだろうか。
私にこんな綺麗な笑顔を見せてくれる者がいるとは…。
私は嬉しくなって、急いでベッドの横に置いている椅子へと腰を下ろした。

彼の顔を見ると美しい目は赤く腫れ、頬には涙の痕がある。

彼が目を腫らすほどに泣いた理由が知りたくて、
つい身を乗り出すほどの勢いで聞いてしまった。
頬に未だ残る涙の痕を消してあげたくなって、断りもなしに頬に触れてしまった。

頬は吸い付くように柔らかく弾力があり、
私の意思に反して手が離れたがらない。
私などが触れてはいけない清らかなものであるのに…。

案の定、彼は私に嫌悪感を抱いたのか泣き出してしまった。
これなら彼を泣かせた奴らと同じではないか。

私の顔が人に好かれる顔でないことはよく分かっている。
このまま彼の傍にいるのは得策ではないだろう。

これ以上彼の泣き顔を見ていたくなくて、マクベスを呼びに立ち上がると、彼は慌てたように私の手を捕まえ『行かないで』と引き止めてくれた。

その鈴のような可愛い声に引き止められて私は驚いた。
醜い私の手を躊躇いもせずに取ってくれるなんて、この子は一体?

驚きつつも「わかった」と言ってゆっくりと椅子へと戻った。

席に座り、まず自分の自己紹介をし
『フレッド』と呼ぶように頼んだ。
彼には『フレデリック』ではなく、愛称で呼んで欲しい……そう思った。

そして、彼の名前を尋ねると、
『シュウ・ハナムラ』と答えた。

やはり聞いたことのない名前だ。
平民には苗字は無いし、貴族にもハナムラなる苗字の者は領地内はもちろん、オランディア内にもいないはずだ。
もしかしたら国外からやってきた可能性もないとは言い切れない。

シュウ……珍しい音の響きの名前だが彼の雰囲気によく合っている。
それを褒めると、シュウはまたふわっとした可愛い笑顔を見せてくれた。
シュウの笑顔を見ると嬉しくて私も笑顔を見せてしまった。
私がこんなに笑顔になることはずっとなかったことなのに。

気づくとシュウが私を見つめていた。
やはり私の醜い瞳が気になるのだろうか。

シュウに嫌われてしまっては辛いなと思っていると、
シュウは私の瞳が綺麗だと言ってくれた。

綺麗な瞳?
私のこの白みがかかった水色の瞳をみて綺麗などありえない。

綺麗な瞳とはそれは君のことだろう。

漆黒の美しい瞳。
こんな人間がいるだなんて今でも信じられない。

それなのに、シュウはその瞳を初めて綺麗だと言われたと言った。

我が国の者で黒い瞳を褒めない人間はいない。
彼が我が国の者ではないという予想が確証へと近づいてきた。

彼の周りに黒い瞳や黒い髪を持つ者がいたのかを尋ねると、彼はほとんどの者がそうだと答えた。

しかも、その黒髪を茶色や金色に染めていた者もいたと言う。

私は彼の言葉に耳を疑った。

黒い髪をわざわざ金色に染めるだなんて!
なんということだろう。

我が国では黒色こそが神に愛されしものの象徴だと教えると、シュウは驚きの表情を見せた。

しかし、彼の驚きは黒という色の存在価値ではなく、私が『我が国』と言ったことに対しての驚きだった。

恐る恐る我が国の名前を問いかけるシュウの様子に、
おそらくここが自分の生まれ育った地でないことに気付いているのだろう。

ここがオランディア王国だと教え、シュウはどこから来たのかを尋ねた。


シュウの見た目はもちろん様子から察するにこの国の人間でないことはほぼ確実だろう。
ただ、確証が欲しい。
そして、私に嘘をつくかどうかも。

私は彼の目をじっと見つめた。

「ぼくは…日本という国から来ました」

「ニホン? 聞いたことないな」

シュウの目を見たが嘘をついている目ではなかった。
この世界の大陸のどこにもニホンなる国は存在しない。
シュウという名前も珍しい音の響きだと思ったが、ニホン? という音も初めて聞いたな。
そうなると、シュウは我が国の人間ではないというより、この世界とは違う世界の人間なのではないか?
それなら、突然あんな場所に現れたのも説明がつく。

シュウをここに留めておくにはどうしたらいいだろう? 何か良い理由はないか?

頭をフル稼働させて考えていると、思いもかけないシュウの言葉が耳に入ってきた。

ここで働かせて欲しいと言い出したのだ。

シュウはここが自分のいた世界と違うことに気づいたのだろう。
そして、ここで暮らしていくための方法を必死に考えた末にこの屋敷で働く方法を考えたのだ。
たしかに料理や掃除ならば働くのに資格は要らない。

しかし、働いて金を稼ぎゆくゆくは自分1人で生活する気なのだろうか?
彼のいた世界ではそれが普通なのか?
見た目は15歳?いや、もしかしたらそれより下かもしれないのに。

とりあえず、シュウの家族の話を聞いてみよう。
シュウの家族が彼を呼び戻そうとするなら、もしかしたら元の世界に戻ってしまうかもしれない。

シュウに家族のことを尋ねると、彼は悲しそうな顔でポツリポツリとこれまでの話を聞かせてくれた。

シュウの語ったことは驚きの連続だった。
子どもを捨てて突然失踪した母親。
子どもを長時間安い賃金で働かせた挙句に
盗人呼ばわりをして仕事を辞めさせるオーナーとやら。
とんでもない奴らだ。
それは目が腫れるほど涙も流すだろう。

でも、そうか。彼は戻っても1人なのだ。
そして、その場所は幸せな環境にあると言い難い。
彼を捨てて行くような母親はきっと呼び戻そうとはしないはずだ。
ならば、ここで私と共に過ごせばいいのではないか。
そうだ、それがいい。

しかし、それにしても……2年前から1人で暮らしているとは……。

こんな子どもを1人残して本当にとんでもない母親だ。

彼が未成年ならば、やれる仕事は限られる。
仕事をやらせる前に勉学をさせた方がいいかもしれない。

そう思って年齢を尋ねると、

「ぼく、17歳です」

と答えた。

今、シュウは何と言った? 17と言わなかったか?


17? 17?? 17???

聞き間違えかと思って何度も尋ねたが、17で間違い無いらしい。
数の数え方も一年の日数もここと同じだった。

なら、本当に彼は17歳なのか。

あまりにも信じられなくてもう一度尋ねたが、私の剣幕に怯えたのかシュウは顔をコクコクさせ頷くだけだった。

こんなに可愛らしい17歳がこの世に存在するとはな……。
もう成人して2年も経っているとは誰もわからないだろうな。

ああ、彼が心から私を好きになってくれたらどんなに幸せだろうか。
たとえ、彼が好きになってくれなかったとしても、もう彼を手放すことは考えられないのだが…。
とりあえずは私を必要としてくれれば良い。

そうだ、働きたいと言っていたな。
ちょうどいい。
私の傍で働いてもらえば、周りの者たちにも彼が私の大切な存在だと知らしめることも出来よう。
そう、外堀りから埋めて行くんだ。

彼がどれくらいの教養を持っているかも未知数だ。
当分は屋敷から出さずに彼にはこの世界での勉強と言って公爵夫人としての教養を身に付けさせよう。

ずっと傍で過ごしていれば、こんな私にも愛情を持ってもらえるかもしれない。
そう決まれば早い。
まずは彼をこの家に留めなければ。

そうだ、シュウには私を愛称で呼び捨てにしてもらおう。
この国で私を愛称で呼べるのは両親が亡くなった今、兄だけだが、兄は私を愛称で呼ぶことはない。

シュウが愛称で呼び捨てにしてくれれば、彼が私にとってどれほど大切な存在かと知らしめることができる。

うん、それがいい。

シュウに『フレッド』と呼ぶように指示し、そして働き口の提案を持ちかけた。

シュウはどんな仕事かも聞くこともせずに、私の紹介だと言うことで喜んでいる。

私が邪な思いで言ったとも気づかず、
大喜びするシュウには悪いが、これは賭けなのだ。
君が私を必要としてこの屋敷に永遠に留まってくれるかどうか。
好きになってもらうのはそれからでもいい。
そのためには君を欺くことなど何でもやって見せよう。

「シュウには私の秘書をやってもらいたい」

そう告げるとさっきまでの喜びの表情は一転、心配そうな顔をし始めた。
まぁ、そうだろうな。
いくら成人しているとは言え、領主の秘書などおいそれとできるものではない。
分かっているからこそ、シュウは断ろうとするのだ。

だが、掃除人や料理人などでは周りに私の伴侶だと知らしめることはできない。

私はシュウに了承してもらえるよう必死になって理由を作った。

この屋敷の外で働かせる気など毛頭ないが、彼がここから出ないように矢継ぎ早に理由を並べて必死で繋ぎ止める。
お願いだ!わかったと言ってくれ!

彼は少し悩んだ様子を見せたが、最終的には『お願いします』と言ってくれたのだった。

これから、私の『シュウを手中に落とすための』日々が始まった。
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