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第一章 (出逢い〜両思い編)

花村 柊   1

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ぼく、花村  柊はなむら  しゅうは今日17歳の誕生日を迎えた。でも、お祝いをしてくれる家族は誰もいない。だから、いつも頑張っている自分へのせめてもの激励として

誕生日おめでとう。今日も頑張ろう!

心の中でそっとお祝いの言葉をかけた。


夜から翌日昼過ぎまでコンビニでアルバイト、夕方からコンビニのバイトが始まるまでの空き時間に、登録しているビルの清掃員として大きなオフィスビルの掃除をする。これがぼくのルーティーン。
誕生日の今日もいつもと変わり映えしない一日を過ごし、そして、明日も明後日もまた同じ日の繰り返し。

ぼくがこんな生活を始めたのは今から2年前。
母一人子一人で貧しいながらも必死に生活していたけれど、ぼくが中学校を卒業したその日、家に帰るとほんの少しのぼくの荷物を残して部屋はもぬけの殻だった。

何これ泥棒?

誰もいない部屋の中でお母さんの帰りを待ち続けたけれど、夜中になっても次の日になってお母さんは帰ってこなかった。

何も考えられないまま明日には帰ってくるかもしれないとほんの少しの期待を胸に待ち続けたけれど、4日目の夜、家の電気が付かなくなった。
真っ暗闇の中  朝を迎え、家の近くの電話ボックスからなけなしの数十円を握りしめて、部屋中を探してようやく見つけた電力会社に電話をかけると電気代の滞納で電気が止められたのだと知った。
とぼとぼと家に帰ると、アパートの大家さんから家賃が支払われていないことを知った。
すぐに支払わないと追い出すと散々怒鳴られながら、ぼくはようやく自分はお母さんに捨てられたのだと理解した。

今、ここを追い出されれば親戚も知り合いも友達もいないぼくはすぐに野宿になってしまう。
ぼくは大家に来月まで待ってもらうように必死に頼み込み、大家はブツブツ言いながらも最後はぼくの根気に負けしぶしぶ了承してくれた。

生活するには家だけあればいいと言うものではない。電気も水道もガスも必要だ。電気も止められた今、夜中は家にいても仕方がない。

よし、働き口を探そう!

ぼくは合格していた高校への入学を諦め、仕事を見つけるために外を歩き回った。
しかし、中学を出たばかりで保証人もいないぼくを雇ってくれるところなどどこにもなかった。
日も暮れたのに仕事先も結局見つからない。
とぼとぼと肩を落として歩いているとぼくの目の前に煌々と明るい建物を見つけた。

「こんなところにコンビニあったんだ…」

歩き疲れていたぼくの目に、窓に貼られたコンビニの求人が飛び込んできてぼくは嬉しくなって中へ入った。

あまりにも幼い顔立ちのぼくにレジにいた店員は怪訝な顔をしつつもバックヤードにある事務所へと案内してくれた。

そこにいたオーナーと呼ばれる男性は怖そうな顔立ちをしていたが、ぼくの話を聞いてくれた。

「金がすぐにでも必要なら当分は日払いにしてやろう。その代わり時給は他の奴らの半分だが、それでもいいか?」

「えっ?半分ですか?」

「お前みたいな子ども、大人と同じ給料出せるわけねーだろ。文句あるなら帰ってくれ」

ここを出たとしても雇ってくれるところは見つからないだろう。ぼくはすぐにでもお金が必要だったし、他の人の倍働けばおんなじだ。

「すみませんでした。雇ってください。お願いします」

土下座をしながら必死で頼み込むと、
『最初からそう言やぁいいんだよ』と怒鳴られたが
時間が勿体無かったのでぼくはそのまま働くことになった。

時間は夜10時から昼の2時まで。
休憩は無しだが、合間に消費期限切れの弁当を食べてもいいとお許しをいただき、食べるものに困っていたぼくは喜んでお礼を言った。

しばらくは日払いで貰えたことを感謝していたが、やはり時給が半額なこともあって、コンビニだけでは生活費が足りない。

ぼくは年齢を誤魔化して清掃員のバイトに登録し、コンビニの仕事の空き時間を使ってオフィスビルの清掃のバイトを始めた。

コンビニは人手不足だからと仕事が終わった後もたびたび残業させられた。
しかし、雇ってもらっているのだからとぼくは断ることは決してしなかった。

夕方4時からの清掃の仕事が始まるまでに間に合えばいいんだと自分に言い聞かせ、休む間もなくビルの清掃に行っていた。

時々、時間通りにコンビニの仕事を上がれた時にはビルの近くにある小さな公園でバイトまでの時間を過ごしていた。
家に一度帰るのは時間もお金もかかるし、何より遅刻するわけにはいかないからだ。

雑草が生い茂った中にぽつんと置かれたベンチに身体を横たわらせ、夜の仕事に向けて休息をとれるときがぼくの唯一の憩いの時間となった。
このベンチの後ろには大木があって、太陽の光を程よく遮ってくれるので寝るのには適した場所だった。


誕生日の今日もコンビニのバイトを終え、ぼくは1人公園へとやってきた。しかし、まだお昼前。いつもならばまだバイト中の時間だ。

ぼくは力無くとぼとぼといつものベンチに倒れるように座り込むと
『はぁーー』と大きくため息を吐いた。

「これからどうすればいいんだろう……」

実は、さっきコンビニのバイトをクビになった。
理由はレジの中のお金が無くなったから。
もちろんぼくには何の覚えもなかった。

「ぼく、知りません!お金盗ってません!本当です!」

必死にそう伝えたけど、ぼくがお金に困っていることはオーナーはもちろんみんな知っている。
一緒に入っている先輩バイトにその時間レジを触れたのはぼくだけ、そう言われてオーナーはぼくを怒鳴りつけた。

「お前が親に捨てられたって言うから可哀想だと思って雇ってやったのに恩を仇で返しやがって!!お前はもうクビだ!盗んだ金の代わりに今月はバイト代は1円も払わないからな!さっさと出て行け!!」

残業代も貰わずに一生懸命働いたのに……。
頼まれたら休みの日も返上でバイト代も無しで働いたのに……。
それもこれも中学を卒業したばかりのぼくを雇ってくれた恩返しだと思って頑張ってきたのに……。

ああ、もう月末だというのに今月のバイト代は無しになってしまった。
数日後には家賃と光熱費の支払いがある。

これからどうしたらいいんだろう。
ぼくは不安で涙が溢れて止まらなくなった。
とりあえず、掃除のバイトを増やして貰えるよう頼んでみるしかないのかな、そう思っているうちに泣き疲れたのか、それとも働きすぎの寝不足か、ぼくはズルズルとベンチに倒れ込んだ。
そのまま眠ってしまったらしい。

そして、話は冒頭へと戻る。

ぼくが目覚めると、ふわふわの豪華なベッドに寝かされていた。ベッドだけでぼくの部屋くらいありそうなその大きさに怖くなって、起き上がったままベッドから下りることも出来なかった。

ええーっ?あれ、夢じゃなかったの?なにこれ?

ぼくはパニックになって髪をわしゃわしゃとかき乱していると、

「目が覚めたか?」

と声が聞こえた。

この声は聞き覚えがある…。

頭を上げると、目の前には気を失う前に見たあの金髪に淡い水色の瞳のイケメンがいた。

「あ、あの…ぼく、」

「君が突然倒れたから、とりあえずベッドに運んだのだが、大丈夫か?」

「あの、はい。もう大丈夫です。ありがとうございます」

笑顔で御礼を言うと、一瞬表情が固まったが彼はすぐにベッド横に置かれた椅子に腰を下ろした。

そして、ぼくの頬を優しく撫でると

「目が腫れているし、涙の跡もある。君は泣いていたんだろう。よかったら、話を聞かせてもらえないか?」

お母さんがいなくなってから、こんなに優しい言葉をかけられたことがなかった。
嬉しくなって涙が止まらなくなった。

ぼくの涙を見て彼は狼狽えた様子で、

「私が怖がらせているか?怖いなら執事マクベスを呼ぼう。彼は私と違って穏やかな顔をしているから」

そういうと立ち上がって扉の方へ身体を向けた。
ぼくは慌てて彼の手を取り、
「待って!行かないで!」と頼んだ。

彼は綺麗な淡い水色の瞳をまんまるにして驚いた様子だったが、
「わかった」といって椅子に座ってくれた。

「とりあえず、君の名前を聞いてもいいか?
いや、先に自分の紹介からだな。
私は、フレデリック・ルイス・サヴァンスタック。
この公爵家の当主だ。
フレッドと呼んでくれ」

「ぼくは、えっとハナムラ・シュウです。あ、逆の方が良いのかな?名前がシュウです」

「シュウ……珍しい響きの音だな。だが、良い名前だ」

初めて名前を褒められた。
嬉しくてつい笑顔が溢れる。

フレッドはぼくの笑顔を見るとまた一瞬動かなくなったけれど、すぐに笑顔を返してくれた。

淡い水色の瞳が少し細くなって、なんて素敵な笑顔なんだろう。
ぼくはついフレッドさんの瞳を見つめた。

「どうした?」

「いえ、綺麗な瞳だなと思って…」

「君の漆黒の宝石のような瞳の方がよほど綺麗だと思うが…」

「えっ?そ、そんなこと初めて言われました」

フレッドさんはぼくが一言話すたびに褒めてくれるのがくすぐったくて、でも嬉しくて今までに感じたことのない感情がぼくの心に芽生えた。

「シュウ、君の周りには君のような黒い瞳の人がいたのか?」

「はい。ほとんど黒い瞳ばかりです」

「髪も君のように黒いのか?」

「はい。茶色やフレッド…さんのように金色に染めている人もいましたけど、ほとんどは黒い髪が多かったですよ」

ぼくの言葉に驚きを隠せない様子で、フレッドは口を押さえた。

「なんと!もったいない。我が国では黒は神に愛されしものの象徴とされているのに…わざわざ染めるものがいるとは…」

我が国?
我が国って言った?
ここは日本じゃないの?

オランディア王国?
聞いたことない。
ぼくが知らないだけ?
いや、あんな短時間で外国って行けるの?

「ぼくは…日本という国から来ました」

「ニホン?聞いたことないな」

やっぱり……。
じゃあもしかして、ここって異世界…だったり?
えーっ、そんなのってお話の中だけじゃないの??

どうしよう……。
どうやって生きていけばいい?
どこか働く場所は………あっ、

「あの…ぼくをここで働かせて…もらえませんか?」

「シュウ?」

「ぼく、あの、遠いところから来てしまったみたいで…家に帰れそうもないし…だから、ここで働かせて貰えたらって…掃除でも料理でも何でもします!お願いします!」

フレッドさんは『うーん』と考え込んだ様子で黙ってしまった。

そりゃあそうだよね、いきなり働かせてくれなんて怪しすぎる…。

しばらく部屋に沈黙が続いた後で、フレッドさんはぼくを見つめた。

「シュウ、君の家族は?」

ぼくは母親が2年前にいなくなってから、1人で生活していたこと、今日その仕事もクビになってしまったこと、公園で寝ていたはずがいつのまにかさっきの場所にいたことなどをフレッドさんに話した。

「2年前からって……シュウ、君は一体いくつなんだ?」

「ぼく、17歳です」

「はっ?いや、聞き間違えたのか?17歳と聞こえたが?」

「はい。17歳です。今日17歳になりました!」

ぼくは今日17歳になったと言えたのが嬉しくてついテンション高く答えてしまった。
けれど、フレッドさんは固まったまま動かない。

「フレッドさん?」

心配になってぼくが声をかけると、慌てた様子でぼくの両腕を掴んで、「ほんとに17歳なのか?」と聞いてきた。

フレッドさんのあまりの勢いにぼくは顔をコクコクと上下に振ることしか出来なかった。

「なんと……こんなに可愛くて17歳?信じられない」

フレッドさんが何やら小声でブツブツと呟いていたが、小さすぎてぼくには何も聞こえなかった。

「あの、なにか?」

意を決してぼくが尋ねると、フレッドさんはにっこりと笑って『なんでもない』と言った。

「それよりも、『さん』はいらない。フレッドと呼んでくれ。それから働き口だったな。それなら、良いところがある」

フレッドさんの思いもかけない言葉につい大声で反応してしまう。

「ほんとうですか?うわぁ!」

得体の知れないこんなぼくに優しくしてくれるフレッドさんが勧めるところなら、きっと良いところだ!
これで、この世界でもきっとやっていける!
今までだって1人で頑張って来れたんだ!
ぼくはやれる!

「シュウ、君にはここで私の秘書になってもらいたい」

えっ?秘書?

「あ、あの、ぼく秘書なんて……」

「大丈夫だ。私も教えるし、専門の先生も来てもらおう」

「でも、それじゃあかえって迷惑なんじゃ…?」

「いや、どこで働くにしても最初は何も分からないだろう?それなら、どこでも同じだ」

いや、秘書なんてやったことないし…
全然同じではない気もするんだけど…。

「それにさっきの話では君はここではない別の場所から来たんだろう?この辺のことを良く知らないまま外へ出るのは危険だ。この屋敷で秘書としての勉強の傍ら街のことを勉強していけばいずれは外でも働けるようになるはずだ。この屋敷で掃除や料理の仕事をしていても外のことを知らなければ意味がないだろう?」

確かにそうだ。
ここが本当に異世界ならもしかして魔物とかいたりするのかも?
勉強は大事だもんね!

「…はい。それじゃあ、お願いします」

そうしてぼくのオランディア王国・サヴァンスタック公爵家での日々が始まった。
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