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心配でたまらない

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そこにはさっきの優しい雰囲気とは別人の、八尋さんの姿があった。

「なんだよ、せっかくの出会いの場を邪魔すんなよな。俺たちは今から楽しむんだよ。ほら、お前もさっさとこいよ」

男は八尋さんの登場を気に留める様子もなく上がり込み、なおも俺の腕を掴もうと腕を伸ばしてくる。
今まで藤乃くんを守ることはあっても、自分が標的になるようなこんな状況が初めてでどうしていいか動けずにいると、

「――ったた! なんだよ、お前っ!」

と突然苦しげな男の声が聞こえた。
俺のいる場所からはよく見えないけれど、どうやら八尋さんに腕を捻りあげられているみたいだ。

「うちの店は出会いの場ではありませんよ。迷惑行為はおやめください」

「な、なんだよ。俺は優しさで誘ってるやってるだけだろ。くそっ、離せよ!」

男が痛みに顔を歪めると、八尋さんは腕を離しながら

「早くここから立ち去ってください」

と丁寧ながらも強い口調で言い放った。

「チッ、ふざけやがって。客にこんなことしていいと思ってんのか? 店主に暴力振るわれたってSNSで晒してやるぞ。そうなったら、こんな離島のちっせー店なんかすぐに潰れるんだからな」

男は捻りあげられた腕を摩りながら、なおも悪態を続けたけれど、

「やりたければどうぞお好きに。ですが、そのあとどうなるかは知りませんよ」

と一蹴されていた。

「ケッ、俺の親父は社長だぞ。後で後悔しても知らないからな。観光客目当てのこんなちっぽけな店、本当に潰してやるぞ」

「では、その前にこの店から出て行ってもらいましょうか。お仲間も一緒にさっさと立ち去っていただきます」

そういうと、八尋さんは男の腕を再度捻り上げながら、俺たちの部屋から出ていった。

「くそっ、離せよ!」

姿は見えなくなっても男の騒ぐ声だけが聞こえる。
名嘉村さんはその後の様子が気になったのか、簾をあげて様子を伺っていた。
俺も気になって身を乗り出してみていると、八尋さんがそのまま男を一緒に呑んでいた仲間のもとで連れて行き、仲間もろとも外に追い出す様子が見えた。

「だ、大丈夫なんですかね? あの男、本当に仕返ししそうですけど」

「ああ、大丈夫だよ。あんなのどうせ口だけだから」

突然お店で起きた不穏な事態に八尋さんのことが心配でたまらなかったけれど、こんな事態に慣れているのか、名嘉村さんはあっけらかんと言い放った。

「酔っ払って気が大きくなるやつってどこにでもいるから、いちいち相手にしてたら客商売はできないんだよ。八尋さんも対処法をわかってるから本当、心配しなくていいよ。さぁ、飲もう。飲もう」

「そう、なんですね……なら、安心ですけど」

ここの常連である名嘉村さんが言ってるんだ。
大丈夫だろうと思う。

でも、やっぱり心の奥底では心配でたまらなかった。

この店がなくなるようなことがあったら嫌だな……。
八尋さんも、大丈夫かな……。

泡盛の入ったグラスに口をつけながら、不安に思っていると

「失礼するよ」

と声が聞こえて、簾が持ち上がった。

「せっかくのんびり寛いでもらってたのに騒がせてごめんね。初日から騒ぎに巻き込んでこの店嫌いにならないといいんだけど」

さっきとはまるで違う優しい声にホッとしながらも、謝らずにはいられなくて声を上げた。

「あの、すみません……図体ばっかりデカい俺が目立っちゃったからあんなことになってしまって……」

「何言ってるの、平松くんは何も悪くないから謝らなくていいよ。ねぇ、八尋さん」

「ああ、悪いのは酔っ払って絡んできたあっちの方だから気にしなくていいよ。それより、これ迷惑かけたお詫び。黒糖ゼリー、よかったら食べて」

そういうと、八尋さんはトレイをテーブルの上に置いて部屋を出て行った。

「ふふっ。ここの黒糖ゼリーは絶品なんだよ。平松くん、せっかくだから食べちゃおう」

「は、はい」

小さな器に盛られた美味しそうなゼリー。
プルプルと揺れるそれにそっとスプーンを入れ、口に入れると優しい甘さが口に広がった。

「――っ、美味しいっ」

思わず漏れ出た言葉に、名嘉村さんは嬉しそうに笑っていた。

あの人たちがいなくなってからは、この店に静寂が戻った。
時折流れてくる三線の音は、どうやら常連客の地元の人が弾いてくれているみたいだ。
心に沁みるというか、すごく癒される。

「あの人、いつもお酒が進んで気持ちよくなったら弾いてくれるんだけど、三線の世界ではすごい人なんだよ。いわゆる人間国宝でね」

「ええー、そうなんですか。そんなすごい人が来るんですか」

「それだけ、このお店が愛されてるってことなんだろうね」

そんな名嘉村さんの言葉に、このお店の名前を思い出す。

チムガナサン。
八尋さんが愛している店だから、みんなに愛されているんだろうな。
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