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第二章
心配と不安と
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<sideヴォルフ公爵>
ヴェルナーと一緒に訓練場に差し入れを持って行ったと聞いた時から、アズールは今日は帰ってこないのではないかと心配していた。
これでもアズールの父。
差し入れのお礼に何か欲しいものはないかと尋ねられでもしたら、きっと王子の部屋に泊まりたいと言い出すだろうと思っていた。
だから、城からアズールが王子の部屋に泊まると連絡が届いた時は、やはりなと思ったものだ。
たとえ許嫁であっても、まだ成人に満たないアズールを本来なら一人で泊まらせるのはあり得ないことだが、我が家でも必死に我慢をしてくれている王子のことだから、きっと手出しはしないだろう。
それに王子にはフィデリオ殿がついている。
幼いアズールを守ってくれるに違いない。
そんな信頼の中、王子の元にアズールを預けたのだ。
きっといつものように天真爛漫な笑顔を見せて帰ってきてくれることだろう。
そう安心しつつも、玄関に馬車が止まったとベンが知らせに来て、私は慌てて玄関に迎えに行った。
必死に冷静を装いつつも、やはり心配は拭えなかったのだ。
だが、アズールのことだ。
一晩私たちと離れて寂しかったと言ってくれるに違いない。
だからアズールはきっと
「お父さま~!! ただいま~!」
と言って私の胸に飛び込んできてくれると思って待ち構えていたのだ。
しかし、予想とは裏腹にヴェルナーが静かに物音を立てないようにゆっくりと入ってくる。
一体何事だと思えば、ヴェルナーの腕で小さなアズールが気持ちよさそうに寝ているのが見える。
「ヴェルナー。なんだ、アズールは寝ているのか」
「はい。フィデリオ殿に美味しいお菓子をたくさんいただいたそうです」
「ふふっ。そうか、アズールらしい。てっきり私に飛び込んできてくれると思ったのに。なぁ、アズール」
あどけない表情で眠るアズールの頬を指で優しくついてやると、
「うーん」
くすぐったかったのか、アズールが身を捩った。
「ふふっ。王子の部屋に泊まりだと聞いて心配していたが、この分だとアズールはまだまだ子どものようだな。まぁ王子は許嫁を前に興奮はしただろうが、アズールがこの調子では心配することもなかったな」
まだまだ数年は大丈夫か。
これならアズールがまた城の王子の元に泊まりたいと言っても許してあげられるかもしれない。
王子は大変だろうがな……。
などと思っていると、
「あ、あの………ヴォルフ公爵、アズールさまのことについて少しお話ししたいことがあるのですが、後でお時間をいただけないでしょうか?」
と何やら神妙な顔つきで声をかけてきた。
「アズールのことについて? 一体何事だ?」
「それは……ここでは、ちょっと……」
ヴェルナーにしては珍しくなんとも歯切れの悪い言い方が気になった。
しかも
「あの、できればアリーシャさまにもご同席いただきたいのです」
とまで言ってくる。
アリーシャも一緒にアズールの話、だと?
それほど大事なことということか……。
「それから、クレイさまには話し合いをすることを知られないようにお願いいたします」
「クレイに? なぜだ?」
「それは……クレイさまはショックを受けられるかもしれませんので、公爵さまとアリーシャさまでご判断なさってからお話しされる方がよろしいかと存じます」
クレイがショックを受ける……まさかな。
「ヴェルナー、一つだけ聞くがまさか昨夜王子と……」
「いえ! それはありません。王子はアズールさまを傷つけるようなことは一切なさっておりません。それは私も、そしてフィデリオ殿も証言いたします」
「そうか……王子に失礼になるようなことを言って悪かった」
「いえ、こちらこそお分かりいただけて安心いたしました」
「アズールはまだしばらく寝ているのだろう? すぐにアリーシャを呼んでくるから、アズールを部屋に寝かせたら応接室に来てくれ。クレイはちょうど隣の領地に使いにだしているから心配ない」
「承知しました。それでは後ほど」
ヴェルナーは頭を下げるとアズールを優しく抱いたまま、部屋に連れて行った。
それを見送りながらも私の心は騒ついていた。
アズールに一体何が起こったのか……。
不安が込み上げる中、私は急いでアリーシャの元に向かった。
「アリーシャ! アリーシャ! 大変だ!」
「えっ? どうなさったのですか?」
「今、アズールがヴェルナーと一緒に帰ってきたんだが……」
「昨夜は王子のところにお泊まりで来たから喜んでいたでしょう?」
「いや、アズールは眠っていたのだ」
「ふふっ。よほど楽しかったのね」
私がこんなにも焦っているというのに、アリーシャはニコニコと笑顔を浮かべている。
なんだか焦っていた気持ちはスーッと消えていく気がした。
「アリーシャ、なぜそんなに落ち着いているのだ?」
「ふふっ。あれほどアズールのことを大切にしてださっている王子のこと信用しないわけがないでしょう?」
「確かにそれはそうだが……ヴェルナーが、我々にアズールのことで話があるというのだ。しかもクレイには内緒で」
「クレイには内緒で? もしかしたら……」
「なんだ? 何かわかったのか?」
「ふふっ。いいえ。不確定のことを話しても意味がないでしょう? それよりもヴェルナーに話を聞いてみましょう」
アリーシャのいう通りだ。
ここでなんだかんだと悩んでいてもなんの意味もなさない。
だが、聞きたくない気もする。
それは父としての勘なのか、それとも……。
私は不安に駆られながらもアリーシャと共に応接室に向かった。
ヴェルナーと一緒に訓練場に差し入れを持って行ったと聞いた時から、アズールは今日は帰ってこないのではないかと心配していた。
これでもアズールの父。
差し入れのお礼に何か欲しいものはないかと尋ねられでもしたら、きっと王子の部屋に泊まりたいと言い出すだろうと思っていた。
だから、城からアズールが王子の部屋に泊まると連絡が届いた時は、やはりなと思ったものだ。
たとえ許嫁であっても、まだ成人に満たないアズールを本来なら一人で泊まらせるのはあり得ないことだが、我が家でも必死に我慢をしてくれている王子のことだから、きっと手出しはしないだろう。
それに王子にはフィデリオ殿がついている。
幼いアズールを守ってくれるに違いない。
そんな信頼の中、王子の元にアズールを預けたのだ。
きっといつものように天真爛漫な笑顔を見せて帰ってきてくれることだろう。
そう安心しつつも、玄関に馬車が止まったとベンが知らせに来て、私は慌てて玄関に迎えに行った。
必死に冷静を装いつつも、やはり心配は拭えなかったのだ。
だが、アズールのことだ。
一晩私たちと離れて寂しかったと言ってくれるに違いない。
だからアズールはきっと
「お父さま~!! ただいま~!」
と言って私の胸に飛び込んできてくれると思って待ち構えていたのだ。
しかし、予想とは裏腹にヴェルナーが静かに物音を立てないようにゆっくりと入ってくる。
一体何事だと思えば、ヴェルナーの腕で小さなアズールが気持ちよさそうに寝ているのが見える。
「ヴェルナー。なんだ、アズールは寝ているのか」
「はい。フィデリオ殿に美味しいお菓子をたくさんいただいたそうです」
「ふふっ。そうか、アズールらしい。てっきり私に飛び込んできてくれると思ったのに。なぁ、アズール」
あどけない表情で眠るアズールの頬を指で優しくついてやると、
「うーん」
くすぐったかったのか、アズールが身を捩った。
「ふふっ。王子の部屋に泊まりだと聞いて心配していたが、この分だとアズールはまだまだ子どものようだな。まぁ王子は許嫁を前に興奮はしただろうが、アズールがこの調子では心配することもなかったな」
まだまだ数年は大丈夫か。
これならアズールがまた城の王子の元に泊まりたいと言っても許してあげられるかもしれない。
王子は大変だろうがな……。
などと思っていると、
「あ、あの………ヴォルフ公爵、アズールさまのことについて少しお話ししたいことがあるのですが、後でお時間をいただけないでしょうか?」
と何やら神妙な顔つきで声をかけてきた。
「アズールのことについて? 一体何事だ?」
「それは……ここでは、ちょっと……」
ヴェルナーにしては珍しくなんとも歯切れの悪い言い方が気になった。
しかも
「あの、できればアリーシャさまにもご同席いただきたいのです」
とまで言ってくる。
アリーシャも一緒にアズールの話、だと?
それほど大事なことということか……。
「それから、クレイさまには話し合いをすることを知られないようにお願いいたします」
「クレイに? なぜだ?」
「それは……クレイさまはショックを受けられるかもしれませんので、公爵さまとアリーシャさまでご判断なさってからお話しされる方がよろしいかと存じます」
クレイがショックを受ける……まさかな。
「ヴェルナー、一つだけ聞くがまさか昨夜王子と……」
「いえ! それはありません。王子はアズールさまを傷つけるようなことは一切なさっておりません。それは私も、そしてフィデリオ殿も証言いたします」
「そうか……王子に失礼になるようなことを言って悪かった」
「いえ、こちらこそお分かりいただけて安心いたしました」
「アズールはまだしばらく寝ているのだろう? すぐにアリーシャを呼んでくるから、アズールを部屋に寝かせたら応接室に来てくれ。クレイはちょうど隣の領地に使いにだしているから心配ない」
「承知しました。それでは後ほど」
ヴェルナーは頭を下げるとアズールを優しく抱いたまま、部屋に連れて行った。
それを見送りながらも私の心は騒ついていた。
アズールに一体何が起こったのか……。
不安が込み上げる中、私は急いでアリーシャの元に向かった。
「アリーシャ! アリーシャ! 大変だ!」
「えっ? どうなさったのですか?」
「今、アズールがヴェルナーと一緒に帰ってきたんだが……」
「昨夜は王子のところにお泊まりで来たから喜んでいたでしょう?」
「いや、アズールは眠っていたのだ」
「ふふっ。よほど楽しかったのね」
私がこんなにも焦っているというのに、アリーシャはニコニコと笑顔を浮かべている。
なんだか焦っていた気持ちはスーッと消えていく気がした。
「アリーシャ、なぜそんなに落ち着いているのだ?」
「ふふっ。あれほどアズールのことを大切にしてださっている王子のこと信用しないわけがないでしょう?」
「確かにそれはそうだが……ヴェルナーが、我々にアズールのことで話があるというのだ。しかもクレイには内緒で」
「クレイには内緒で? もしかしたら……」
「なんだ? 何かわかったのか?」
「ふふっ。いいえ。不確定のことを話しても意味がないでしょう? それよりもヴェルナーに話を聞いてみましょう」
アリーシャのいう通りだ。
ここでなんだかんだと悩んでいてもなんの意味もなさない。
だが、聞きたくない気もする。
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私は不安に駆られながらもアリーシャと共に応接室に向かった。
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