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番外編

極上の男

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すみません。
単なる思いつきで書いちゃったお話です。
航と会うまでは男女問わずワンナイトで遊んでいた祐悟だからもしかしてこんなこともあったり……というお話です。
最後の方にちょこっとだけおまけで祐悟と航の会話がありますが、ほとんどモブ女視点です。
さらっと読み流してもらえると嬉しいです♡



  ✳︎       ✳︎       ✳︎



「あーあ、全然見つからない……。はぁーっ、もうなんで名前も聞かなかったんだろう……」


1年ほど前、麻布のお洒落なBARで呑んでいた私に声をかけてきた彼は稀に見る極上の男だった。

すでにカクテルを数杯呑んで酔ってた私に

「もうそろそろやめた方がいいんじゃないか」

と声をかけてくれたのが彼だった。

バーテンダーにミネラルウォーターを頼んでくれたその紳士的な姿に私は一瞬で恋に落ちた。

「気をつけて帰りなさい」

そう言って、スマートに私の分の支払いまで済ませて去っていこうとする彼の腕をとり、

「あの、私と付き合ってもらえませんか?」

気づけばそう叫んでいた。

今まで告白はされてもすることなんて一度もなかった。
でも彼を逃してはいけない、私の全てがそう言っていた。

「悪いが、特定の恋人を作る気はないんだ。本気なら他を当たってくれないか」

本気なら……ってことは、遊びならいいってこと?
最初が遊びだって、私の身体で落とし込めばその後は彼の方が夢中になって本気になってくるかもしれない。
そう思った。

今のチャンスを逃せばこんな極上の男と知り合う機会なんて絶対にない。

「遊びでいいです。だから……お願い」

女の武器を精一杯見せながら縋り付くように彼に訴えかけた。

「遊びでいいんだな」

「ええ、一晩だけでいい。それでキッパリとあなたのことは忘れるわ」

私のその言葉に彼は私の手を嬉しそうにとった。


彼に連れて行かれたのは都内でもトップ3に入る高級ホテル。
彼はフロントに手をあげ、アイコンタクトをしただけでそのままエレベーターへと向かった。
フロントスタッフから止められる様子もないからここの客に間違いないんだろう。

「ここに常駐してるの?」

「いや、いつでも好きに来られるだけだ」

そう言い放つ彼の腕には数百万、いや1千万は下らない高級時計が煌めいていた。
その彼に連れて行かれたのは東京の夜景が一望できるスイートルーム。
こんなところを好きに使えるなんて……。
ああ、私はとんでもなく極上の男を捕まえたんだわ。

嬉しさに笑顔が止まらない。
彼は私の笑顔を自分へのものだと思ったのか嬉しそうにキスもなく一気に私の身体を貪った。
紳士的な彼とは思えないくらい、荒々しいセックスに今まで味わったことのない快感を覚えた。

もうこんなすごいのを知ってしまったら、他の誰ともセックスなんてできなくなってしまう。
私はとんでもない快感を受けながら幸せのままに意識を失った。

目を覚ますと、彼の姿はどこにもなかった。
机の上には新札が数枚綺麗に置かれていて、他にはなんの形跡もなかった。

私は結局彼の名前も仕事も何も聞くことはできなかった。

一晩だけでいい……そう言ったのは確かに私だ。
それでも彼の中に私の存在が残れば……なんて仄かな期待も感じられない。

こんなふうに扱われたのが初めてで辛い。

覚えているのはあの人の素敵な笑顔とあの煌めく腕時計だけ……。

悔しい……悔しい……。
あんな素敵な人、忘れられるわけがない。

絶対に彼を探し出してやるっ!!

私はルームサービスを注文し、料理を持ってきたスタッフに彼のことを聞いた。
でもやはり高級ホテルだけあって個人情報漏洩などするわけない。
しかも懇意にしている常連客なのだ。
そんな人の素性をここのスタッフが絶対に漏らすわけはなかった。

それから、1年。
出会ったBARには足繁く通った。
彼との思い出のホテルにも何度も行ってみた。
けれど、なんの情報も得られなかった。

もういい加減諦めた方がいいのか……そう思いながらも、今日もあのホテルに足が向かっていた。

やっぱり今日もいないか……。
ロビーラウンジを見回し帰ろうとしたその時、奥の方に見覚えのある煌めく時計を見つけた。

いたっ!!!
彼に間違いない!!

私は明確に覚えていたあの時計を必死に調べまくった。

あれが世界に10台しかないものでその現在の価値は数千万とも言われている代物だということを突き止めた。
だからこそ、この東京でそんなに何人もの人があの時計をつけるわけもなく、確実にあの時計をつけている人が彼だと確信できたのだ。

私は興奮に胸を躍らせながら、彼のいる奥のテーブルへと足を向けた。

あの……

そう声をかけようとした瞬間、彼はさっと立ち上がり、テーブルと私の前に立ちはだかった。

「何か御用ですか」

そう問いかけてくる声は、私の知っている彼の声よりも随分と低く、そして冷たかった。

「あ、あの……私……あなたを探してたんです。覚えてますよね? 私のこと……あなたとこのホテルで――」
「失礼ですが……私はあなたなど知りません。どなたかとお間違えでは?」

冷たくそう言われた言葉に血の気が引いていく。
てっきり彼も私にあったら喜んでくれて、この奇跡の再会に付き合おうと言ってくれるとさえ思っていたのに……。
知らないと言われてしまった。

「ねぇ、嘘でしょう……あんなに愛し合ったのに……私のことを忘れてしまったの?」

悲しくて悔しくて……涙しか出ない。

「申し訳ないがあなたのことは何も知りません。私の大切な恋人が不安になりますのでもう離れていただけませんか?」

「えっ……こ、恋人……」

彼の言葉に今まで気づかなかったけれど、テーブルに一緒にいたまだ顔立ちの幼い男の子の姿が見える。
心配そうに彼と私を見守っているようだ。

「まさか……あなた、ゲイだったの?」

「そんなプライベートなことをこんな公の場で公表する必要はないと思うが?」

ずっと探し求めていた極上の男が、ゲイ……。

「最悪だわ、ゲイの男と愛し合ったなんて恥ずかしくて誰にも言えないわ」

悔しすぎてそんな言葉が口から出てしまった。
その瞬間、男の子の顔が悲しげに歪み、涙を潤ませる。

「君が何を思っているかは知らないが、君の言葉で無闇に純粋な子を傷つけていいと思っているのか?」

彼は般若のような顔で私にそう言い放つと

「航、気にしないでいい。この人は誰かと間違えているんだ。俺には航だけだ、わかるだろう?」

涙を滲ませる男の子に必死に弁解を始めた。

あの紳士な彼とは似ても似つかないその姿に、私はもう負けたと思った。
もう何もする気になれず、ふらふらとその場から立ち去ろうとすると、どこからともなく警備員がやってきて、女性の警備員が私の腕を掴み上げる。

「痛いっ! ちょっとっ、急に何するのよ!」

「ロビーラウンジで大騒ぎされている方がいらっしゃるとの報告がありましたので、お話は警備員室でゆっくり聞かせていただきます」

グイッと腕を引っ張られながら、私がその女に警備員室へと連れて行かれるのを彼は全く助ける素振りも見せずただ冷たい目でじっと見つめていた。


「ねぇ、もういい加減にしてよ! 善良な市民をこんなことに連れ込んでいいと思ってるの?
私は知り合いにあって、話しかけに行っただけ。何も騒ぎなんて起こしてないわ! いい? 私、もう帰るから!」

そう言って立ち上がり扉へと向かおうとした瞬間、扉が開いた。
そして目の前に現れたのは、あの彼だった。

「やっと私のことを思い出してくれたのね! 助け出しにきてくれて嬉しい!!!」

そう言って駆け寄ろうとする私の腕を、あの女性警備員が掴んで離さない。

「ちょっと、考えなさいよ! この感動の再会にあんたは必要ないのよ。邪魔だから消えてっ!!」

「消えるのはお前だ!!!」

低く氷のように冷たい声が私の耳に飛び込んでくる。

「お前、私の大切な恋人に言いがかりをつけて怖がらせるなんてどういうつもりだ?」

「怖がらせるなんて……そんなつもりは……」

「ないとでもいうのか? あんな嫌味を言っておいて。お前のせいでかわいそうに……あの子は震えてたんだぞ。彼女がすぐにお前を取り押さえてくれたおかげでことなきを得たが、私はお前の所業を絶対に許さない」

ビリビリと恐ろしいまでの感情が襲ってくる。
怖いっ。
私の知っている彼はこんなんじゃなかったのに……。

「どうして……私のこと、あんなに深く愛してくれたじゃないっ!! それなのに、どうしてそんなひどいこと……」

「愛した、だと? はっ、あれは遊びだろうが! お前から遊びでいいって縋ってきたんだろ。それなのに知り合いのふりして声なんてかけてきやがって!」

「もういい! じゃあ、1年前あなたに襲われたって週刊誌に告発するわ! あれだけのV.I.P待遇受けてるくらいだから、相当な有名人なんでしょ? たとえ、私の虚言であっても、男のあなたのいうことと美しい私のいうこと、どちらを信じるかしら? それに加えてあなたに男性の恋人がいるなんてこんなスキャンダル、出てもいいのかしら? そうされたくなかったら、私と付き合いなさいよ!!」

「ふっ。それで脅してるつもりか? お前、本当に馬鹿なんだな」

そういうと、彼はジャケットに挿している万年筆を取り出した。

――遊びでいいです。だから……お願い

――遊びでいいんだな

――ええ、一晩だけでいい。それでキッパリとあなたのことは忘れるわ


「これ……」

「お前の声だろう? これで襲われたは通用しないんじゃないか」

まさか、録音されてたなんて……。

「でも、あなたがゲイだってスキャンダルが消えたわけじゃないわ。あの子が傷ついてもいいの?」

そう言った瞬間、彼の顔からスッと表情が消えた。

「あの子に何かしてみろ。私は死ぬまでお前を許さない! それに、これ……」

――部長の奥さん、もうすぐ臨月なんだって。自分の旦那が他の女と不倫してるのも知らないで、幸せそうな笑顔振りまいてさ。本当馬鹿よねー。まぁ、私はもうすぐ八島物産の御曹司と結婚するから、バレないうちにフェードアウトするけどね。慰謝料とか請求されても困るしさ。

――でも、あんた。ずっと誰か探してるって言ってなかった?

――ああ、あの極上の男? 見つかったらすぐに鞍替えするけどキープは必要じゃん?

――相変わらず悪い女ね、あんた。

「これこそスキャンダルじゃないのか?」

うそ――っ、いつの間にこんな……。

「お前にこれ以上うろちょろされるの面倒だから、これ両方にもう送っておいたから……」

「えっ……、お、くっておいた……ってどういうこと?」

「もうお前のスマホに色々連絡入ってきてるんじゃないか?」

彼のその言葉にスマホを取り出すと着信が100件近く、メッセージも50件以上届いていた。

「うそっ!!!」

「これから婚約者からの慰謝料請求と、不倫相手の奥さんからの慰謝料請求……大変になりそうだな」

青褪める私をよそに彼はニヤリと笑って去っていく。

「お前が私の大切なものに手を出さなければ、ここまでやることはなかったんだがな……。
もう二度と私たちの前に現れるな! あの子に手を出したら次は生きてはいられないと思えよ!」

そう言って部屋を出ていく彼を見つめながら、一晩だけの思い出にしておけばよかったと心の底から思ったけれど、もうどうしようもなかった。


おまけ

「ねぇ、祐悟さん。さっきの人って……」

「いや、あれは人違いなんだ。本当に航は気にすることないんだよ」

「でも、愛し合ってたって……。もしかして、あの人、祐悟さんの元カノとか?」

「違うよ! 本当に違う!! 誓っていう。元カノなんかじゃない。本当なんだ」

「そっか……祐悟さんがそこまでいうなら、本当にあの人の勘違いなんですね。
よかった……祐悟さんが俺以外の人と愛し合うなんて……絶対嫌だから……」

「航!! 絶対にそんなこと有り得ない! 大体、俺のはもう航しか反応しないって知ってるだろ?
誰がきたって航以外とと愛し合ったりできないよ」

その言葉に航は一瞬にして顔を赤らめた。
ふふっ。毎日のように愛し合っているというのに、こんなことですぐに赤くなる。
航はいつになっても初心うぶなままだ。

それにしてもあの女。
縋ってきたから相手してやっただけで大してよくもなかったくせに航の前でくだらないこと話しやがって。
俺の航を泣かせるなんてとんでもない。

俺のことを探し回っている女がいるっていろんなところから情報が来てたが、まさか今日ここで会うとはな。
そろそろくる頃かとユウさんに情報を頼んでおいて正解だったな。
航と一緒の時に会ったのは計算外だったが……。

今日はここで愛しあおうかと思っていたが、ケチがついたな。
やっぱり浅香のホテルに移動しようか。

ああ、航がワンナイトなんて言葉を知らなくて本当によかった。
元カノかと聞かれたから違うと言ったが、それに間違いはない。
嘘もついてないし、本当のことだ。

航が純粋で本当によかったな。
今日は航の嫌な記憶を消し去るくらい思いっきり愛し合うとしよう。
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