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番外編

虹色の湖  <中編>

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今日の仕事を終えると、砂川さんが

「藤乃くんも久しぶりに平松さんに会えて嬉しいでしょうし、一緒に夕食でもどうですか?」

と俺と祐悟さんを誘ってくれた。

食事の場所はいつものあの居酒屋。
積もる話もあるだろうからと砂川さんが店主さんに頼んで貸切にしてもらったらしい。
あそこに行くと西表に帰ってきたという感覚がして嬉しい。

せっかく貸切にしてもらったから他の社員さんにも声をかけたけれど、久しぶりの再会を邪魔しては悪いからと結局、俺と祐悟さん、平松さんと砂川さんの4人で居酒屋に行くことになった。

「こんばんは」

ガラガラと扉を開け中に入ると、

「ああ、久しぶりだね。ふふっ。航くんが歩いているところ初めて見たな」

と店主さんに笑いながら言われてしまった。

そういえば、この前来た時はずっと祐悟さんに抱っこされたんだっけ。
恥ずかしい。

顔を赤らめていると、祐悟さんが

八尋やひろさん、うちの航を揶揄うなよ。俺の航は純粋で可愛いんだから」

と俺を後ろから抱きしめながら店主さんにそう言った。

「えっ? 祐悟さん……」

そっちの方が恥ずかしんですけど……。
その言葉はもう恥ずかしすぎて言葉にできなかった。

「ははっ。倉橋くん、本当に変わったな」

「航が俺を変えてくれたんだ」

そう言ってチュッと頬にキスをしてきた。
もう俺は恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかったけれど、砂川さんは微笑ましそうに俺たちを見ている。
流石に平松さんは驚いているはずと思ったけれど、平松さんも俺に笑顔を向けながら、

「藤乃くん、よかったな」

と言ってくれてなんだか急にホッとした。

せっかくみんなが祝福してくれてるのに恥ずかしがってちゃダメだよね。
だから俺は思い切って自分の気持ちを言葉にしたんだ。

「はい。俺、祐悟さんと出会えて本当に幸せです」

満面の笑みでそう伝えると、祐悟さんは抱きしめていた力を少し強めながら、

「俺も幸せだよ」

と言ってくれた。

「じゃあ、もう一度みんなでお祝いしようか。今日は2人の幸せ記念日だ」

店主さんがそう高らかに声を上げ、一気にお祝いモードになって楽しい食事会となった。

美味しい食事を食べながら、3杯目の泡盛に手をつけようとしたところで、

「航はこっちの烏龍茶にしておけ」

と祐悟さんにグラスを取り上げられた。

「えーっ、もう少しくらい飲めますよ」

と少し口をとんがらせながら文句を言うと、

「これ以上飲んだら、帰ってから楽しめないからな」

とニヤリと不敵な笑みを浮かべながらこっちを見てくる。

帰ってからって……それ……。
俺は一気に顔が赤くなるのを感じた。

昼間の機内での出来事を一瞬思い出して身体がズクンと熱くなる。
俺は急いで冷たい烏龍茶を飲み干した。

『ふぅ』と一息ついた頃、砂川さんのスマホに連絡が入った。
どうやら安慶名さんみたい。
仕事の話なのか、『ちょっと失礼するよ』と砂川さんと祐悟さんが部屋を出て行った。

なんの仕事だろうと思っていると、その隙に平松さんがススっと近寄ってきて

「藤乃くん、ちょっと話いいか?」

と声をかけられた。
少し緊張している様子が俺にも伝わってきて、怖かったけれどなんとか声を振り絞って
『はい』と答えた。

「あのさ……あの会社にいた時、藤乃くんが理不尽に怒られても何も助けてやれなくてごめん。ずっと謝りたかったんだ。あんな目にあっても頑張って仕事に来てる君のことずっと凄いなって思ってた。俺はただ、見守るくらいしかできなかったけど……でも、藤乃くんの仕事はいつも丁寧でちゃんと評価されたらいいのにって思ってた。だから、藤乃くんがあのプロジェクトに選ばれた時、俺本当に嬉しかったんだ。結局あんな結果になってしまって……俺は何もできなかった。見守ることもできなくて、藤乃くんが殴られて追い出されている間もなんの行動もできなくてずっと後悔してたんだ」

「それで告発してくれたんですか?」

「ああ。もうあんな会社存在するべきじゃないと思ったんだ」

「俺、あのニュースを見た時ホッとしたんです。あの会社に残っていた人たち……平松さんたちが助かったんだって思う気持ちと、これから何も知らずにあの会社に入る人たちがもういないんだって思って嬉しかったんです。だから……平松さんの行動は俺だけじゃなくて、たくさんの人を守ったんだと思います。それはすごく勇気のいることだし、凄いことですよ! だから、平松さんは謝ることなんて何もないです。それに俺、今すごく幸せなのでもういいんです」

自分の思いをそうぶつけると、平松さんは心からの笑顔で

「ありがとう。藤乃くんのおかげで俺も幸せになれたよ」

と言ってくれた。

「あの、西表での仕事は慣れましたか?」

「ああ。最初は思ってた以上に何もなくて大丈夫かな? って心配したんだけど、都会にいるよりこっちの方が合ってるみたいだ。今のところ、ここを出る気にはならないかな。それに……」

「それに?」

「俺にも好きな人ができたんだ……相手、男だけど……」

「えっ?!!!」

思いもかけない平松さんの言葉にびっくりしすぎて思わず大声をあげてしまった。
きっと酔いも冷めた気がする。

「ちょ――っ! ばっ――、大声出すなよ」

「あっ、ごめんなさい。びっくりしちゃって……。あの、それって……会社の人ですか?」

もしかして、砂川さんとかだったらどうしよう。
すごく綺麗な人だし、好きになってもおかしくはないと思うけど、あんなに素敵な恋人がいるのをもしかしたら知らないのかも。

どうしよう、聞きたいけど……どきどきする。

「うーん、まぁ藤乃くんなら言ってもいいかな」

そう言いながら、平松さんの顔が近づいてくる。

「あのさ、耳貸して。今度は大声出すなよ」

そう言われて、俺は口を手で覆った。
平松さんはそれを確認してから、俺の耳元で囁いたんだ。

「この店の店主の八尋さんなんだ。俺の好きな人」

ええーっ!!! と叫びたい気持ちを必死に手で口を押さえつけて我慢した。

「あ、あの本当に……店主、さんなんですか?」

「ああ、信じられない?」

「いえ、そう言うわけじゃ……びっくりしただけです。それで、店主さんは何て?」

「うーん、どうなのかな? 嫌われてはないとは思うけど、告白する勇気はなくて……」

「えっ? どうしてですか?」

「だって、フラれたらこの店に来にくいだろう? 俺、ずっと西表にいたいから、居場所を失いたくないんだ」

居場所を失いたくない……その気持ちわかるなぁ。

一度ああやって仕事を失って自分の居場所がなくなったら、また同じ目に会うのが怖いんだ。

「私はフる気なんかサラサラないけどね」

突然ガチャリと扉が開いたと思ったら、そんな声が聞こえてきた。

「や、八尋さん……聞いて……?」

「料理の追加を運んできたら、何か私のことを話してるっぽかったからね。勝手に聞いたことについては謝るけど、私の気持ちが伝わってなかったのはショックだな」

「えっ? 気持ちって……?」

「なんとも思ってない子と休日にわざわざ一緒に出かけたり、なんだかんだ理由をつけて家にあげて食事を振る舞ったりするはずないだろう? それでも反応してくれなかったからてっきり脈がないと思って落ち込んでたんだけどな……」

「そ、そんな、俺……」

「ちゃんとはっきり言った方がいいかな? 私は平松くんが……いや、友貴也が好きだ。恋人として付き合ってほしい」

突然の店主さんからの告白に平松さんは一気に顔を赤らめて驚いていたけれど、

「あ、あの……俺も八尋さんのこと……好きです」

と必死に伝える姿は俺から見てもすごく可愛いと思った。

というか、俺、ここにいていいのかな?
邪魔じゃない?

パッと扉の方を見ると、祐悟さんが手招きしてる。
俺はこっそり、祐悟さんと俺と砂川さんの荷物をパパっと持って急いで扉へと向かった。

俺たちはそのまま店を出て、近くの広場に立ち止まった。

「祐悟さんたち、いつからあそこにいたんですか?」

「八尋さんが部屋に入る頃くらいからか、なぁ砂川」

「そうですね、突然愛の告白が聞こえたのでびっくりしましたよ。もうすでに付き合っていると思っていたので」

「ええっ? そうだったんですか?」

「はい。八尋さんが休日に誰かと一緒に過ごすなんて今まであり得ないことでしたから、島民の皆さんもやっと八尋さんに春が来たねって喜んでたんですよ。でもまさか、まだ告白もしていない状態だったとは……本当にびっくりですね」

そうだったんだ……。
でも島民の方もみんな応援してくれてるのなら、きっとうまくいくはずだね。
2人とも両思いだったみたいだし。

「鈍感な子が相手だと調子狂うからな。俺だって、航にはずっと思いをぶつけててっきり気持ちも通じていると思っていたのに、ここにきて全部面接だったから優しくしてくれたんだとか言い出したし……」

拗ねた様子であの時のことを言い始めた祐悟さんに必死に

「あ、あれは……祐悟さんみたいに素敵な人が俺なんかのこと好きになってくれるはずがないって思ってたから……」

というと、

「ふふっ。冗談だよ。俺はもう全部わかってるから……」

と優しく返してくれた。

「はいはい。社長も藤乃くんもここは外ですから、続きはご自宅でお願いします」

「砂川……お前、いいところを邪魔するな」

砂川さんはそんな祐悟さんのことをスルーして、

「藤乃くん、社長の好きなようにさせないで嫌なことはちゃんと嫌だと言ってくださいね。明日も藤乃くんには仕事がありますから、最後まで社長に付き合わなくていいですよ」

と俺に笑顔を見せた。

俺はなんと返していいのかわからず、ただ『わかりました』とだけ告げると、にっこりと笑って、

「では、私は先に失礼します。社長、ご馳走さまでした」

と頭を下げ歩いていった。

「あ、あの……祐悟さん……」

「大丈夫、明日ベッドから下りられないようにはしないよ。ただ、航と愛し合いたいだけだ。それは許してくれるだろう?」

「は、はい。それはもちろん」

「ふふっ。じゃあ、家に帰ろう」

俺は祐悟さんとぴったり寄り添ったまま自宅までの道のりを楽しみながら帰った。
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