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誓いを胸に

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「お参り、ですか?」

「ええ。こちらへどうぞ」

連れて行かれたのは畳間の奥にある大きな仏壇の前。

「航くんの両親の位牌が祀ってあるんですよ」

「えっ? なぜこちらに?」

「母親が再婚するタイミングで航くんの方から頼んできたんですよ。義父の目のつくところには大事な父親の位牌をおいておきたくなかったようですね。航くんの気持ちが痛いほどよくわかって……それで我が家で祀ることにしたんです。母親が亡くなった後、両親を一緒に居させてほしいと言って義父に内緒で持ってきていましたが、義父は特には気付いてなかったようですね」

曲がりなりにも夫婦として過ごしたはずだろうに、妻の位牌が家にないことにも気づかないだなんて……。
だが、ここでこんなふうに綺麗に祀られているのなら航の判断は間違いじゃなかったってことだな。

「そうなんですか……藤乃くんの代わりにずっと見守っていてくださったんですね。ありがとうございます」

「いえいえ、彼らの忘れ形見である航くんを守れなくて彼らに合わせる顔がないです」

「藤乃くんは感謝していたと思いますよ、こちらにご位牌があるから安心していたと思いますし」

「そうだといいんですが……」

寂しげな表情を浮かべる先生に俺はもう一度お礼を言って、航の両親にお参りをさせてもらった。

俺は両親の位牌に手を合わせながら、これからは航を絶対に辛い目には合わせない、必ず幸せにすることを固く誓った。


「それじゃあ失礼します。今日は突然の訪問をお許しいただきありがとうございました」

「今度はぜひ、航くんを一緒に連れてきてください」

「はい。ぜひ」

「あの……のこと、よろしくお願いしますね。すばるもきっとそれを望んでいると思いますから」

にこやかな笑顔を見せる先生はおそらく俺たちの関係に気づいたのだろう。
そしておそらく先生は航の父親のことを……。

その上で俺に託してくれると言ったんだ。

「一生大切にします。お任せください!」

俺はそう先生に告げて、栗原先生の家を後にした。


新幹線で東京へ戻りながらパソコンを広げると、安慶名さんや砂川からメールがたくさんきていた。

安慶名さんからは『玻名崎商会』の社長の悪事を裏付ける証拠の数々が揃えられている。
正直どうやって集めているのかもわからないくらいの細かい情報に驚きしか出ない。
だが、この証拠があれば会社を潰すなど訳ないな。
あとは砂川が話を聞きにいっている協力者の証言があれば完璧だ。

その砂川からは音声データが来てるな。
俺はイヤホンをセットして再生ボタンを押した。

砂川以外の声……これがその協力者か。

んっ? こ、これは……?

そうか、そうだったんだ……。

俺は新たにわかった事実に驚きながらこれならうまくいくと確信しながら、安慶名さんと砂川に連絡を返した。

東京駅にあるカフェで砂川と落ち合い、これからことについて話し合った。

「社長、先ほどの話は本当ですか?」

「ああ、驚いただろう?」

「彼からはそこまでの話は聞き取れてませんでしたので驚きましたよ」

「俺も直接彼と話をしたいんだが、出来そうか?」

「そうですね……おそらく大丈夫かとは思いますが……」

「なんだ?」

「多分彼には藤乃くんに対して少なからず恋愛の情があったと思いますよ。
社長はそれでも冷静に話を聞けますか?」

「うっ――! それは……」

そう冷静に尋ねられると自信持って聞けるとは言い難いが、それでも航のことは何でも聞いておきたい。

俺の葛藤に気づいたのか、砂川は『はぁーっ』と小さくため息を吐きながらも、

「でしたら、私も同行します。それなら少しは冷静にいられるでしょう?」

と言ってくれた。

「ああ、そうだな。頼む」

「じゃあ、ちょっと先方に連絡してきますね」

その協力者に会う……まさかこんな気持ちで会うことになるとは思ってもいなかったが、この5年航を守ってくれていたことに関してはお礼を言わないといけないだろう。

とはいえ、今更彼に航を渡す気などはさらさらないことだけは彼には伝えなければな。


「社長、明日11時なら時間が取れるということなので、そちらでアポを取りましたよ」

「ああ、それでいい」

「でしたら、明日9時にはこちらのカフェに来ていただけますか?」

「いや、お前……銀座のイリゼに泊まっているんだろう? そっちに迎えにいくよ」

「社長を足に使うのは申し訳ない気もしますがお迎えに来ていただけるなら助かります」

航の件でプライベートな時間を削ってまで調査してもらっているんだからそれくらいはどうってことないんだが、砂川はこういうところを気遣うんだよな。

安慶名さんといい砂川といい、航の件に関しては世話になりっぱなしなのにな。

「気にしないでいい。この件が終わったら石垣で一泊して西表に帰ってくれて構わないからな」

「ふふっ。気遣ってくださるんですか? ありがとうございます。では、明日9時によろしくお願いします」

「ああ。浅香には俺につけるように言っておくからイリゼで好きに過ごしてくれ」

「そんなにお気遣いいただかなくて結構ですよ。では明日」

砂川はにっこり笑顔を見せながらカフェを出て行った。
あいつの笑顔にカフェにいた客が騒めいていたが、きっとあいつの目には何も入っていないんだろう。
まぁ安慶名さんみたいな人が恋人なら他の奴が目に入るとは思えないがな。

俺が自宅に戻ると、航は自室ではなくダイニングテーブルに電動車椅子をつけパソコンに向かっていた。
扉が開いたのにも気づかずにせっせと仕事をしている航を見て、途中で連絡をしておいて良かったと思った。

実は行きの新幹線を降りてすぐに航に電話をしておいた。
あの航の集中力を見ていると、おそらく仕事に没頭したら食事をしないだろうと思ったからだ。

何度も何度もかけ直してようやく気づいたらしい航が電話に出た時はホッとした。
『ごめんなさい』と謝る航に冷蔵庫に食事を入れているからすぐに食べるようにと声をかけ、電話がつながった状態でレンジで温めるまでを確認した。

そうまでしないと食事をおろそかにしてしまう。
この5年で食事を満足にしていなかったツケがきているという訳だな。


「航、帰ったぞ」

俺の言葉に航がビクッと身体を震わせて俺を見上げた。

「あ、祐悟さん……お帰りなさい」

少し赤い顔で蕩けるような笑顔を見せながらおかえりと言ってくれる航が可愛くて、俺は近づいて航の唇にキスをした。
ああ、仕事終わりにこうやって航とキスができる……幸せでしかないな。

甘い唇を離して『今日の仕事はどうだった?』と尋ねると、褒めて褒めて! と言わんばかりの様子で纏め途中の様子を見せてくれた。

「ほお、もうこんなに進んだのか! さすが航だな」

頭を撫でながらそう褒めると、航は満面の笑みを見せてくれた。
今までこんなふうに仕事で褒められたことがなかったんだろう。

航はこんなにも仕事ができるというのに……この5年は予想以上に辛い日々だっただろうな。
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