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君の唇を味わいたい
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彼を助手席に乗せ宿を出る。
ここから一路離島ターミナルへ向かうのだが、航は手に持っているチーズケーキが気になって仕方がない様子だ。
船の時間まではまだ余裕があるし、車を停めてゆっくり食べようと声をかけ、路肩にある眺望エリアに車を停めた。
航はケーキの箱を開けた途端、『あれっ? 葡萄の香りがする』と言い出した。
隠し味にほんの少し入れている白ワインに気づくとは鼻がいいんだな。
チーズケーキが大好きだという彼に、
「そうか。航もチーズケーキが好きなのか。このチーズケーキはね、私があの安慶名シェフと一緒に考え出したものなんだ」
と教えると、ものすごくびっくりしていたのが可愛かった。
そう、安慶名シェフの出してくれたこのチーズケーキ『マリアージュ』は、俺が浅香から頼まれて安慶名シェフと共に開発したものだ。
元々は、甘いものが苦手な蓮見が恋人である朝陽くんの誕生日だけは一緒に同じケーキを食べてお祝いをしてあげたいと言い出したことがきっかけで、同じく甘いものが苦手だが唯一チーズケーキだけは食べられる料理上手な俺と、この宿の料理人である安慶名シェフに白羽の矢が立ったのだ。
蓮見はともかく、朝陽くんの喜ぶ顔が見られるならと安慶名シェフと試行錯誤を繰り返し出来上がったのがこのチーズケーキ『マリアージュ』だ。
誕生日当日にこの宿に宿泊して、このケーキを出された時の朝陽くんの喜びようは想像以上のものだったらしい。
安慶名シェフはその笑顔を目撃したけれど、蓮見から硬く口止めされているようで、どれほどの笑顔だったかは俺は知らない。
俺が必死に作ったんだからそれくらい教えてくれてもいいだろうに、蓮見のその狭量さに呆れるばかりだ。
自分で言うのもなんだが、このチーズケーキはとてつもなく旨い。
初めてこれが完成した時、俺がぼそっと
『いつかこのチーズケーキを私の恋人にも食べさせてみたい』と言ったのを安慶名シェフは覚えていてくれたんだ。
それで俺が昨日2名で宿に宿泊したのを知って急いで作ってくれたに違いない。
そして、俺が彼のオムレツを注文して、確信した彼がお祝いのケーキを出してくれたんだろう。
わざと一切れだったのは一緒に分け合って食べるため。
そんなところも彼は実に気が回る。
航にこのチーズケーキができた経緯と安慶名シェフがケーキを出してくれた理由を話すと、嬉しそうに微笑んだ。
これできっと俺の気持ちには気づいてくれたはずだ。
俺は箱に入っていたフォークを手に取り、チーズケーキを掬って『あ~ん』と食べさせようとした。
『恥ずかしいですよ』と断るのかと思ったら、なんの躊躇いもなく『あ~ん』と口を開けた
しかも目を瞑って。
少し開いた唇から赤い舌が見え隠れしていて、思わずドキッとしてしまう。
可愛いキス待ち顔に思わず見入っていると、『んっ、はや、く……』と甘い声が口から漏れて、急いで口にケーキを入れてやった。
航はそれを美味しそうに舐め取り、味わって食べていた。
その姿に俺はもうダメだと思った。
ケーキを飲み込んだ航が今度は俺に食べさせようとしてくれるのを遮って、
『私はこっちでいただこう』と彼の唇に重ね合わせた。
驚く彼を可愛らしく思いながらも、航の口内を味わっていく。
甘い口内にほんのりと葡萄の香るチーズの味が見事にマリアージュしている。
我ながらいい名前をつけたものだ。
ゆっくりと口内を味わい尽くして彼の唇から離れると、彼は上気した顔で俺を見つめていた。
「航……もう一度君の唇を味わいたい」
俺の言葉に航はゆっくりとフォークを箱に戻した。
それが航の答えなのだと思ったら、もう我慢ができなくなって、先ほどのキスよりも深くそして激しく航の口内を味わった。
きっと初めてだったんだろう。
それなのに手加減もせず激しいキスを与えてしまって、俺はがっつきすぎたと反省しながら、航のシートを倒してやると
「俺も……気持ち、よかったので……」
と思いもかけない彼の告白に俺の息子がグッと滾らせた。
このまま押し倒したい衝動に駆られたが、そんな時間はない。
砂川が11時の船を指定してきたことに少し苛立ちを覚えながらも遅れるわけにはいかないと急いで車を走らせた。
まだ熱を持っている息子にまだダメだ! 諦めろっ! と説得をくり返しながら、ようやく離島ターミナルへと辿り着いた。
20分前。ふぅ、なんとか間に合ったな。
砂川から船の時間の連絡があった時に、新川くんにはメッセージを送っておいたからもう来ているはずだがどうだろう?
俺たちの荷物を船まで運んでもらう傍ら、昨日の件についても少し話を聞ければと思っていたのだが……。
昨夜はスイートで恋人と泊まりだったから、もし今日来れなかったとしてもそれは仕方ない。
荷物は誰かに頼めばいいんだ。
俺だって彼とスイートに泊まりならまだベッドにいる自信しかない。
チェックアウトの時間などあってないようなものだからな。
そんなことを考えていると、『倉田さーん!!』と俺を呼ぶ声が聞こえる。
新川くんだ。
約束を守る上に、ちゃんと俺のことを倉田と呼んでくれる彼はさすがだ。
突然やってきたこの人は誰だろう? と不思議そうな表情で見ている航に、新川くんを紹介した。
友人の焼肉屋で店長をしている子で、荷物を運ぶのを手伝ってもらうようお願いしていたと言うと、航は新川くんにもきちんと『わざわざ俺たちの荷物のためにありがとうございます』とお礼を言っていた。
うん、ほんと良い子だよ航は。
新川くんも航に好感を持ったのか満面の笑みで『めちゃくちゃ可愛い』と航のことを褒めていた。
「私の大事な子だからな」
そう言ってやると、航は顔を真っ赤にしてなんとも言えない微笑みを見せたんだ。
その顔があまりにも可愛くて新川くんだけじゃなく、周りにいた人からもため息が漏れている。
それに気づいた俺は急いで航を抱きしめて顔を隠した。
ーふふっ。倉田さんがヤキモチですか? 珍しい。本当に大事な子なんですね。
ーああ。俺も自分で驚いてる。自分がこんなに狭量だなんて思わなかったよ。
ーこの子の事、社長は知ってるんですか?
ーいや、まだだ。昨日知り合ったばかりだからな。
ーえっ? 嘘でしょ? それでここまでの独占欲?
逆に彼に驚きですよ、倉田さんをそこまで変えちゃうなんて。
ーふふっ。確かに。でも、そっちも同じだろう? ほら、あそこからこっちを見てるの彼だろう?
ーああ、そうです。でも、きっとあなたが可愛い子抱っこしてるから、そっちの方が気になってそうですよ。
ー盛山くんにも昨日の件、お礼いっといて。
ー伝えておきますけど、逆に喜んでましたから大丈夫ですよ。
ーそうか。ならよかった。
ポーーーーーッ
船の出発5分前の合図がなり彼との話を終わらせた。
航を抱きかかえ、船までの桟橋を歩いていくすぐ後ろから新川くんが荷物を運んでくれている。
新川くんも爽やか系の美青年だし、俺は言わずもがな。
その2人の間で大切に抱きかかえられている可愛い顔した航。
そんな3人がこんな観光客の多い離島の桟橋にいて目立たないわけがない。
周りからの視線を浴び恥ずかしそうにしている航を見ながら、俺も新川くんも顔を見合わせて笑った。
船の中の荷物置き場にさっと荷物を置くと、『昨日の証拠動画と詳細は全部PCメールの方に送っておいたので確認してください』と航に聞こえないように耳元で囁いて船を降りていった。
桟橋から船が離れるまで見送ってくれた新川くんに感謝しながら、西表までの船の旅は始まった。
とはいえ、航は面接まで緊張しているし、俺はいつのタイミングで航に本当のことを打ち明けようかを考えていて、楽しむ間も無くあっという間に西表島、上原港についてしまった。
とりあえず、会社についてからだな。
伝え方を間違えないようにしなければな。
ここから一路離島ターミナルへ向かうのだが、航は手に持っているチーズケーキが気になって仕方がない様子だ。
船の時間まではまだ余裕があるし、車を停めてゆっくり食べようと声をかけ、路肩にある眺望エリアに車を停めた。
航はケーキの箱を開けた途端、『あれっ? 葡萄の香りがする』と言い出した。
隠し味にほんの少し入れている白ワインに気づくとは鼻がいいんだな。
チーズケーキが大好きだという彼に、
「そうか。航もチーズケーキが好きなのか。このチーズケーキはね、私があの安慶名シェフと一緒に考え出したものなんだ」
と教えると、ものすごくびっくりしていたのが可愛かった。
そう、安慶名シェフの出してくれたこのチーズケーキ『マリアージュ』は、俺が浅香から頼まれて安慶名シェフと共に開発したものだ。
元々は、甘いものが苦手な蓮見が恋人である朝陽くんの誕生日だけは一緒に同じケーキを食べてお祝いをしてあげたいと言い出したことがきっかけで、同じく甘いものが苦手だが唯一チーズケーキだけは食べられる料理上手な俺と、この宿の料理人である安慶名シェフに白羽の矢が立ったのだ。
蓮見はともかく、朝陽くんの喜ぶ顔が見られるならと安慶名シェフと試行錯誤を繰り返し出来上がったのがこのチーズケーキ『マリアージュ』だ。
誕生日当日にこの宿に宿泊して、このケーキを出された時の朝陽くんの喜びようは想像以上のものだったらしい。
安慶名シェフはその笑顔を目撃したけれど、蓮見から硬く口止めされているようで、どれほどの笑顔だったかは俺は知らない。
俺が必死に作ったんだからそれくらい教えてくれてもいいだろうに、蓮見のその狭量さに呆れるばかりだ。
自分で言うのもなんだが、このチーズケーキはとてつもなく旨い。
初めてこれが完成した時、俺がぼそっと
『いつかこのチーズケーキを私の恋人にも食べさせてみたい』と言ったのを安慶名シェフは覚えていてくれたんだ。
それで俺が昨日2名で宿に宿泊したのを知って急いで作ってくれたに違いない。
そして、俺が彼のオムレツを注文して、確信した彼がお祝いのケーキを出してくれたんだろう。
わざと一切れだったのは一緒に分け合って食べるため。
そんなところも彼は実に気が回る。
航にこのチーズケーキができた経緯と安慶名シェフがケーキを出してくれた理由を話すと、嬉しそうに微笑んだ。
これできっと俺の気持ちには気づいてくれたはずだ。
俺は箱に入っていたフォークを手に取り、チーズケーキを掬って『あ~ん』と食べさせようとした。
『恥ずかしいですよ』と断るのかと思ったら、なんの躊躇いもなく『あ~ん』と口を開けた
しかも目を瞑って。
少し開いた唇から赤い舌が見え隠れしていて、思わずドキッとしてしまう。
可愛いキス待ち顔に思わず見入っていると、『んっ、はや、く……』と甘い声が口から漏れて、急いで口にケーキを入れてやった。
航はそれを美味しそうに舐め取り、味わって食べていた。
その姿に俺はもうダメだと思った。
ケーキを飲み込んだ航が今度は俺に食べさせようとしてくれるのを遮って、
『私はこっちでいただこう』と彼の唇に重ね合わせた。
驚く彼を可愛らしく思いながらも、航の口内を味わっていく。
甘い口内にほんのりと葡萄の香るチーズの味が見事にマリアージュしている。
我ながらいい名前をつけたものだ。
ゆっくりと口内を味わい尽くして彼の唇から離れると、彼は上気した顔で俺を見つめていた。
「航……もう一度君の唇を味わいたい」
俺の言葉に航はゆっくりとフォークを箱に戻した。
それが航の答えなのだと思ったら、もう我慢ができなくなって、先ほどのキスよりも深くそして激しく航の口内を味わった。
きっと初めてだったんだろう。
それなのに手加減もせず激しいキスを与えてしまって、俺はがっつきすぎたと反省しながら、航のシートを倒してやると
「俺も……気持ち、よかったので……」
と思いもかけない彼の告白に俺の息子がグッと滾らせた。
このまま押し倒したい衝動に駆られたが、そんな時間はない。
砂川が11時の船を指定してきたことに少し苛立ちを覚えながらも遅れるわけにはいかないと急いで車を走らせた。
まだ熱を持っている息子にまだダメだ! 諦めろっ! と説得をくり返しながら、ようやく離島ターミナルへと辿り着いた。
20分前。ふぅ、なんとか間に合ったな。
砂川から船の時間の連絡があった時に、新川くんにはメッセージを送っておいたからもう来ているはずだがどうだろう?
俺たちの荷物を船まで運んでもらう傍ら、昨日の件についても少し話を聞ければと思っていたのだが……。
昨夜はスイートで恋人と泊まりだったから、もし今日来れなかったとしてもそれは仕方ない。
荷物は誰かに頼めばいいんだ。
俺だって彼とスイートに泊まりならまだベッドにいる自信しかない。
チェックアウトの時間などあってないようなものだからな。
そんなことを考えていると、『倉田さーん!!』と俺を呼ぶ声が聞こえる。
新川くんだ。
約束を守る上に、ちゃんと俺のことを倉田と呼んでくれる彼はさすがだ。
突然やってきたこの人は誰だろう? と不思議そうな表情で見ている航に、新川くんを紹介した。
友人の焼肉屋で店長をしている子で、荷物を運ぶのを手伝ってもらうようお願いしていたと言うと、航は新川くんにもきちんと『わざわざ俺たちの荷物のためにありがとうございます』とお礼を言っていた。
うん、ほんと良い子だよ航は。
新川くんも航に好感を持ったのか満面の笑みで『めちゃくちゃ可愛い』と航のことを褒めていた。
「私の大事な子だからな」
そう言ってやると、航は顔を真っ赤にしてなんとも言えない微笑みを見せたんだ。
その顔があまりにも可愛くて新川くんだけじゃなく、周りにいた人からもため息が漏れている。
それに気づいた俺は急いで航を抱きしめて顔を隠した。
ーふふっ。倉田さんがヤキモチですか? 珍しい。本当に大事な子なんですね。
ーああ。俺も自分で驚いてる。自分がこんなに狭量だなんて思わなかったよ。
ーこの子の事、社長は知ってるんですか?
ーいや、まだだ。昨日知り合ったばかりだからな。
ーえっ? 嘘でしょ? それでここまでの独占欲?
逆に彼に驚きですよ、倉田さんをそこまで変えちゃうなんて。
ーふふっ。確かに。でも、そっちも同じだろう? ほら、あそこからこっちを見てるの彼だろう?
ーああ、そうです。でも、きっとあなたが可愛い子抱っこしてるから、そっちの方が気になってそうですよ。
ー盛山くんにも昨日の件、お礼いっといて。
ー伝えておきますけど、逆に喜んでましたから大丈夫ですよ。
ーそうか。ならよかった。
ポーーーーーッ
船の出発5分前の合図がなり彼との話を終わらせた。
航を抱きかかえ、船までの桟橋を歩いていくすぐ後ろから新川くんが荷物を運んでくれている。
新川くんも爽やか系の美青年だし、俺は言わずもがな。
その2人の間で大切に抱きかかえられている可愛い顔した航。
そんな3人がこんな観光客の多い離島の桟橋にいて目立たないわけがない。
周りからの視線を浴び恥ずかしそうにしている航を見ながら、俺も新川くんも顔を見合わせて笑った。
船の中の荷物置き場にさっと荷物を置くと、『昨日の証拠動画と詳細は全部PCメールの方に送っておいたので確認してください』と航に聞こえないように耳元で囁いて船を降りていった。
桟橋から船が離れるまで見送ってくれた新川くんに感謝しながら、西表までの船の旅は始まった。
とはいえ、航は面接まで緊張しているし、俺はいつのタイミングで航に本当のことを打ち明けようかを考えていて、楽しむ間も無くあっという間に西表島、上原港についてしまった。
とりあえず、会社についてからだな。
伝え方を間違えないようにしなければな。
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