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彼との約束

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話が一段落ついたのを見計らったように、『ご歓談中、失礼致します』と渋い声が聞こえてきた。

安慶名シェフはさっきのスタッフのことについて詫びていたが、今はどうでもいい。
大体もう処分を与えるのは決まってるんだからな。

それよりも俺がわざわざ藤乃くんを連れてレストランへと来た目的を達成しなければ。

俺がシェフに『彼のためにオムレツを作ってくれ』と注文すると、安慶名シェフはフッと表情を緩めた。
きっと俺とのあの話を覚えていてくれたんだろう。

『いつもより心を込めてお作りいたします』
そう言いながら卵を割り、鮮やかな手つきでオムレツを仕上げてくれた。
やっぱり彼の腕は最高だな。
他の料理には自信があるが、オムレツだけはまだまだ彼に勝てそうにない。

ケチャップを希望した藤乃くんのオムレツはいつもより3割り増しに輝いていてほかほかと湯気を立てている。
藤乃くんはそれに嬉しそうにナイフを入れ、目を輝かせながら頬張っていた。

そのあまりにも可愛らしい食べ方に微笑ましく思ってしまう。
安慶名シェフに目を向けると彼もまた目を細め、同じような視線を送っている。
他の奴らなら藤乃くんに対してそんな視線を向けられるだけで苛立ちが募るのだが、安慶名シェフには数年来の恋人がいて、一途な彼は溺愛している恋人を裏切ることなど決してしないことを知っている。
きっと藤乃くんを通して離れた距離に住む恋人のことを思っているのだろう。

そういえば安慶名シェフに聞いたことがある。
君の恋人はそんなにも可愛いのかと。

俺は彼の恋人をよぉーく・・・・知っているが、俺は彼の恋人を可愛いと思ったことはただの一度もない。
もちろん仕事はできるし、気は利くし、仕事に関しては非の打ちどころのない素晴らしい人間だが、ただ一つ欠点を挙げるとすれば真面目すぎるのだ。
冗談も通じないし、俺が自由に恋愛を楽しんでいることにもあまりいい顔をしない。
言ってみれば融通の利かないなのだ。

そう、安慶名シェフはバイである俺と違って生粋のゲイで男しか愛せない。
彼の恋人である男性は元々ノンケなのだと言っていたが、安慶名シェフと付き合いを始めたあたり、ゲイの気があったのかもしれないな。

それはともかく、そんな融通の利かない男との恋愛を楽しめているとは思えず、恋人のいない場所で彼の本音を聞き出そうと思ったことがあった。

ところが、安慶名シェフはそんな質問に嫌な顔ひとつせず『ふふっ』と余裕な笑みを浮かべ、

「倉橋さんも本当に愛する人ができたら、私の気持ちがわかりますよ。心から愛する人は仕草の一つですら可愛く見えるものです」

と答えた。

その時の俺には彼の言葉の意味が全くわからなかったが、

「本当に愛する人ができたら、自分の好きな物を一緒に食べたり見たりしたいと思えるようになりますよ」

と言われて、俺はその言葉が頭から離れなかった。

「ふふっ。倉橋さんにそんな人が現れたらぜひ倉橋さんが好きな私のオムレツを食べに来てくださいね」

「……そうだな。そんな人がもし現れたら頼むとするか。君のオムレツを食べさせたいと石垣まで連れていく相手ができたらな」

半ば無理だとは思いつつ、あの日から数年経っても彼との約束は忘れることはなかった。

そして、俺は藤乃くんに出会ったんだ。
彼との時間を過ごすうちに安慶名シェフの言ったあの言葉の意味がようやくわかった。

行きつけの八重山そば屋で自分の好きなソーキそばを美味しそうに食べる藤乃くんの姿を見て、あのソーキそばがいつも以上に美味しく感じた。
自分の好きな物を共有することがこんなにも嬉しいとは。

あの時の答えがわかったのを安慶名シェフに伝えたくて、俺は今日レストランに来たんだ。
そして、彼はあの話を覚えていてくれた。
そのことを喜びながら、俺は安慶名シェフの作ってくれたオムレツを美味しく味わった。

隣で美味しそうにオムレツを頬張る藤乃くんに、俺のホワイトソースがかかったオムレツを『あ~ん』と一口差し出すと彼は雛鳥のように小さな口を開け美味しそうに口に入れた。

「んんっ、おいひぃ」

と言う彼の唇の端にホワイトソースが少しついているのを見て、親指で拭って彼に見せつけるように舐め取ると藤乃くんは少し顔を赤らめていた。
少しは俺のこと意識してくれているのだろうか?
だったら嬉しいのだが。

食事を終えコーヒーを飲んでいると、もう一度安慶名シェフが俺たちの席にやってきて、『お祝いです』と笑顔でテーブルにチーズケーキを置いてくれた。

このチーズケーキは……そうか。
安慶名シェフの心遣いに嬉しくなる。

藤乃くんは突然出てきたお祝いのケーキに驚いているが、これはいい機会かもしれない。
俺は藤乃くんにさっき食べたオムレツの意味を話した。

『大切な人と一緒に彼のオムレツを食べに来る』
安慶名シェフとそう約束していたことを話すと、さすがの藤乃くんも気がついてくれたようだ。

「あの……俺、倉田さんの大切な人……なんですか?」

その問いかけになんて答えようかと悩んで、『もし、そうならどうする?』と聞き返した。

ああ、俺はずるいな。
彼に言わせようとしている。
そんなずるい俺の横で、彼は必死に言葉を紡いでくれる。

「……俺、よくわからないんですけど……倉田さんがそばにいてくれるだけでホッとするし、抱きかかえられても嫌じゃなくて、それに、一緒に寝てあんなに熟睡できたの初めてで……それで、ずっと一緒にいたいなって、だから、その……俺のこと大切って思ってくれてるなら……すごく嬉しいなって思って……あの、だから……」

そんなこと言われて、もう我慢ができるわけがない。
それに彼からのこんな大事な告白をこれ以上他の奴らに聞こえるような場所で話させるわけにはいかない。

祝いにとケーキを出してくれた安慶名シェフには悪いが、ケーキを包んでおいてくれと頼み、彼を抱きかかえたまま急いで部屋に戻った。

そして、藤乃くんを広縁の椅子に座らせ俺は彼の目の前に跪き見上げた。
急な俺の態度に少し怯えた様子の藤乃くんに、

「さっき言ってくれた言葉は、君の本心なのか? あの言葉は本当なのか?」

そう尋ねた。

すると藤乃くんはみるみるうちに目に涙を溜め、

「嘘なんていうわけないじゃないですかっ!
俺……倉田さんが俺のこと大切に思ってくれてるのかもってすごく嬉しかったのに……」

涙を零しながらそう訴えてきた。

その涙にハッとした。
彼の言葉を疑うようなことを言って傷つけてしまったことを後悔した。
急いで彼の涙を拭い取り、謝罪しながら彼を胸に抱きしめた。
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