ペントハウスでイケメンスパダリ紳士に甘やかされています

波木真帆

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空っぽの部屋の中で

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朝食を済ませて着替えをしようと自室に戻ってきて思い出した。

ああっ、そういえば俺、着替えがない。
持っているキャリーケースには沖縄で来ていた夏物の服しかないし、唯一持っている秋服は今洗濯機の中。
涼平さんの服を借りるって言っても体型が全然違うしな……。
どうしよう。

「朝陽。入るぞ」

「あっ、涼平さん……俺……」

「いうのを忘れてたんだが、朝陽の服、そこのクローゼットに入れてあるから」

指さされたクローゼットを開けてみると、見慣れない服がぎっしり詰まっていた。

「えっ? これって……?」

「私が揃えておいた。朝陽のサイズにぴったりの服だ」

涼平さんが揃えてくれたって……こんな俺でも知ってるハイブランドの服ばっかり。

「こ、こんな……すごい服を俺が着るのは……」

「何か勘違いしていないか? 朝陽、君はここに演技の勉強に来ているんだぞ。
俳優として君に常日頃からいろんな服を着こなせるようになってもらわないと困る。
着慣れていないと、その服に着せられている感が出てしまうだろう?」

そうか! 確かに涼平さんのいう通りだ。
ここでは全てが勉強だと思わなくちゃ!

「はい。すみませんでした。俺、どんな服でも着こなせるよう頑張ります!!」

「ふふっ。その調子だ。じゃあ、今日はえーっと、この服を着てもらおうか」

カチャカチャとハンガーにかかった服の中からシンプルテイストな服を差し出された。

それに袖を通している間、涼平さんは部屋を出るでもなくじっと俺の姿を見つめていた。
それがなんだか視姦されているようですごく恥ずかしかったけれど、モデルは人前でも着替えられるものだし、俺もどこでも誰の前でも着替えられるようにならないとなと思って、平気なフリして手早く着替えた。

うわっ、なんだこれ!

シンプルな無地のTシャツとジャケット、パンツというありふれた衣装だったのに、それがとてつもなくしっくりときて着心地が良い。

やっぱり値段が高い服って生地から違うんだな……すごい。

「いいよ。朝陽。よく似合ってる」

「涼平さん、ありがとう! これ、すっごく着心地が良い」

「朝陽が気に入ってくれたんなら良かった。じゃあ、行こうか」

手を取られ、リビングへと向かっているとき、涼平さんが急に俺の耳元に囁いてきた。

「これだけ似合ってると、脱がすのも楽しみだな」

「えっ? それ、どういう……?」

「ふふっ」

涼平さんは意味深な笑いを見せ、スタスタとリビングへと歩いて行ってしまった。
俺はなんのことかもわからずしばらくの間ただその場に立ち尽くしていた。

「さぁ、そろそろ朝陽のアパートに向かおうか」

そう声をかけられてハッと我に返った俺は慌てて玄関へと向かった。


昨日と同じように涼平さんは車を空き地に止め、俺のアパートへと向かうとすでに荷物はほとんど運び込まれていて、あとはいくつかの段ボールを残すのみの状態になっていた。

ガラーンとした部屋を見ていると、この部屋に引っ越してきた時のことを思い出す。
高校卒業してすぐにこの部屋見つけて……俺の部屋狭いと思ってたけど、荷物がなかったらこんなに広かったんだ……。
初めてこの部屋で過ごした夜、なかなか寝付けなかったんだよな。

たった5年前のことなのに、なんだか遠い昔のような気がする。
この部屋でいろんなことがあったなと思うと感慨深いものがある。

ふとみると段ボールの一番上の箱の中に、俺がこの前作ったクジが入ったケースが見える。
それを取り出してみていると、

「朝陽、それはなんだ?」

と不思議そうに声をかけられた。
なんの変哲もないケースだもん、まぁ、そう思うよね。

「これに47都道府県の名前書いて旅行先決めたんだ。
沖縄を選ぶきっかけになった、俺にとって幸運のクジだよ」

「そうか、これか。なら、これは持っていって私の家宝にしようか」

「えーっ、家宝って大袈裟だよ。ふふっ」

「何言ってるんだ、大袈裟なもんか。
これがなかったら、朝陽と出会えなかったんだからな」

涼平さんが俺と出会ったきっかけになったこのクジを冗談でも家宝にしたいとまでいってくれたことを、俺は一生忘れない。
それぐらい、俺は嬉しかったんだ。


「朝陽、部屋を見て回って忘れ物がないか、最終確認をしてくれ」

そう言われて、部屋の中をくまなく調べ歩いた。
収納の中も全て探したけれど特に忘れ物はなさそうだ。

「朝陽、荷物の積み忘れはなかったか?」

「は、はい。大丈夫です」

「よし。じゃあ、ここにある荷物を運んで行ってくれ」

「「「はい」」」

驚くほどにあっという間に終わってしまった引っ越しに茫然としながら業者さんたちのトラックが俺の荷物を乗せて、涼平さんのマンションへと向かうのを見送った。

俺、本当にこの部屋から引っ越するんだ……。
なんか不思議な気分だな。

俺が茫然と立ち尽くしている間に、涼平さんは不動産屋さんとの手続きから水道、電気、ガスなどの手続きまで全てを終わらせていて、あとは鍵を渡すのみになっていた。

空っぽになった部屋の中で涼平さんがスッと手を差し出した。

「朝陽、部屋の鍵を渡してもらえるか?」

「あ、はい」

ポケットに入れていたキーケースから鍵を外す時、なぜか涙が溢れてしまった。

「朝陽?」

「ご、ごめんなさい……引っ越しが嫌とか、そんなんじゃなくて……急に涙が出てきちゃって……」

止めなきゃ、止めなきゃ! という思いも裏腹に涙の数はどんどん増えてしまう。
俺、なんで涙なんか流してるんだろう。
自分でもわからない涙はそれから数分流れ続けた。

「朝陽、落ち着いたか?」

「は、はい。ごめんなさい」

「いや、朝陽が謝ることじゃない。
ここは朝陽にとって苦楽を共にしたいわば戦友のような部屋だったんだろう。
それが急にガランとしてしまって抜け殻のようになってしまったのかもしれないな。
私がもう少し配慮してやれば良かった。
朝陽をうちにこさせることばかり考えて、肝心の朝陽の気持ちを蔑ろにしてしまった。
申し訳ない」

「そ、そんなこと……」

「いや、本当なら納得してこの部屋とちゃんと別れられるような時間を作るべきだったな」

本当に面目ないといった表情で俯く涼平さんを見て、俺はとんでもないことをしてしまったと思った。

何やってるんだ、俺は。
俺を信じてくれる人にこんな思いをさせて。

俺は今までの俺から生まれ変わるって決めたじゃないか。
そのために一からもう一度頑張るって決めたじゃないか。

それなのに何をグジグジと未練がましくこの部屋に縋りつこうとしているんだ!
バカだな、俺は……。

「涼平さん、顔を上げてください。
俺、鍵を渡すってなって、急に引っ越しが現実的に感じられて……それで感慨深く感じちゃっただけなんです。
今、ちゃんと納得しましたから。
俺、ここから出て頑張るって自分で決めたんです。だから、これ……はい、どうぞ」

俺は涙を拭い思いっきりの笑顔で涼平さんに鍵を差し出した。

「朝陽……」

驚いた表情で俺を見る涼平さんにニコッと笑顔を見せると、

「――っ! 朝陽っ!」

と突然ぎゅっと俺を抱きしめてきた。

「ああ、もうっ! お前が男前すぎて惚れ直すよ!」

「涼平さん……」

俺は自然に涼平さんの腰に手を回すと、涼平さんの腕の力がきゅっと強くなった。
その力がなぜか心地よくて俺たちは何にもない空っぽの部屋の真ん中でしばらく抱き合っていた。
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