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癒しになるなら……

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久しぶりだからということで先に点検に行ってもらい、何も問題がないと言われてホッとする。

「では、暗くなる前に行ってみるとするか」

「わぁーっ! 嬉しいですっ!!」

喜んでいる僕をスッと抱き上げる。
さっきチューしたばかりのエヴァンさんの唇に一気に近くなって、恥ずかしくなってしまう。

「ふふっ。本当に可愛らしいな。ユヅルは」

「エヴァンさんったら……」

「行こうか」

「僕、自分で歩けますよ」

「庭は少し遠いからな。このままでいてくれ」

そう言われたら拒むこともできない。
だって、抱きかかえられてると、エヴァンさんの顔をすぐ近くに見られるから嬉しいんだもん。

首に手を回し、ぎゅっと抱きつくと

「ああ、良い子だな」

と嬉しそうな声がする。
僕にとって至福のひとときだ。

庭に出ると、少し冷やっとした風を感じる。

「ユヅル、寒くないか?」

「ちょっとだけ。でも、エヴァンさんが抱きしめてくれてるから平気ですよ」

「だが、風邪をひいてはいけない。ジュール」

そう声をかけただけで、柔らかくて暖かいブランケットがかけられた。

すごく暖かいけど……パピー、いつの間に持ってきてたんだろう……。
本当、こういうところ全然わかんないんだよね……不思議。

「ほら、ユヅル。あの木の上にあるのがそうだよ」

エヴァンさんが指さした方向をみると、大きな木の上に本当に家が乗っているのがわかる。
すごいっ! 
昔、絵本で見たような木のお家そのものだ!

いつかこんな家に住めたら楽しいだろうなって想像していたままの姿に心が躍る。

「わぁーっ! 本当に木の上にお家がある!! しかも思ってたよりもずっとずっと大きくて可愛いっ!」

嬉しすぎてはしゃいでいると、

「中に入ってみるか?」

とエヴァンさんに言われた。

「えっ? 中に入っても良いんですか?」

「ああ、ユヅルなら余裕で入れるだろう。だが、気をつけるんだぞ」

「でも、どうやって登るんですか? 僕、木登りは……」

「ふふっ。大丈夫だ」

そう言って木に近づくと、垂れ下がっていた紐のようなものを引っ張った。
すると、木のお家から縄梯子がさーっと降りてきた。

「うわっ! すごいっ、忍者屋敷みたいっ!」

「ははっ。確かに。さすが日本人だな。ユヅル、登ってみるか?」

「はいっ!」

僕の興奮しきった声にエヴァンさんは笑いながら、僕を腕から下ろしてくれた。

縄梯子に足をかけると、思った以上に頑丈で全然怖くない。
これなら余裕で上がれそう。

スタスタと上がる様子をエヴァンさんとパピー、そしてリュカが見守ってくれている。
あっという間に入り口に辿り着き、手を伸ばして扉を開くとそこには驚くべき光景が広がっていた。

「わぁっ!!! すごいっ!!! 本当にお家だっ!!」

どうやってここに運び入れたんだろうと思ってしまうような、小さいけどしっかりしたベッドには布団も置かれている。
天井は低いけど、屈めば余裕だ。

ここに小さかったエヴァンさんが……。
想像するだけで楽しくなる。

もし、ここに幼いエヴァンさんがいたら……きっと、仲の良いお友達になれただろうな。

でも……。

エヴァンさんの温もりも、優しい匂いも何もかも知っている今は、お友達なら少し寂しく感じるかもしれないな。
もうすっかり僕はエヴァンさんの虜だ。

「わっ、ちゃんと窓もあるっ!!」

窓を開けて外を見ると、随分下にエヴァンさんたちの姿が見える。

「ふふっ。今は僕の方が高いですね。エヴァンさんを見下ろすって変な感じです」

「ふふっ。そうだな。私もユヅルを見上げるのは不思議な気分だよ」

「ねぇ、エヴァンさんも来られないですか?」

「私も? うーん、どうだろうな。入れるかどうかはわからないが、近くまで行ってみるか」

「わぁーっ! 嬉しい」

エヴァンさんはパピーとリュカと何やら話をして、ゆっくりと縄梯子に近づいた。

頑丈に作ってあるそれは、エヴァンさんの体重でもびくともしない。
あっという間に扉の近くまで上がってきたので、僕は扉を開けると

「入れそうですか?」

と声をかけた。

屈めばなんとか入れるかもしれない
そう言って、悪戦苦闘しながらお家の中に入ってきた。

「ふぅ、やはり思っていた以上に小さかったのだな。この家は」

「これができたのはいくつくらいだったんですか?」

「そうだな……6歳、いや5歳くらいだったか……」

「えっ……」

思っていたよりもずっと小さい年齢で驚いてしまう。

「そんな小さな時にここで何時間も一人で過ごしてたんですか?」

「ああ、そうだな。あの頃は自我が芽生えてきた頃で……何もかも世話をされる生活に少し疲れていたというか、一人の時間が欲しかったのかもしれないな。誰の目も気にせずに横になったり、本を読んだり……ここでの時間があったから、普段の生活を頑張れたのかもしれないな」

懐かしそうにその頃のことを話してくれるエヴァンさんを見ながら、なんとなく気持ちがわかるなと思った。

お金があって、何不自由ない生活をしていてもやっぱり何も気にせずに一人になりたい時間もあるはずだもんね。
お屋敷には絶えずたくさんの人がいて……心を休めたかったのかもしれない。
子どもながらにそれくらい大変だったんだ。

「今は、どうですか?」

「んっ?」

「一人になりたい時間とか、欲しかったりしますか?」

「ふふっ。そうだな……今は、何よりもユヅルと過ごす時間が癒されるよ。ユヅルと出会ってからは、自分が一人でどうやって過ごしていたのかも思い出せない。それくらい、ユヅルがそばにいてくれるのが安心するし、自然なんだよ」

「エヴァンさん……」

「だから、ずっとそばにいてくれるだろう?」

「はい。僕が癒しになるなら……ずっと、そばにいます」

「ユヅル……」

エヴァンさんの顔がゆっくりと近づいてきて、そっと唇に触れる。
重なり合うだけのキスが、少しずつ熱を帯びてくる。

小鳥の囀りに重なるように唾液の混じりあう音が部屋に響く。

ああ、僕は幸せすぎて怖いくらいだ。

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