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初めての動物園

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<sideひかる>

あの施設を出て、お店に引き取られたときが僕の人生で初めて車に乗った日だった。
あの時は、それからの先の未来に夢と希望を持っていた。
養父母になる人は口調は荒くて少し怖いと思ったけど、それでも初めての家族と幸せな生活が始まるのを夢見ていたんだ。

でも、あの店で過ごした三年は今では思い出したくないくらいに嫌な出来事になっていた。
そんな場所に僕を連れて行った車が怖かった。
乗ったら最後、今度はあの店以上に恐ろしい場所に連れて行かれるんじゃないかって怖くて仕方がなかった。

動物園に行けることが嬉しくて、その時まで車に乗っていくということをすっかり忘れていた。
征哉さんに抱っこされて玄関に向かっている時に、ああ、今から車に乗るんだって怖くなって、首に回した手が少し震えてしまった。

そうしたら、すぐに

「痛みはないか? もう少しゆっくり歩こう」

と優しい言葉をかけてくれて僕を安心させてくれた。


――ほら! 時間ないんだからさっさと乗れ!

勢いよく車に乗せられたあの日とは全然違った。

そして、目の前に現れた車は僕の知る車とは全く違う、びっくりするほど大きな車。

後の扉を開けると、中には広々とした、まるで部屋のような空間が広がっていた。

「すごいっ!」

驚く僕を征哉さんは優しく椅子に座らせてくれた。

背中にはふわふわのクッション。
ベッドのような座り心地のいい椅子は足を伸ばして座ることができる。

しかもこの背もたれは倒すこともできて、眠くなったらベッドのようにして眠ることもできるらしい。

あまりにも僕の知っている車と違いすぎて、驚きの声しか出ない。
お母さんと征哉さんが僕の両隣に座ってくれて、ゆっくりと車が動き出した。

窓から見える景色はかなり早く流れていくのに、ほとんど振動を感じない。

あの時乗った車は、山道だったのもあったけど激しく揺れて降りた時はかなり気分が悪かった。
こんなにも違う車だと、もう別の乗り物みたいだ。

景色を見ながら、お母さんと征哉さんが説明をしてくれる。
高いタワーや建物の名前。
聞いたことはあっても見たことはなかったから、景色を見ているだけで満足してしまっていた。

30分ほどで動物園に到着すると、征哉さんが僕をまた抱っこして車から降ろしてくれる。
尚孝さんが車椅子を持ってきてくれて、そこに優しく座らせてくれた。

「ひかる、座り心地は大丈夫か?」

「はい。何時間でも座っていられそうです」

「ふふっ。そうか。なら、入ろうか」

征哉さんが僕の車椅子を押してくれる。
同じ速度でお母さんが隣を歩いてくれて、志摩さんと尚孝さんは動物園に入るためのチケットを取りにいってくれた。

「動物園だなんて征哉が小学生の時以来じゃないかしら。ひかるくんのおかげでまた可愛い動物さんたちに会えるわ、ありがとうね」

「そんな……。僕の方こそみんなで来られて嬉しいです。お母さんはどの動物さんに会いたいですか?」

「ふふっ。そうね、キリンもいいわね。それにカンガルーも。でも一番見たいのはゾウさんかしら?」

「僕もゾウさん見たいです! 本当にあんなに鼻が長いのかな……ドキドキします」

ゾウの鼻が長い。
施設においてあった図鑑に書いてあったからそれは僕も知っている。
でも実物を見たことがない僕にはどんな感じなのか想像がつかないんだ。

ああ、ずっと見てみたいって思ってた夢が叶うんだ。
わー、本当にドキドキする。

志摩さんからチケットを渡されて、それを入り口にいる人に手渡す。

「楽しんできてください!」

そう声をかけられて、思わず

「楽しんできます!」

と返してしまった。

「ふふっ」

と笑われて恥ずかしかったけれど、征哉さんも入り口にいる人に

「楽しんできます」

と僕と同じように返してくれて嬉しかった。


<side征哉>

「こちらから回ると上り坂が少なくて回りやすいので、こちらからのルートで行きましょう。途中でお弁当を食べるための広場がありますから、そこで昼食にします。では、谷垣さん。行きましょうか」

「はい」

「志摩くん、まるで引率の先生のようだな。それになんだか谷垣くんとすっかり意気投合している」

少し前を歩く二人を見ながら、そう呟くと

「ふふっ。いいじゃない。なかなかお似合いよ、あの二人」

と母がそう返してきた。

なるほど。あの時、部屋で感じた違和感はこういうことだったか。
志摩くんの様子を見ると、志摩くんの方が押している感じだ。
トラブルに遭っていたのを手助けしたと話していたが、人は助けてくれた相手より、助けた相手の方により深く好意を持ちやすいというのは本当らしい。
だが、谷垣くんにも嫌がっているそぶりは全くないから、心配することはないのだろう。

それにしてもあの二人か……。
悪くない組み合わせだな。

私とひかるよりよっぽどうまくいく可能性が高い。
ひかるが少しでも私を意識してくれたら……。
もしそうなったら、私は全力でひかるを手に入れるのだけど。


「ほら、ひかるくん。カバがいるわ」

「わぁー! おっきいですね!」

「カバは、地球上にいる陸上動物の中で一番強いと言われているんだよ」

「えっ! そうなんですか? すごいなぁー!」

ひかるは初めてみるカバの姿に目をキラキラと輝かせている。

動物園をこんなに純粋に楽しんでくれる子は幼い子以外ではなかなかいないだろうな。
こんなに喜んでくれると、他にもいろんな場所に連れて行ってやりたくなる。
父も同じような気持ちで私をここに連れてきてくれたんだろうか……。

あの時の嬉しそうな父の表情の意味が今頃わかった気がした。
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