38 / 286
初めての動物園
しおりを挟む
<sideひかる>
あの施設を出て、お店に引き取られたときが僕の人生で初めて車に乗った日だった。
あの時は、それからの先の未来に夢と希望を持っていた。
養父母になる人は口調は荒くて少し怖いと思ったけど、それでも初めての家族と幸せな生活が始まるのを夢見ていたんだ。
でも、あの店で過ごした三年は今では思い出したくないくらいに嫌な出来事になっていた。
そんな場所に僕を連れて行った車が怖かった。
乗ったら最後、今度はあの店以上に恐ろしい場所に連れて行かれるんじゃないかって怖くて仕方がなかった。
動物園に行けることが嬉しくて、その時まで車に乗っていくということをすっかり忘れていた。
征哉さんに抱っこされて玄関に向かっている時に、ああ、今から車に乗るんだって怖くなって、首に回した手が少し震えてしまった。
そうしたら、すぐに
「痛みはないか? もう少しゆっくり歩こう」
と優しい言葉をかけてくれて僕を安心させてくれた。
――ほら! 時間ないんだからさっさと乗れ!
勢いよく車に乗せられたあの日とは全然違った。
そして、目の前に現れた車は僕の知る車とは全く違う、びっくりするほど大きな車。
後の扉を開けると、中には広々とした、まるで部屋のような空間が広がっていた。
「すごいっ!」
驚く僕を征哉さんは優しく椅子に座らせてくれた。
背中にはふわふわのクッション。
ベッドのような座り心地のいい椅子は足を伸ばして座ることができる。
しかもこの背もたれは倒すこともできて、眠くなったらベッドのようにして眠ることもできるらしい。
あまりにも僕の知っている車と違いすぎて、驚きの声しか出ない。
お母さんと征哉さんが僕の両隣に座ってくれて、ゆっくりと車が動き出した。
窓から見える景色はかなり早く流れていくのに、ほとんど振動を感じない。
あの時乗った車は、山道だったのもあったけど激しく揺れて降りた時はかなり気分が悪かった。
こんなにも違う車だと、もう別の乗り物みたいだ。
景色を見ながら、お母さんと征哉さんが説明をしてくれる。
高いタワーや建物の名前。
聞いたことはあっても見たことはなかったから、景色を見ているだけで満足してしまっていた。
30分ほどで動物園に到着すると、征哉さんが僕をまた抱っこして車から降ろしてくれる。
尚孝さんが車椅子を持ってきてくれて、そこに優しく座らせてくれた。
「ひかる、座り心地は大丈夫か?」
「はい。何時間でも座っていられそうです」
「ふふっ。そうか。なら、入ろうか」
征哉さんが僕の車椅子を押してくれる。
同じ速度でお母さんが隣を歩いてくれて、志摩さんと尚孝さんは動物園に入るためのチケットを取りにいってくれた。
「動物園だなんて征哉が小学生の時以来じゃないかしら。ひかるくんのおかげでまた可愛い動物さんたちに会えるわ、ありがとうね」
「そんな……。僕の方こそみんなで来られて嬉しいです。お母さんはどの動物さんに会いたいですか?」
「ふふっ。そうね、キリンもいいわね。それにカンガルーも。でも一番見たいのはゾウさんかしら?」
「僕もゾウさん見たいです! 本当にあんなに鼻が長いのかな……ドキドキします」
ゾウの鼻が長い。
施設においてあった図鑑に書いてあったからそれは僕も知っている。
でも実物を見たことがない僕にはどんな感じなのか想像がつかないんだ。
ああ、ずっと見てみたいって思ってた夢が叶うんだ。
わー、本当にドキドキする。
志摩さんからチケットを渡されて、それを入り口にいる人に手渡す。
「楽しんできてください!」
そう声をかけられて、思わず
「楽しんできます!」
と返してしまった。
「ふふっ」
と笑われて恥ずかしかったけれど、征哉さんも入り口にいる人に
「楽しんできます」
と僕と同じように返してくれて嬉しかった。
<side征哉>
「こちらから回ると上り坂が少なくて回りやすいので、こちらからのルートで行きましょう。途中でお弁当を食べるための広場がありますから、そこで昼食にします。では、谷垣さん。行きましょうか」
「はい」
「志摩くん、まるで引率の先生のようだな。それになんだか谷垣くんとすっかり意気投合している」
少し前を歩く二人を見ながら、そう呟くと
「ふふっ。いいじゃない。なかなかお似合いよ、あの二人」
と母がそう返してきた。
なるほど。あの時、部屋で感じた違和感はこういうことだったか。
志摩くんの様子を見ると、志摩くんの方が押している感じだ。
トラブルに遭っていたのを手助けしたと話していたが、人は助けてくれた相手より、助けた相手の方により深く好意を持ちやすいというのは本当らしい。
だが、谷垣くんにも嫌がっているそぶりは全くないから、心配することはないのだろう。
それにしてもあの二人か……。
悪くない組み合わせだな。
私とひかるよりよっぽどうまくいく可能性が高い。
ひかるが少しでも私を意識してくれたら……。
もしそうなったら、私は全力でひかるを手に入れるのだけど。
「ほら、ひかるくん。カバがいるわ」
「わぁー! おっきいですね!」
「カバは、地球上にいる陸上動物の中で一番強いと言われているんだよ」
「えっ! そうなんですか? すごいなぁー!」
ひかるは初めてみるカバの姿に目をキラキラと輝かせている。
動物園をこんなに純粋に楽しんでくれる子は幼い子以外ではなかなかいないだろうな。
こんなに喜んでくれると、他にもいろんな場所に連れて行ってやりたくなる。
父も同じような気持ちで私をここに連れてきてくれたんだろうか……。
あの時の嬉しそうな父の表情の意味が今頃わかった気がした。
あの施設を出て、お店に引き取られたときが僕の人生で初めて車に乗った日だった。
あの時は、それからの先の未来に夢と希望を持っていた。
養父母になる人は口調は荒くて少し怖いと思ったけど、それでも初めての家族と幸せな生活が始まるのを夢見ていたんだ。
でも、あの店で過ごした三年は今では思い出したくないくらいに嫌な出来事になっていた。
そんな場所に僕を連れて行った車が怖かった。
乗ったら最後、今度はあの店以上に恐ろしい場所に連れて行かれるんじゃないかって怖くて仕方がなかった。
動物園に行けることが嬉しくて、その時まで車に乗っていくということをすっかり忘れていた。
征哉さんに抱っこされて玄関に向かっている時に、ああ、今から車に乗るんだって怖くなって、首に回した手が少し震えてしまった。
そうしたら、すぐに
「痛みはないか? もう少しゆっくり歩こう」
と優しい言葉をかけてくれて僕を安心させてくれた。
――ほら! 時間ないんだからさっさと乗れ!
勢いよく車に乗せられたあの日とは全然違った。
そして、目の前に現れた車は僕の知る車とは全く違う、びっくりするほど大きな車。
後の扉を開けると、中には広々とした、まるで部屋のような空間が広がっていた。
「すごいっ!」
驚く僕を征哉さんは優しく椅子に座らせてくれた。
背中にはふわふわのクッション。
ベッドのような座り心地のいい椅子は足を伸ばして座ることができる。
しかもこの背もたれは倒すこともできて、眠くなったらベッドのようにして眠ることもできるらしい。
あまりにも僕の知っている車と違いすぎて、驚きの声しか出ない。
お母さんと征哉さんが僕の両隣に座ってくれて、ゆっくりと車が動き出した。
窓から見える景色はかなり早く流れていくのに、ほとんど振動を感じない。
あの時乗った車は、山道だったのもあったけど激しく揺れて降りた時はかなり気分が悪かった。
こんなにも違う車だと、もう別の乗り物みたいだ。
景色を見ながら、お母さんと征哉さんが説明をしてくれる。
高いタワーや建物の名前。
聞いたことはあっても見たことはなかったから、景色を見ているだけで満足してしまっていた。
30分ほどで動物園に到着すると、征哉さんが僕をまた抱っこして車から降ろしてくれる。
尚孝さんが車椅子を持ってきてくれて、そこに優しく座らせてくれた。
「ひかる、座り心地は大丈夫か?」
「はい。何時間でも座っていられそうです」
「ふふっ。そうか。なら、入ろうか」
征哉さんが僕の車椅子を押してくれる。
同じ速度でお母さんが隣を歩いてくれて、志摩さんと尚孝さんは動物園に入るためのチケットを取りにいってくれた。
「動物園だなんて征哉が小学生の時以来じゃないかしら。ひかるくんのおかげでまた可愛い動物さんたちに会えるわ、ありがとうね」
「そんな……。僕の方こそみんなで来られて嬉しいです。お母さんはどの動物さんに会いたいですか?」
「ふふっ。そうね、キリンもいいわね。それにカンガルーも。でも一番見たいのはゾウさんかしら?」
「僕もゾウさん見たいです! 本当にあんなに鼻が長いのかな……ドキドキします」
ゾウの鼻が長い。
施設においてあった図鑑に書いてあったからそれは僕も知っている。
でも実物を見たことがない僕にはどんな感じなのか想像がつかないんだ。
ああ、ずっと見てみたいって思ってた夢が叶うんだ。
わー、本当にドキドキする。
志摩さんからチケットを渡されて、それを入り口にいる人に手渡す。
「楽しんできてください!」
そう声をかけられて、思わず
「楽しんできます!」
と返してしまった。
「ふふっ」
と笑われて恥ずかしかったけれど、征哉さんも入り口にいる人に
「楽しんできます」
と僕と同じように返してくれて嬉しかった。
<side征哉>
「こちらから回ると上り坂が少なくて回りやすいので、こちらからのルートで行きましょう。途中でお弁当を食べるための広場がありますから、そこで昼食にします。では、谷垣さん。行きましょうか」
「はい」
「志摩くん、まるで引率の先生のようだな。それになんだか谷垣くんとすっかり意気投合している」
少し前を歩く二人を見ながら、そう呟くと
「ふふっ。いいじゃない。なかなかお似合いよ、あの二人」
と母がそう返してきた。
なるほど。あの時、部屋で感じた違和感はこういうことだったか。
志摩くんの様子を見ると、志摩くんの方が押している感じだ。
トラブルに遭っていたのを手助けしたと話していたが、人は助けてくれた相手より、助けた相手の方により深く好意を持ちやすいというのは本当らしい。
だが、谷垣くんにも嫌がっているそぶりは全くないから、心配することはないのだろう。
それにしてもあの二人か……。
悪くない組み合わせだな。
私とひかるよりよっぽどうまくいく可能性が高い。
ひかるが少しでも私を意識してくれたら……。
もしそうなったら、私は全力でひかるを手に入れるのだけど。
「ほら、ひかるくん。カバがいるわ」
「わぁー! おっきいですね!」
「カバは、地球上にいる陸上動物の中で一番強いと言われているんだよ」
「えっ! そうなんですか? すごいなぁー!」
ひかるは初めてみるカバの姿に目をキラキラと輝かせている。
動物園をこんなに純粋に楽しんでくれる子は幼い子以外ではなかなかいないだろうな。
こんなに喜んでくれると、他にもいろんな場所に連れて行ってやりたくなる。
父も同じような気持ちで私をここに連れてきてくれたんだろうか……。
あの時の嬉しそうな父の表情の意味が今頃わかった気がした。
671
お気に入りに追加
4,733
あなたにおすすめの小説
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
運命を変えるために良い子を目指したら、ハイスペ従者に溺愛されました
十夜 篁
BL
初めて会った家族や使用人に『バケモノ』として扱われ、傷ついたユーリ(5歳)は、階段から落ちたことがきっかけで神様に出会った。
そして、神様から教えてもらった未来はとんでもないものだった…。
「えぇ!僕、16歳で死んじゃうの!?
しかも、死ぬまでずっと1人ぼっちだなんて…」
ユーリは神様からもらったチートスキルを活かして未来を変えることを決意!
「いい子になってみんなに愛してもらえるように頑張ります!」
まずユーリは、1番近くにいてくれる従者のアルバートと仲良くなろうとするが…?
「ユーリ様を害する者は、すべて私が排除しましょう」
「うぇ!?は、排除はしなくていいよ!!」
健気に頑張るご主人様に、ハイスペ従者の溺愛が急成長中!?
そんなユーリの周りにはいつの間にか人が集まり…。
《これは、1人ぼっちになった少年が、温かい居場所を見つけ、運命を変えるまでの物語》
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~
楠ノ木雫
BL
俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。
これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。
計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……
※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。
※他のサイトにも投稿しています。
嫌われ者の僕が学園を去る話
おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。
一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。
最終的にはハピエンの予定です。
Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。
↓↓↓
微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。
設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。
不定期更新です。(目標週1)
勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる