金槐の君へ《外伝》～恋（こひ）はむつかし～

17 春ふかみ ※

「あ、んっ……はあ、あっ、あ……っ」

　海斗の指が挿入された下腹部から聞こえてくる、ぐちゅぐちゅいう淫らな水音。それが波のように押し寄せて、律の耳と脳が侵される。
　海斗は次第に物慣れてきたらしく、ほんの時おり律のその場所を刺激しつつ、巧みにゆっくりと入口を広げる仕事に専念しているようだった。

　律のほうはもう、紙一枚ほどの余裕もなくなっている。
　最初のうち感じていた羞恥も、必死で握りしめていなければ消し飛んでしまいそうだ。彼の目の前に足を開き、何もかも見られた状態で、だらしない嬌声をあげることしかできない。

「はっ……や、あんっ……うっ、そ、そこ……っ」
「こちら、あまり触れぬ方がよろしいですか？」
「あんっ！」

　言葉と同時につん、とそこを突かれて跳ね上がる。だが訊ねてくる海斗自身の声も、明らかに欲望を抑えるために掠・れていた。

「んっ、いや、ち、ちがう……けどっ」

　このままではまた早々に達してしまいそうだ。打ち寄せながら、次第に強さを増して湧きあがってくる快楽の波を抑え込むだけでもう必死だった。

「気をお遣やりになりたければ、遠慮なくどうぞ」
「そ、そんなっ……！」

　自分ばかり、彼の目の前で達するのは気が向かなかった。そうでなくても今回、というかいつでも、彼はこちらの体や気持ちを最優先に考えて、自分の欲望は二の次にしてしまっている。そんなのは「対等な恋人」としては良くないことだろう。と、そんなことぐらいは童貞の律にだってわかっていた。

「そ、そなたとっ……ともに、い、イきたい、からあっ……！」　

　喘ぎ声の合い間でどうにかこうにかそう言ったら、ふと海斗が動かしていた手を止めた。

「……ともに？　そうおっしゃいましたか」
「あ、あたりまえ、だろっ……！」

　ふうふう言いながら、目じりから流れる雫にも構わず目の前の男を睨みあげる。

「わ、わたしたちは……っ、こいびと、なのだから──」
「との……」
「そなたがっ、わたしに、つ、仕えてばかりなんて、イヤだっ。こい、びとは──そ、そんなもんじゃ、ないはず、だろうっ」
「との──」
「んうっ」

　あっという間に、また深い口づけによって翻弄された。口腔のあらゆる場所、舌はもちろん歯列の裏も表も顎裏も、くまなく激しく愛撫されて昇天しそうになる。
　なんという温かさなのだろう。こうして胸に充ち溢れるこの感覚は、いったいなんなのだろう。

「ん、んんっ……」

　海斗の股間にあるものが、自分のそれに擦りつけられてくるのを感じて、律はその動きに合わせて腰を揺らした。妖しくくねらせ、彼を煽るために。

「おね、がい……やすとき」
「は」

　苦しげに眉根を寄せ、目を閉じた彼の睫毛まつげの長さにちょっと見とれる。

「すこ、しだけ……ためして、みない？」
「は……」
「……挿れて、みないか」

　言って律は、ぐいと自分のその場所を彼のそこに押し付けた。



　春ふかみ　嵐あらしもいたく　吹く宿は　散り残るべき　花もなきかな
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　『金槐和歌集』112