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第六章 迫りくるもの
12 変貌 ※※
しおりを挟む《だれが許した? 魔王の持ち物、至宝の存在に、貴様らの汚い手で触れてよいなどと……?》
「雷鳴がとどろくような」と言うが、まさにそんな感じだった。
普通の人間が発する声とはまったく違う。耳に届くのと同時に、心そのものも激しく揺り動かされるような、そんな圧倒的な圧力のある声だった。
「ひ、ひいいいっ」
「ま、魔王さまっ……」
「お、お許しを、どうか、お許し──」
「ぐひゃっ」
リョウマの腕や足を押さえつけていた男らは、恐るべき存在のもう片方の腕がぶん、とひと振りされただけで赤い肉塊に変わってしまった。全身が爆発したようになって四散し、脳漿や眼球を飛び散らかせる。しまいにはまな板の上で散々に包丁でたたかれたあとの無残なクズ肉のようなものになって、小屋の壁という壁にべちゃりと付着し、だらりと垂れ下がっていった。小屋じゅうに、吐き気をもよおすような臓物の臭いが充満する。
驚いたことに、それでもリョウマには血の一滴すら飛んではこなかった。腕一本が生み出した風圧が、すべてを外側へ吹き飛ばしたのだ。
プローフォルの体はまだ宙をぶらぶらと揺れていたが、見たところ気を失っただけで、まだ生きているようだった。だがその命はもはや風前の灯火だった。
恐るべき存在は、金と赤に目まぐるしく入れ替わりながら燃え上がる目でじいっと獲物の状態を観察した。細い虹彩がさらにきゅっと細くなって針のようになる。と思った次の瞬間には、ゴミを放り投げるようにしてそいつを背後に放り投げた。プローフォルはぼろきれのように小屋の外へ飛んで行った。
《厳重に監禁しておけ。最下層の地下牢にな。処罰は追って沙汰する》
「は、ははっ」
扉の外から、ついてきた兵士たちのものらしい声がした。
恐るべき存在は、そこでようやくリョウマを見下ろした。
(こいつは……なんだ?)
最初はリョウマ自身、そこにいるのが何なのかがよくわからなかった。
銀色の長い髪と、赤い目には見覚えがある。だがそれ以外がまるで、知っているはずのその男とは違っていた。
顔といい体といい、すべてが鱗状にひび割れた皮膚に変わり、色も薄い青ではなくどす黒い濃紺になっている。体のサイズそのものも、普段より二回りは大きくなっており、頭が小屋の天井を突き破りそうなほどだ。いや実際すでに、ねじくれて大きく育った角の先であちこちを壊している。
腕も足も異様に太い。それまで着ていたらしい衣服がびりびりに裂けて、ほとんど半裸の状態である。手にも足にも太くて長く黒い爪が生えており、肌はところどころ、鱗が立ちあがって鋭い刃物のようになっている。ちょっと触れるだけでもケガをしてしまいそうに見えた。
《リョウマ……》
長い牙をのぞかせた唇がそっと動き、その巨体には似合わぬほどの繊細な動きで、なめらかにこちらに近づいてくる。
リョウマはようやくのことで上体を起こそうとしたが、殴られたところが痛んでうまくいかなかった。と、その背をそっと巨大な手が支えてくれた。長くて鋭い爪が、あっけないほど簡単にリョウマの腕を戒めていた縄を切ってくれる。それから、背後から差し出されてきた魔王のマントで、リョウマの全身をふわりと包んでくれた。
《リョウマ。間に合ったか……? 私は間に合っただろうか》
「……うん。まあスレスレ、ギリギリセーフってとこかな」
リョウマはにやりと笑って見せた。笑うと、散々殴られた頬とその裏がビリビリと痛んだ。思わず歯の間からしゅっと息を吸い「おお痛て」と頬に手をやってしまう。
「遅っせーんだよ、バカエル。エロ大魔王っ」
いつもの悪態をついて見せたら、男の目が丸く見開かれた。
《リョウマ》
「ん? なに驚いてんだよ」
《いや。わかるのか……? 私だということが》
「たりめーだっつの。むしろ、なんでわかんねーと思った?」
《…………》
そうなのだ。これは魔王。エルケニヒなのだった。
驚きは隠せないが、それでもこれが自分の知っている魔王であることに疑いはなかった。この心配そうな瞳と声。まちがいなく、これは魔王、エルケニヒだと感じたのだ。
「来るならもーちょい早く来いや。危うく恐竜エロ将軍の餌食になるとこだったじゃんかよー」
わざと軽い調子で言い、ぺろっと舌を出す。
魔王はしばらく沈黙したままリョウマの顔をじっと凝視していたが、やがてふうう、と大きく息をついた。と思ったら、突然するするとその姿が変わり始めた。長く伸びてねじくれていた角がいつもの少し丸みを帯びた小ぶりなものに。体の大きさも元に戻り、爪も黒いままながら普通の丸いものに。口からのぞいていた長い牙が短くなっていき、鱗状だった肌がすべすべしたいつものものに。
……つまり、いつもの「イケメン魔王」が復活してきた。
気が付けば、リョウマはその頬に手で触れていた。完全に無意識だった。薄青くてつるつるした、いつものきれいなイケメンの肌。瞳もさっきの恐ろしいものから、いつもの穏やかな光を宿したものに戻っている。
「なぜ驚かぬのだ? そなたは」
「ん? なんか驚くことがあったか」
「…………」
「いいからもう、連れて帰ってくれよー。体、どこもかしこも痛くて動けねー。つうか、ダンパさん無事か? 無事だよな?」
「ああ。心配はいらぬ。多少、負傷はしているが」
「うあ~、よかったぁ。もうそれだけが心配でよー。ふう……おっと」
途端、腹の虫が盛大にわめきたて、リョウマは思わず赤面してしまった。この腹の虫の辞書にだけは、「忍耐」の二文字はない。
「つーか、腹へった。とりあえず、なんでもいいからなんか食わして。腹ペコで死んじまうよぉ、お願い!」
「……ふっ。ははは」
魔王の戸惑ったような表情が、次第に楽しそうな苦笑に変わっていく。今日ここまでで一番やわらかい表情だ。それを見てリョウマもまた、不思議にほっとしている自分に気づいてしまう。
(こりゃあ……もうダメっぽいな)
そんな気がする。
自分がこれから、こいつを本気で憎く思うことはもう不可能だろう。今後どんな事態がきても、きっと無理だろうと。そう思った。
「なあ。エル」
「……うん?」
彼の目がこちらに向くのとほぼ同時に、その首に両腕を回す。そのまま、その唇に自分からちゅっと吸い付いた。それから耳に口を寄せて囁く。「助けにきてくれて、ありがとな」と。
「リョ──」
「さっ、早く早く! もう一秒だって待てねえよっ。『おなかと背中がくっつい』ちまうぜ~。マジで死んじまうよ超ヤベェよおおお!」
「わかったわかった」
一瞬驚いた目になった魔王は再びくすっと笑うと、そのままリョウマを横抱きに、軽々と抱き上げた。
「だがまずは、侍医シュルレの診察と治療が先だぞ」
「ええええ~~~っっっ! マジかよぉ。勘弁しろって~。なんかちょびっと、つまむもんぐらいは持ってきてくれんだろお? なあ、頼むわあっ」
「ふはははっ」
今度は本気で涙目になったリョウマに、魔王が一気に破顔する。そのまま血肉と汚臭に彩られた禍々しい芸術作品のようになった小屋から、後も見ずに外へと踏み出した。外には半裸状態の魔王を目にする無礼を恐れてか、兵や侍従たちがほとんど平伏に近い状態で頭をさげ、鈴なりに列を作っていた。
ただ一人、獅子の顔をもつ将軍ダイダロスだけが、もう一枚用意していたらしい魔王のマントを手に近づいてきて、魔王の肩にそれをそっと掛け、無言のままに引き下がった。魔王はダイダロスに軽くうなずき返し、あらためてリョウマに微笑みかけた。
「さあ、参ろう」
そうして並み居る臣下どもの群れをきれいに無視し、悠々と後宮へと戻っていった。
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