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親と子
しおりを挟む「あー! あっつぅい! 」
梅雨が過ぎ、季節はあっという間に夏になった。
部屋から出て直ぐに、考紀が持っていた水筒の中身を飲もうとしたのを星來が止める。
「ここで飲まないで。学校で足りなくなっちゃう。そんなに飲みたいなら麦茶持ってくるよ」
「えっ、いらないし」
「えー? 」
そんなやり取りをしていたら、楓が考紀を迎えに階段を上がって来た。
「おはようございます」
相変わらず楓はきちんとしていて、しっかり挨拶をしてくれる。
「おはよ、楓」
「おはよう、楓くん。二人共気を付けていってらっしっゃい」
「はーい! 」
考紀は元気に返事を、楓は会釈をすると学校へ出掛けて行った。
姿が見えなくなるまで二人を二階の通路から見守っていると、部屋から出て来たリヒトが星來に気付いて手を振った。
彼も仕事の為に、週に何日かこうやって出掛けて行くのだ。
「いってらっしゃい」
この距離で聞こえるか分からないが、そう言って手を振り返すと、頭の中に直接「いってきます」と響いてきて嬉しくなる。
テレパシーと言うのはどのくらい離れていたら聞こえなくなるのだろうか。
通りに来たバスへ乗り込むリヒトを見ながら、星來はそんな事を考えた。
あの、リヒトの正体が判った一件から、彼と星來の関係は少し変わった。
リヒトは星來に対する気持ちを隠す事もなく接してくるようになったし、星來もまんざらではない。
キラキラの美形の中身がスライムみたいな謎生物と分かっても、少しも嫌ではなかった事が自分の事ながら不思議だった。
可愛いとさえ思ってしまうのは彼だからなのだろうか?
ただ、考紀がリヒトを警戒するようになってしまった。
前は「星來も誰かと付き合ったら~? 」なんて言っていたのに、気が変わったらしい。
微妙な年頃だし、接し方に気を付けなけらばと思う。
(それにしてもいい天気だな。布団干すか)
星來はしばらくバスの行ってしまった方角を眺めていたが、気持ちを切り替えて家事をする事にした。
その連絡が来たのは、その日の夕方だった。
昔の知り合いには殆ど教えていない星來のスマホに、今も唯一連絡を取り合っている考紀の母親――澪から着信があったのだ。
「はい、もしもし久しぶりだね。元気にしてるよ。ん、分かった、聞いておく……そうなんだ。後で俺にも教えて。じゃあ、またね」
考紀の近況を知らせたかったのだが、澪は忙しいらしく、直ぐに通話を切られてしまった。
「誰? もしかして、澪? 」
「うん、今度の日曜日に会いたいって」
「何で? あぁ、夏休み前か……」
最近の孝紀は母親の事を名前で呼ぶようになっていた。
仕事場では客に姉弟と偽っていたので、名前で呼ぶように言われていたせいもあるのだろうか。
「澪」と言う名前だって源氏名なのに……彼女は色々な名前を使い分けていたから、孝紀はどれが母親の本名かよく分かっていないのかもしれない。
今まで明るく話していた孝紀が、話を聞いたとたんに様子が変わったので、遊びに来ていた楓が心配そうに声を掛けた。
「考紀、澪って誰? 」
「……オレの、母さん……。ごめん。オレ、本当は母さんがいるんだ」
それを聞いた楓は、一瞬、驚いた顔をしたが、直ぐに孝紀へ向き直った。
「何言ってるの? 僕がそんなの気にすると思ってるの? 考紀にお母さんがいたから何、それを僕に知られたくなかったの?」
「ううん、そうじゃなくて……母さん再婚していてさ。一人で会うの嫌だなって……」
考紀があからさまに視線を彷徨わせたのを見て、楓は何か察したのだろう。
心配そうに、縋るように星來を見上げた。
「星來さんも行くんでしょう? 」
「いや、俺は関係ないから来ないで欲しいって」
「そんな。関係なくないでしょう? だって考紀のお父さんなんでしょう? 」
星來も、楓の考えは最もだと思う。
まさか小学生の考紀が、親子でも、親戚でもない男と暮らしているなんて、誰も考えないだろう。
けれど……。
「違うんだ。俺と考紀は親子じゃない。そうだよね、親子じゃないのに一緒に住んでるなんて考えられないよね。でも、俺たちは全くの他人で、俺は考紀の親から孝紀を預かっているんだよ」
そう言うと、楓は目を見開いて、明らかに動揺した。
「そ、そうなんですか……でも、とても仲が良いのに……」
楓が星來と考紀が本当の親子だと思っていたのだったら、この反応は当然だろうな、と星來は思う。
逆に、あまり似ていない自分たちが親子に見えたのなら嬉しいとも思ってしまった。
「とにかく、当日は外で待ってるから。話を聞いて、さっさと切り上げておいで」
「うん……」
「それに、今回は良い知らせがあるみたいだよ」
「良い知らせ? 」
「行ってからのお楽しみだってさ」
「ふーん」
星來は気分を上げようと思って、澪から言われたままに伝えてみたのだが、考紀の反応は薄かった。
その後も考紀のテンションは下がったままで、遊ぶどころではなくなってしまい、それを見ていた楓もソワソワして落ち着かない。
そこで、少し時間は早いが、場の空気を変える為に星來は楓に声を掛けた。
「ところで楓くん、今日は夕飯食べていく? 」
「あ、今日は父が帰って来るので帰ります」
「じゃあ、おかず作ったから持って行ってね」
最近はこんな感じで食事のやり取りをしている。
星來としても、畑の野菜を無駄にせずに済んで助かるので、このやりとりはできるだけ続けたいと思っていた。
それに、リヒトがちゃんと約束を守って、タッパーを返してくれる度に何かしらデザートをくれるのも嬉しい。
「いつもありがとうございます」
「こちらこそ、いつも美味しいデザートありがとう」
帰る時間になり、おかずの入ったタッパーを手提げ袋に入れて渡すと、楓はそう言って部屋を後にした。
考紀の方は、それをぼんやりと見送っている。
ドアが閉まると、星來の方へ向いた。
「……星來、オレはここにいてもいいの?」
「え?」
考紀らしからぬ事を口にしたので、星來はびっくりした。
子供らしく、空気を読まない図々しいところが考紀らしいと思っていたのに、こんな風に暗い顔をされると、考紀が一人で星來の方所へ来た時を思い出してしまう。
無気力で、無表情なあの頃の考紀に戻ってしまいそうな様子の考紀を、星來はぎゅっと抱きしめた。
「良いに決まってるでしょ。今、いなくなったら寂しくて困っちゃうよ」
「そうか、そうだよね……ここにはオレの部屋もあるしね。星來も一人だと寂しくて泣いちゃうしね」
「そんな事ないけど」
「あるよ、オレ、何度か泣いてるところ見たもん」
「えー? いつ?」
「ははっ、秘密」
少し話すと吹っ切れたらしく、考紀は笑顔に戻っていた。
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