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スライムの事情

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「ボクの本当の姿、びっくりしたでしょう」
「そりゃあ、少しは」
「能力も。ついでにもうひとつびっくりして下さい」
 そう言うと、リヒトは口を噤んだまま話し出した。
 星來と考紀には、まるで腹話術のように見えるが、声の感じが全く変わらないので違うと分かる。

「実は、話すのもテレパシーを使っています。でも、頑張って唇の動きを合わせても上手くいかないし、気を抜くと口を動かすのも忘れてしまうんですよ。こう言うのって、気持ち悪くないですか?」
「全然」
「そんな事思いません」
 そう言うと、リヒトは明らかに安心した顔をした。
 そして、リヒトがいつもマスクをしていた理由が分かった星來は、大変だったなら早く言ってくれればいいのに……と、思う。
 
「ボクは、どこかの星に住んでいたとかじゃなくて、宇宙を漂う生命体なんです。宇宙空間で産まれて、宇宙空間でも生身で生きられます。いつ、どこで産まれたのか自分でも分からないし、仲間に一度も会った事がないので自分の生態もよくわかりません」
 そんな出自の彼であるが、仲間を欲すると言う欲求はあって、何度も生命が感じられる星に下りた。
 しかし運よく知的生命体と出会えても、まだ初期の文明しか持っていない者ばかりで、姿を見れば畏れられて神と崇められたり、時には彼らの崇める神への生贄とされそうになったと言う。
 それからは、先ず最初に知的生命体を観察してから、擬態して紛れ込んだ。
 
 それを聞いて、星來はハッと息を飲んだ。
 だからリヒトは自分が人間に見える事に拘っていのだ。
 人間は外見的特徴に左右されるものだ。
 人間と仲良くなりたいからこそ、大変でも努力していたのだと気付いた。
 
(大変だったら言ってとか、もしそれで俺や考紀が拒否反応を起こしたらショックだろうな)
 星來は軽く考えていた事を反省した。

 今までリヒトは色々な目に合ってきたのだろう。
 慎重なところから推測するに、それは余り良い思い出ではない違いない。
 それでも誰かと仲良くしたいなんて思えるのは、きっとリヒトが純真だからだ。
 そこでこの間、金田が言っていた「味方になってやってください」と、言う言葉を思い出した。
 
 
 リヒトは、今思えば偶々そう言う場所にばかり降りてしまったようだと言っていたが、上手くいかなかった後は、暫くの間知的生命体との接触を避けたりもしたそう。
 そうやって、かなり長い時間宇宙を彷徨っていたリヒトだが、ある日転機が訪れたと言う。
 
「金色の円盤を拾ったんだ」

 それは、かつて人類が、いるかも分からない地球外生命体へ向けて探査機に乗せて打ち上げたレコードの事のようだ。
 その金色のレコードの表面には不思議な絵が描かれており、部品があれば再生機が作れそうだったが、生憎リヒトには作れなかった。
 しかし、今まで出会ったどの知的生命体より進んだ技術を持つ地球人に興味を持ち、こんな物を作るような人たちなら自分を受け入れてくれそうだと思い、会いに来たのだ。
 
 それから色々調べて、探査船の航路にあたりを付けたリヒトは地球を目指した。
 その道のりもかなり遠く、長い間独りで寂しかったけれど、来て良かったと言った。
 

 宇宙から見た地球は、どの惑星よりも美しかったと、リヒトは感想を述べる。
 その姿を目に焼き付けたくて、夢中になって、何度も地球の周りをグルグル回っている様子は各国の衛星に捉えられていた。
 地球の最も青い場所、海を目指して地球へダイブした姿も捉えられていて、後に映像で見たそうだ。

「でもね、実際に降り立った所は砂漠の真ん中だったんです。あれにはびっくりしたなぁ。到着が遅くて文明が滅びちゃったのかと思いました」
 リヒトはその時の事を思い出したのか、クスクスと笑った。

「でもね、一晩経ったら迎えが来たんです。ボクの事を衛星で見ていて、いきなりダイブしたから慌てて来たって……それがU&Eの人達でした。砂漠には大したものが無くて、他の生物に擬態できなかったから本当の姿で会ったのに、彼らは普通に接してくれて嬉しかったな。その時、暫く地球に滞在したいってお願いしたら、博士が僕を保護してくれました」
 
 その人こそがエイベル・シアーズ。
 有名な宇宙生物学の権威であり、U&Eの創設者の一人であり、リヒト……リヒト・シアーズの保護者で、名付け親でもある。

「こうやって上手に変化できるのも、言語を理解できるようになったのも博士のおかげです。地球で自由な行動ができるように、一緒に考えてくれました。一緒に好きな場所へ行こうって言ってくれて、博士と一緒に旅をしました。日本が気に入ったと言ったら、彬と楓に協力を頼んでくれて……そして貴方に会えました。星來さん……」
 
 リヒトは星來の両手を合わせて、自分の両手で包み込んだ。
 ピンク色の目がキラキラを増して星來の瞳を覗き込む。
「ええと、そんな大事そうな事、気軽に話ちゃって大丈夫なんですか?」
「ええ、彬や楓は知っていますし……貴方や考紀くんにも知っていて欲しいんです。特に貴方の事は他の人と違って見えます。特別なんです」

 リヒトの綺麗な顔が目前に迫って来て、星來は酷く動揺する。
「あ、え? えぇ……」

(それって、俺が好きとかそう言う? でもリヒトさんは地球人じゃないし、もしかしたら勘違いかもしれないし……それに俺、もう恋愛しないって決めたんだし。あれ? 俺ってリヒトさんが好きなの? いやいや、ちょっと側にいるのが当たり前みたいになってたけど、恋愛感情じゃないし。でもリヒトさんのスライム姿も可愛かった……って、あれ? )

「はい! 離れて~。俺も話聞いてるんだけど、忘れないでくれる?」
「考紀」

 リヒトを凝視したまま、グルグルと思考が纏まらなくなっていた星來の視線を、考紀が手で遮った事で我に返った。

 しかも考紀だけでなく、彬と楓も興味深そうに二人を見ている。
 それに気付いた星來は、あからさまに動揺した。
 
「お、俺は何を……あ、リヒトさん。大切なお話を教えて下さってありがとうございます。スライムの姿も可愛いと思いました」
「本当ですか」
 そう言うと、リヒトはふわっと笑う。
 その瞬間、彼のキラキラが溢れ出して、それが自分へ向けてくれた好意のように思えて、星來は真っ赤になってしまった。

「ず、ずっと気になっていたんですけど、このキラキラ何なんですか? 」
「キラキラ? 」
「リヒトはキラキラなんてしてないと思う」
「オレにも只のお兄さんにしか見えない」
 皆の返答に、星來は自分の目がおかしいのかと思う。
 それにしても、子供たちのリヒトへの対応が塩すぎる。

「見えないなら仕方がないけど、二人共リヒトさんにもっと優しくして」
「良いんですよ。ボクは考紀くんや彬や楓の事も大好きですから、思った事を素直に言って欲しい。それより、星來さんも、ボクにはもっと気楽に話して下さい」
「でも……」
「ボクもそうするから」
「……はい」

 近くで目を合わせると、再びリヒトのキラキラに魅入られそうになる。
 それに気付いた考紀が星來の肩を持って揺さぶった。

「あー! もう、星來しっかりして! 」
「はっ、はい! じゃなくて、分かった! 」

 
 
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