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カレーはチキン派

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 数日後、考紀の提案で、夕食に楓とリヒトを招いて話を聞く事にした。
 給食カレンダーとにらめっこして、給食と被らない夕食……今回はカレーにする。
 
 とにかく最近の考紀をは良く食べるのだ。
 小学6年は育ちざかりだから仕方ないか、と星來は思った。
 楓だって細いけれど、同じ年なんだからそれなりに食べるだろうし、リヒトだって星來より頭ひとつ分大きくて体格だって良いのだから食べるに違いない。と勝手に判断して、実家の炊飯器も持ってきてたくさんご飯を炊く。

 空いた時間に、サラダに使う野菜を収穫しにアパートと実家の間にある畑へ行った。
 ここは元々母がやっていた畑だが、あまりにも育てるのが下手で放置されていたので、星來が引き継いだ。
 野菜の種類は少ないが、順調に育つ姿を見るのが星來の最近の楽しみだったりする。
 星來は、ぬかるんだ土で滑らないよう気を付けて畑へ入ると、食べ頃の野菜を選んで籠に入れた。
 

 
 
 夕食の時間になり、カレーの様子を見ながら大量に作った肉野菜炒めを器に盛り、きゅうりとトマトを切って器に並べていると、考紀がタイミング良く楓とリヒトを連れて来た。

「いらっしゃい」
「こんばんは、お招きに預かってありがとうございます……」
「おじゃまします」
 
 玄関へ出迎えに行くと、バタバタと部屋へ上がって来る考紀に続いて、リヒトと楓が行儀よく靴を揃えて上がって来た。
 それを見て考紀にも少し見習って欲しいと星來は思う。
 
 
 カレーも良い感じになり、時間も丁度良いので、先ずは夕食にする。
 4人で手分けして準備をして、テーブルへ座ると、揃って「いただきます」を言った。
 
 男ばかり4人も集まると、それはそれは良く食べた。
 カレーも、ご飯もいつもの倍も炊いたのにすっかり完食して、サラダと野菜炒めも殆ど食べてしまったのを見て、星來が「たくさん作って良かった」と小さく呟いた程だ。

「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。楓、今日はたくさん食べたね」
「リヒトだって……いつもは父が買ってきたものばかりだから手料理は久しぶりで、美味しくてたくさん食べちゃいました。ごちそうさまでした」
 感慨深そうにそう言う楓を見て、星來はちょっと嬉しくて泣きそうになってしまい、誤魔化すようにリヒトと楓がお土産に持って来たプリンを、食後のデザートへ出した。

 
「ところで、もう直ぐプールの授業があるでしょ。楓くん、水泳の用意ある? 」
「水着は、学校の販売で買うようにって、お金もらってあります。タオルとかは、前の学校で使っていたものを使うので大丈夫です」
「それじゃ大丈夫だね。あと保護者会なんだけれど、資料もらって来るね」
 そう言うと、リヒトが小さく手を挙げた。
 
「保護者会はボクが行きます。地球の、学校と言う所に興味があります」
「そうなんですね。あ、じゃあ、その日は一緒に行きましょうか」
「是非! 」
 その一瞬、リヒトの輝きが増した。
 子供二人は平気みたいだが、星來は眩しくて目を反らしてしまう。

 それにしても楓はしっかりしているなぁ、と星來は思った。
 考紀だったら「自分で買っておきなさい」と、お金を渡しただけじゃ忘れてそのまま当日が来そうである。
 (それにしても、リヒトさんが保護者会へ来たら騒ぎになりそうだな)
 
「……あの、星來さん」
 考え事をしながらプリンを食べていると、リヒトが空いていた左手をそっと両手で包んできた。
 突然触れられてびっくりしたが、掌がしっとり冷たくて気持が良くて、振り払ったりもできない。

「夕食、とても美味しかったです。今までで一番です。貴方のものは相手の事を思う言持ちが籠っていて、食べると幸せな気持ちになれます。こんなに素晴らしいものがあるなんて、ボクは知りませんでした」
「えぇ、そんなに? カレーだって市販のルーを使っているのに?」
 褒められて悪い気はしないのだが、リヒトがあまりにも熱烈過ぎて、星來はちょっと引き気味になる。
 ふと顔を上げると、ピンク色の瞳の中のラメみたいなものが、いつもよりキラキラとしていた。
 
(うわぁ、綺麗……)
 髪も、肌も、目元に影を落としている長い睫毛さえも内側から輝くようだ。
 じっと見つめていると、引き込まれてしまいそうな感じがする。
 視線を外せず、瞬きもしないでに彼を見ていると、次第に頭の中がふわふわしてきた。
 
「星來さん、また作って下さい。もちろん、材料費はこちらで出しますから」
「いいえ、そんなのいらないですから……楓くんがきてくれたら考紀もよろこびますし」
 当の本人たちは既にダイニングにおらず、考紀の部屋からゲームしているらしい音が聞こえる。
 
「そんな、それじゃ悪いです。彬にも叱られてしまう」
「いや……その、野菜、なんかはじぶんでつくったものですから材料費とか、ないし……」
「それでもです。それを口実にしたいんです。どうか、また呼んで下さい」
 リヒトが苦しそうな顔で、何かを懇願している。
 しかし、身体中がふわふわしてきて、理解できない。
 それに、今度は触れられた場所と、何故かお腹の奥がぽうっと暖かくなってきた。
 
「彬が帰ってくるまででいいですから、だから……」
「ん? 」

 ふと、星來はリヒトの声と口の動きがほんの少しずれている気がして、口元を凝視してしまった。
 そう言えば、今まで彼がマスクを取っているところはあまり見た事がなかったと思う。
 もしかしたら今日が初めてかもしれないのに、違和感を感じずに受け入れていたのを不思議に思った。
 
「……っ」
 星來の視線が自分の口元を見ている事に気付いたリヒトは手をパッと離して、片手で自分の口を隠すように覆う。
 視線が外れるのと同時に、星來は夢見心地から解放された。
 
「あ、あれ? 」
 急に意識がはっきりしたが、今まで何を話していたかうろ覚えだった。
 必死に思い出して、星來は何とか材料費を提案されたところを思い出す事ができた。
 
「えっと……、そうだ材料費ですね。じゃあ、こうしましょう」
「はい? 」
「たまに、みんなで食べるデザートを持って来て下さい。それが材料費です。そうだ、次はおもちみたいなアイスクリームが良いです。お願いしますね」
「は、はい! 」
 星來がそう提案すると、リヒトがとても嬉しそうに微笑む。
 それから皆で一緒に後片付けをしたり、ゲームをしたりして、気付くと子供が寝る時間となっていたので、食事会はそこでお開きとなった。


「またね」
「ありがとうございました」
「お邪魔しました」
「また明日なぁ」

 嬉しそうに帰って行く二人を見送って、ダイニングへ戻ると、考紀がニヤニヤしながら近寄って来た。
「ねぇ、リヒトさんと良い雰囲気だったね」
 彼は楓と自分の部屋へ行っていた筈なのに、リヒトと星來の様子をしっかり見ていたらしい。
 好奇心たっぷりに自分を見る考紀に、星來は思わずジト目になってしまった。
「もう、そういうのじゃないし! 人の事はいいから早くお風呂に入って」
「へへへ、はぁい」
 
 風呂場へ消える背中を見送って、星來は「全く調子が良いんだから」と独り言ちた。

 
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