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遊ばれたっていいじゃない

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「知ってたの?」

「うん、都合のいいような時刻ばかり知らせてくれる魔法の時計なんだなぁって思っていたよ!」

 詩織は笑い出すのを我慢しながら、ばればれだった僕のことを毒気たっぷりで言ってくれた。

 
 まさに、詩織恐るべしである。女の子っていうか女性は怖いと思ってしまうのだ。


「今のは冗談だけど、祐一君だったら大丈夫だよ、言い訳考えてなくても、いざとなったら得意のアドリブで切り抜けられるよ、きっと……」

 得意のアドリブって、詩織は勝ち誇ったような顔をして僕を励ましてくれた。


「さぁ、パパが手ぐすね引いて待ってる家に行きましょう」

 
 そう言うと、詩織は四つ角に向かって歩きだした。

 僕は、雪が舞い散って寒いはずなのに、おでこからは汗がにじみ出してきていた。

「アドリブなんてきかないよ! 詩織ちょっと待ってよ」

 僕は、詩織にお願いしながら、あとを追った。

 詩織は僕の言ったことに対して立ち止まるどころか、スキップまでして「フフフ、大丈夫だって!」と笑いながら楽しそうに言うと、自宅に向かって歩幅を大きくして進んでいった。

 僕は、何が大丈夫なんだよ! と思わず、一人で呟いてしまう。

 

 詩織と違って、歩みが遅い僕を詩織は自宅玄関の前で僕の到着を手をこっち、こっちとしながら待っていた。

 数十メートルの距離がこれほど遠いものなんだと感じるくらい、僕は手をこまねいてる詩織の所に行くのが嫌だった。

 いっそ、このまま回れ右をして逃げ出したい心境である。

 しかし、逃げ出すわけにはいかないのは周知の事実であり、覚悟を決めると詩織のところまで招きよせられるように行った。


「じゃ、ちょっと待っていて」と詩織は玄関の中に入ろうとした。

 その姿を見て、僕は、ああ、いよいよだと思い心臓が緊張の為に飛び出しそうになるのに耐えた。

 なんだか、オナニーで逝くのとは違うのだが、頭が真っ白になってしまう。

 
 その時であった。玄関に入ろうとした詩織が踵を返して私のところに引き返してきた。

 僕は、何事だと思い、目がぱちぱちしてしまう。



「なーんちゃってぇ!」

 詩織はケタケタと笑いながら、僕の手を引っ張ると自宅から、少し離れた電柱のところまで連れていった。

 何が起こっているのか、わからなくて頭を整理しようとした。

「あぁ、面白かった」

 

 その詩織の言ったことで、僕は答えを導きだしたのである。

「もしかして、詩織……」

「そうだよ。ちょっとからかってみただけだよ……」

 

 そう言って、詩織はべぇ~と舌を出しておどけて見せた。

「だってぇ、祐一君むちゃくちゃ固まっていて――おもしろーいんだもん」

「じゃ、お父さんに謝らなくてもいいのか?」

「うん。謝らなくていいよ! 門限があるのはホントだから怒られると思うけど……祐一君みたいな、アドリブの利かない人を連れていっても、返って逆効果になることが目に見えてるもの。でも、祐一君が度胸を出して、パパに謝ってくれると言ってくれた気持ちは嬉しかったよ!」

 どうやら、僕は詩織に試されていたようである。

 そう思うと少し怒りがこみ上げてきたのだが、それ以上に、詩織の父親に謝らなくていいという安堵感の方が大きく、なぜか口元が緩んでしまうのだった。

 しかし、詩織にはびっくりさせられてしまう。

 まるで、魔性の女ではないのじゃないかと真剣に思ってしまう。詩織にはとてもじゃないが敵わないのである。

「あ、それとね。今度は真面目な話なんだけど……」

 詩織は勿体ぶった言い方をしてきた。

「何? 真面目な話って」

 詩織の神妙な表情が気になって、すぐに聞いてみる。

「うん、まだちょっと先の話なんだけど……卒業式の日にね。祐一君の制服の第二ボタンを詩織にだけにくれないかな」

 僕は、何だそんなことかと胸を撫で下ろした。詩織の顔からしてもっと深刻な話かと心の準備をしていただけに拍子抜けしてしまう。


「うん。ボタンぐらいならいくらでもやるよ」と私が答えると、詩織は目を輝かせて喜んでくれたのだった。

 
 ボタンなんかが欲しいなんて、詩織はカワイイ奴だと思ってしまう。


「そいじゃね、祐一君、今日は楽しかったよ。祐一君のこと、大好きだっちゃ!」

 そう言って、詩織はラムちゃんのようないい方をすると、ほっぺにチュウをしてくれた。

 僕は、あまりの出来事に開いた口がふさがらなかった。

「祐一君、なにボットしてるのよ、それとこれ、詩織からのプレゼント」

 
 詩織はバッグの中から包装されたプレゼントを私に手渡してくれた。

「一生懸命に愛をこめて作ったんだから、味わって食べるのよ」

 そう言うと詩織はバイバイと手を振って自宅に向かって走っていった。

 僕は詩織の行動とプレゼントに心を強く打たれてしまい、心と股間に熱いものがこみ上げてきたのだった。

 せめて、優しい詩織を家の中に入るまで見送ってやろうと思い、詩織の自宅に足を運んだその時であった。

 詩織の家の電気が点いてる部屋から、突然怒鳴ったような男性の声が聞こえてきたのだった。

 最初、詩織が父親に怒られているのではないかと思ったが、詩織の方はまだ、自宅のドアの鍵を開けている所なので違うのである。

 怒鳴ったような声は、はっきりと何を言っているのかは聞き取れなかったが「もう、ダメなんだよ!」と言うのだけは、はっきりと聞き取れた。もう少し、何を言っているのか興味がわいたので耳を澄ましていると、詩織の「ただいまぁ、遅くなっちゃったぁ」って声が聞こえてきて、怒鳴ったような声は止んだのであった。

 僕は、その時は詩織の家から聞こえてきた声のことは、あまり気にせずにいて、それよりか詩織が怒られなかったらいいのになぁとだけ強く願っていたのだった。

 しかし、この時聞いた、男性の怒鳴り声が後に僕達の間にとんでもないことが起こる予兆だったことなど、その時の僕は知る由もないことであるのであった。
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