ぼくのともだち 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 番外編 その1】 北の野蛮人の息子、帝都に立つ

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08 「大きな」タオとメリー、そして、馬のウンコ

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「ただいま戻りました」

 ビッテンフェルト家に帰ったのは陽が落ちるのと同時だった。

 奥様には、叱られた。

「どこ行ってたの? 」

「あの、前に話したクラスのタオってヤツと。ライヒェンバッハ家の・・・」

「そう・・・」

 深い溜息をついた奥様はしようがないわね、というように笑った。

「心配したのよ。コニーや家の人たちに探しに行ってもらおうかと思ってたとこだったわ」

「ごめんなさい」

「こんど友達の家に遊びに行くときは一度帰って来て行く先を言いなさい。いいわね?」

「・・・はい」

「夕ご飯終わっちゃったの。キッチンに行ってもらって来なさい。そして早く寝ること。あしたも学校でしょう?」

「・・・はい」

 厨房でメイドのカレンに夕ご飯をもらい、自分の部屋に引き上げてベッドに入った。でも、なかなか寝付けなかった。

「かっか」の家からの帰り道にタオから聞いた話がスゴすぎてまだコーフンしていた。


 

「ぼくね、大砲を撃ったことがあるんだよ」

 と、タオは言った。

「ええっ?!」

 去年、ちょうどぼくの父が帝国を訪れていた時。

 帝国は西の大きな国チナと戦争をしていた。タオの住んでいたナイグンという街はそのチナにあった。タオはお父さんとお母さん、そして3つ下の弟とその街で静かに暮らしていた。

 ところがある日、急に弟がいなくなった。

「ぼくもお父さんもお母さんも一生懸命に探したんだ。でも、リャオは見つからなかった。そのうちに、近所でもリャオと同じくらいの子供が何人かいなくなった。後からわかったんだけど、リャオたちは攫われてたんだ。ナイグンを治めていた悪い豪族にね」

「・・・」

「そいつらは、小さい子供を攫って盾にしたんだ。帝国の軍艦を横取りするためにね。小さい子供を小船に乗せてその陰に隠れて近づこうとしたわけ。やつらは帝国兵は小さい子供には絶対に銃を向けないのを知ってたからね。だからそういうヒキョウな手を使ったんだよ」

「ひどいね・・・。じゃあ、弟くんは・・・」

「結局、戻ってこなかったんだ」

 タオは目を落として仔馬の首を撫でた。

「それに、リャオを探しに行ったお父さんもお母さんも。家を出たっきり帰ってこなかった。ぼくは一人で家を守ってた。いつか必ずみんな戻って来ると信じてたからね。

 でも、しばらくするとナイグンの街に帝国軍が攻めて来た。帝国軍は空から降って来たんだ。ミーシャは演習を見たんでしょ? 落下傘部隊」

「うん」

「みんな、ビックリして逃げた。もちろん、ぼくも近所のおじさんやおばさんと一緒に逃げた。豪族の兵隊もいたんだけど、帝国兵が襲って来そうになるとやっぱり、逃げた。

 でも、帝国兵はなんか、ヘンだった。ぼくらの街に押し入ってモノを取るとか家を壊すとか人を殺すとかはしなかった。帝国兵は橋を占領しに来たんだ」

「橋?」

「うん。で、マズいことにぼくの家が橋のすぐ近くにあったんだ。帝国兵はぼくの家を勝手に根城にして居座っちゃった。ぼく、アタマにきてさ。豪族の兵隊が置いてった大砲をぶっ放したんだ」

「ホントに?! すっげー・・・」

「大砲の撃ち方、知ってる? 筒の中を棒で掃除して、弾を込めて火薬を込めて蓋をして紐を引く。すると、ドンッ!

 ぼくね、豪族の兵隊がやってたのを見て覚えたんだ」

「・・・それで、どうなったの?」

「もともと豪族の兵隊たちはぼくの家に居座った帝国兵を撃とうとしてたんだろうね。弾はぼくの家にドンピシャリ! 命中した。お風呂場にね」

「それで、帝国兵は、死んだの?」

「それがね、そのときぼくの家のお風呂に勝手に入ってふんふん、っていい気持ちになってた人をビックリさせただけだったよ。その人あんまりビックリし過ぎて素っ裸のまんまお風呂を飛び出して他の帝国兵の女の人をびっくりさせちゃったんだってさ。弾が飛んできてビックリ、素っ裸でビックリ! 笑っちゃうでしょ?」

「誰も死ななかったんだ」

「うん! 弾はバクハツしなかったんだ」

 あっけらかんと、タオは言った。

「ぼく、それから帝国兵につかまっちゃってさ。大砲を撃ったのは誰だ! って。でも、帝国兵はみんな優しかったよ。彼らが居座った家がぼくの家だって知ったらちゃんと謝ってくれたし。それから、帝国兵たちと仲良くなってね。

 お風呂に入ってた人はヴォルフィーにいちゃんってんだけどね、彼から教えてもらったんだけど、豪族の兵隊が置いていった大砲ってさ、元々は帝国の大砲のギジュツを盗んで作ったものだったんだって。バクハツしなかったのはきっと造りがザツだったんだろうって・・・」

 なんてヤツだと思った。

 ぼくは今、自分のふるさとを遠く離れている。帰りたいと思っても簡単には帰れない、遠い北の里に家はある。でも、そこには父や母たちや兄や姉や弟妹たちがいる。

 この小さなタオはぼくなんかよりはるかに辛い、凄まじいケイケンをしていた。ある日突然弟がいなくなり、お父さんもお母さんもいなくなり、家も盗られ、ふるさとを追われ・・・。タオの経験してきたことに比べれば、ぼくなんかははるかに幸せだと思う。

 それでも、タオはそんな辛い出来事を笑いながら話してる。

 見上げる仔馬に跨ったタオの姿が、とても大きく見えた。

「でもね、今は思うんだ。

 起こってしまったことはやり直すことはできないし、取り戻すこともできない。だから、むしろ、起こってしまったことはみんないいことだったんだ、って思う方がいい、って」

 と、タオは言った。

「戦争で、ぼくは弟とお父さんとお母さんを失くした。家も、故郷も。

 でも、その代わりに新しいお母さんと家とともだちが出来た。それに、好きなだけ勉強もできる。そして、一番大好きなピアノと出会えた。ぼく、今、しあわせなんだ。手が小さいこと以外はね」

 手を広げてため息を吐くタオにぼくは言った。

「気にするなよ。そのうち大きくなるよ」

「そうだね。ぼくまだ8つだしね」

「え?」

 4年生は10歳のはず。聞き間違いかと思って仔馬に乗ったタオを顧みた。

「ミーシャもテスト受けたんでしょ? ぼくも去年学校に入る時受けたんだ。そしたら、3年生のクラスに入りなさい、って言われたの。で、今4年生。だから、ぼくはクラスで一番チビなんだ」

 マジか・・・。

 ぼくの逆で、それもタオは2年も繰り上げていたのだ。

 またしても、なんてヤツだと思った。

 ふと、ぼくは尋ねた。

「ねえ、タオの今のお母さんて、どんな人? きっと優しいひとなんだろうね」

「優しくて、かわいいよ」

 と、タオは笑った。

「ちょっと、おっちょこちょいなとこもあるけど、スッゴイ、強いんだ。落下傘で空からやってきた部隊の隊長だったしね。おねえちゃんはね、軍人なんだ。

 いつも、おねえちゃん、って呼ぶんだ。お母さんって呼ぶと恥ずかしがるから。おねえちゃんは家族を失ったぼくをひきとってヨウシにしてくれた。一緒に暮らそう、って。そして、こうして帝国に連れて来てくれた。おねえちゃんのおかげで、ピアノにも出会えた。

今、ちょっとシュッチョウ? で遠くに行ってていないんだけどね」

「その、お母さんの名前、何ていうんだい?」

「ヤヨイっていうんだ。変った名前でしょ?」

 

 去年のチナとの戦争で親に死なれた子や生き別れた多くの子がタオのように帝国人の家に引き取られて帝国のあちこちで暮らしていると聞いた。帝国がセンリョウした土地に住んでいた人も、今もそのまま同じ土地に住み続けているという。新たな帝国人として。

 それにアレックスだって。かつて彼は帝国に攻め込んだぼくと同じ北の里の人間だ。いくさで帝国軍につかまってホリョとなり一時はドレイにされたけど今は解放されて普通の帝国人として暮らし、仕事もしている。イリアのお父さんだってそうだ。

 ぼくの里とは違い、帝国はホリョを殺して首を切ったりはしない。ホリョさえも呑み込んで、帝国人にしてしまうのだ。そしてかつてチナと言われた敵国は、今はドンと名を変えて帝国のユウコウ国、ともだちの国になっているという。

 帝国の強さは戦車や飛行船や戦艦の強さだけではない。弱いものや戦って負かした相手に手を差し伸べていつの間にか帝国人にしてしまう。だから、帝国は戦うたびにどんどん強くなる。それが帝国の本当の強さだ。

 去年帝国を訪れた父は、それを見たのだと思う。だから、帝国と手を結ぼうとしているのだ。そしてぼくは今、父の見たものを学ぶためにここに来ている。

 タオは自分を小さいといった。

 だけど、ぼくのほうが小さいと思った。あんな、エイブみたいなくだらないヤツのことを気にしてるのがバカらしくなるほどに。あんなのを気にするのは、弱いヤツだ。

 タオは、大きかった。大きくて、強い。小さな巨人だ。小さな身体に、タオは計り知れない大きなものを詰め込んでいる。ぼくには到底及ばないし、マネもできない。

 急速にタオに惹かれてる自分がいた。もっと彼と一緒に居たいと思った。


 


 


 

 次の日の朝。

 珍しく男爵が朝食の席にいた。

「おお! ミハイル。どうだ、学業ははかどっておるか!」

 いつもながらエネルギッシュな准将に、ぼくは、あるおねだりをした。

「准将、お願いがあるんですが・・・」

「なんだ! 遠慮をせず、なんなりと思うさまを申してみよ!」

 エネルギッシュな男爵に負けないように、ぼくは、言った。

「あの、馬が欲しいんです! ぼくに、馬をくれませんか!」

「え? ミーシャ、あんた馬に乗れるの?」

 コンスタンツェが言い、リタとクララが何事が起ったのかとぼくを見つめていた。

 しばらくの間、男爵は千切ったクロワッサンを口に放り込んでモグモグしながらぼくをじいーっと見つめていた。そしてゴクンと呑み込んでコーヒーを一口飲むと、ニンマリと笑った。

「ミハイル。やはりそちもおのこであったのお・・・。いつ言い出すか、それがしは、その言葉を待っておったぞ!」

 そう言うと男爵は立ち上がった。

「ミハイル! 厩に参れ。願い通り、そちに馬をつかわすとしようぞ!」

「男爵!」

 奥様が、止めに入った。

「エミーリエ! なぜにまたそのような怖い顔をするのであるか」

「まだ食事中です! 終わってからになさいませ!」

 だが、今度は男爵も負けてはいなかった。

「何を言うかっ! 男子に馬は必須! 思い立ったが吉日なのであるっ!」

 ぼくは奥様に頭を下げ、男爵の後をついて厩に行った。

 厩には10頭ほどの馬が並んでいて、みんな丁度飼い葉おけに首を突っ込んで朝ごはんの最中だった。

「どれでもよい! そちの好みの馬を選ぶがよい! ただし、一頭を除いて、ではあるがな」

 ? 一頭を除いて?

 馬はどれも毛並みがよく馬格が大きかった。ぼくの里の馬とはヒンシュ? が違うのかもしれない。みんな優しい目をして従順そうなコたちばかりだったが、中の黒毛の一頭が最も大きくて力強そうだった。色つやも格段にいい。気に入った!

「男爵、ぼく、この子がいいです!」

 ぼくはその鼻息を荒くしている黒毛の首を撫でようとした。すると、

「ぶるるるっ!」

 黒毛は激しく首を振ってぼくを威嚇した。

「ミハイル! そちはなかなか目が高いの。だが、その馬が『除いて』の馬なのである!

 悪いが、その馬だけはそれがしにしか懐かぬのだ」

 そう言って男爵は黒毛の首を撫でた。黒毛は嬉しそうに男爵へ首を寄せ、前足をバタバタさせた。

「これは、Der schwarze Blitz. 『黒い稲妻』という名でな。帝都一の俊足を誇る、名馬である! その名の通り、稲妻のように戦場を駆け抜ける馬なのであるっ!」

 男爵はそう言って目を細めた。

 ぼくは白に黒ぶちのある、『黒い稲妻』より一回り小さい馬をもらった。

「3歳の牝馬だが、これなら気が優しいしそちにもすぐに懐くであろう」

 と、男爵は言った。牝馬は嬉しそうにうんうん首を振ってぼくを見ていた。可愛い馬だ。

「さて、ミハイル」

「・・・はい」

「そちは馬を得た。その代わり、そちに命ずる。今日から朝晩馬の世話をせよ。飼い葉桶に草を満たし、水を与える。できるか?」

「はい、やります!」

「よろしいっ!」

 男爵は軍用サンダルの踵を合わせて胸を張った。

「そちは馬を得、そしてそれがしは新たな厩番を得た。これが帝国流『ギブ・アンド・テイク』というものであるっ! 」

 そして男爵はもう一度愛おしそうに黒毛の首を撫でた。

「それに朝晩欠かさず馬の世話をしていれば、いつかはこの『黒い稲妻』もそちに懐くかもしれんな」


 


 

 いつもより早起きして厩に行き草と水桶を運んで飼い葉おけに満たす。けっこうタイヘンな作業だが、慣れるとラクなものだ。

 白地にぶちの馬の名前はメリーといった。男爵が言ったようにとても人懐こく、ぼくが首を撫でてやると嬉しそうに鼻を鳴らした。走るのは苦じゃなかったけど、タオについて「かっか」の家まで行くと時間がかかる。メリーがいてくれればタオとギャロップで行くこともできる。時間のセツヤクになる。

「ぼくはミハイル。よろしくね、メリー」


 

 学校への道すがら、「大きな」タオからさらにいろんな話を訊いた。

「『真空チェンバー』ってのがあってね、」

「しんくうちぇんばー?」

「うん。空気を抜いたり入れたりできる部屋を海の底に沈めるんだ。部屋の底には穴が開いてて、それを海の底にピッタリくっつける。それから、中の水を抜く。潜水士が潜って行って部屋に入る。そして、海の底を、掘る」

「何のために?」

「海の底には『宝物』があるのさ」

「・・・タカラモノ? 宝石とか?」

「もっとスゴイ、宝石よりも価値のあるものだよ」

 タオは自慢気に言った。

「ぼくが練習してる千年前のガクフもそうだけど、今の帝国のいろんなギジュツはそうやって海の底を掘り出して見つけた『宝物』のおかげでできたんだよ。大砲とか、ヒコーキとか、『かっか』の家のピアノとかね」

「でも、川の底の泥とおんなじで海の底も泥なんじゃないか? そんな泥の中に埋まってたら、腐っちゃわない?」

「もちろん、ただ海の底の泥や砂の中にあったのなら千年どころか10日も持たないよ。真空チェンバーで掘るのを『サルベージ』っていうんだけど、サルベージの目標は古代の人の地下の部屋があったとこなんだって。空振りになっちゃうことも多いらしいんだけど、『シェルター』っていう部屋に行きついたときはアタリなんだって」

「しぇるたー?」

「サンソとシガイセンを完全にシャダンした状態で見つかった本とか紙はね、今でも書かれている文字を読むことができるんだってさ・・・」

 小さな巨人は知識の引き出しもたくさん持っていた。本当にタオは、スゴいヤツだ。

「まいったな。あんまりいっぱい聞いちゃったから、学校に行って勉強することがアタマに入らなくなっちゃいそうだよ」

「大丈夫だよ」

 タオは笑った。

「人間のアタマの中の『シェルター』はね、無限なんだって。海洋考古学の先生が言ってた」


 


 

 学校に着いてまずすることは、教室の前の廊下に並んだロッカーにリュックを入れ、教科書を取り出すことだ。

 廊下はロッカーにリュックを入れる子や次の授業の教科書を取り出す子で溢れていた。

 ところが・・・。。

 その朝の廊下の片隅には、ちょっとした人だかりができていた。

「どうしたんだろう」

「さあ・・・」

 その子たちからはこんな声が聞こえてた。

「ねえ、なんかクサくない?」

「うん。ちょっとニオウね」

 タオがその子たちに訊いた。

「おはよう! みんなどうしたの?」

「うん、ちょっと、なんかヘンな匂いが・・・。ニオわない?」

 言われてみれば、朝ビッテンフェルト家の厩で嗅いだニオイがする。

 そのあたりのロッカーは全部扉が開かれていてぼくのだけが閉まっていた。みんなが一斉に、ぼくを見た。

 ぼくは、自分のロッカーを開けた。

 すると、いきなり何匹かのハエがぶ~ん、と飛び出してきて、草混じりの茶色いものがゴロンと転がり出てきた。

「きゃ~っ!」

 女の子たちはみんな鼻をつまんで逃げていった。

 ぼくのアタマは「?」だらけになった。
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