ぷりぱらとり・すくーる

八島唯

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第1章 進学校の日常と非日常

つぐさの度胸

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「どどっどどどうも~『ヤス』なり~」
 震えながら自己紹介をするつぐさ。客は男性二人。少し引き気味ではあるが、愛想よく手をふってくれる。
「へぇ~お給仕初めてなんだ」
 そう言いながらドリンクとケーキをオーダーする二人。
 まるでロボットメイドのようなつぐさが、そのオーダーを復唱する。
「......ボカロ?」
 ぼそっとイチ架がつぶやく。緊張しきったつぐさの声を聞いて。
 手際よくオーダーを運ぶ都ト。客の前に丁寧にカップと皿を並べる。
「でででは、美味しくなるおまじないをば......」
 つぐさが緊張しながら、そう客に宣言する。
「えええと......おまじないおまじない......般若波羅蜜多心経......」
 ㇳ都は思わず手にしていたグラスを取り落とす。
「おっ!でた般若心経!色即是空空即是色!」
 客がノリノリで反応する。
 それをイチ架がうなずきながら見つめる。
『後輩はわしが育てた』
 とも言わんばかりに。
 あまりにカオスな接客はその後も続いていく――

「おつかれー。とっても良かったよ。ネームプレート取っておくから、またシフト入れられるときに連絡ちょうだいね」
 店長がそうト都とつぐみの二人にそう告げる。
「お客さんの反応も良かったし、つぐさちゃんはメイドの資質高いと思うよ」
 店長がニコっと笑う。つぐさは照れくさそうにえへへと頭をかいた。
(般若心経、全部暗記しているとは思わなかった......つぐさはおばかだけど、こういうポテンシャルは高いからな......)
 ト都が分析する。
 そう、つぐさは本来秀才なのだ。
 実際中学校までは優等生だったらしい。
 しかし、高校に入学した途端に低迷を始めた。
 多分なにかのネジが外れたのだろう。
 その結果がこのぽんのこつである。
「文芸部としての活動も盛り上がりつつあるな。早速この経験を創作活動に活かせ」
 イチ架が雑なまとめ方をする。
 はい、と元気に答えるつぐさ。
 ト都はため息を漏らす。
(まあ、いいか。久しぶりにつぐさも気分転換になったようだし。こういうのに憧れていたのかな。勉強だけじゃないなにかに、熱中することに)
 正直なんで入ったかわからない文芸部であったが、意味はあったのかもしれない。
(つぐさのメイド服姿も見れたし、まあよしとしよう)
 イチ架は目を閉じてそう、心のなかでつぶやいた。
 高校生活はまだ始まったばかりである。
 これはこれでいいかな、と何度も繰り返しながら――
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