ぷりぱらとり・すくーる

八島唯

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第1章 進学校の日常と非日常

イチ架メイドの流儀

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 メイド喫茶は二時に開店した。
「うちはアルコール提供しない店なので安心してね。その代わり食べ物系は充実しているから」
 調理は店長がするらしい。
「お給仕は『龍之介』ちゃんにきいて教えてもらってね」
 フライパンを取り出しながら店長がそう都トとつぐさにつぶやく。
(龍之介とは、誰なのか......?)
 二人の頭の上に?マークが付く。
 イチ架がメイド服の胸についたネームプレートを誇らしげに見せつける。そこには『龍之介』という名前がポップなスタイルで記されていた。
「まあ、源氏名というやつだな。本名だといろいろ差し障りもあるので」
「もしかして――芥川」
 イチ架が都トの問にうなづく。
「お前たちにも先輩である私がつけてやろう。そうだな、葛西.....つぐさだったか。お前は『ヤス』ナリというのはどうだろうか。名前がヤスでナリは自分を名前を呼ぶときの癖だ。コロ助みたいでよかろう」
 つぐさがヤス、ナリと何度も復唱する。
「大崎都ト。お前は『ユキヲ』というのはどうだ」
「もしかして三島ですか」
 うむ、と都トは頷く。
「共通点があってよかろう。どちらも日本を代表する文豪である。その名に恥じないようにお給仕に勤しんでくれ」
 共通点は自殺か。いや三島は自殺といっていいのだろうか、などと文芸部的な思索をめぐらしながら都トはつぐさとともに給仕の準備を始める。
 からんからんとドアの開く音。
 都トはゆっくり息を吸うと、大きな声を上げる。
「おかえりなさいませ、御主人様」
 よかった。これは普通のメイド喫茶である。
 清潔感のある若者が二人連れで店を訪れる。
「あれ、きょうは『龍之介』ちゃんなんだ」
 結構な常連であるらしい。
「はい。それと新入りもいます」
 客に二人を紹介する都ト。
「こっちが『ヤス』ナリちゃんで、こっちは『ユキヲ』」
 つぐさが緊張した面持ちで頭を下げる。
「へぇ~、なんか男の子みたいな名前だね」
 通常の反応であろう。自衛隊を決起させようとするメイドはそう想像できるものではない。
「とりあえず飲み物たのむね。紅茶とオレンジジュース」
 はい、と都トはタブレットを操作する。
「『ヤス』ちゃんと『ユキヲ』ちゃん。ドリンクサーバから飲み物持ってきて」
 そう都トが指示する。
 紅茶をつぐさが、オレンジジュースを都トが作る。
 それをお盆にのせてテーブルに運ぶイチ架。
「それではこれからこの飲み物に呪術をかけます」
 呪術。魔法ではないのか。呪いなのか。
「無詠唱でもできますが、どうしますか」
「いつものように、言葉でお願いします」
「御意」
 承った都トは指を空中に走らせ、なにかを切る。
「出た!『龍之介』ちゃんの九字切り!これだよな!」
 ぶつぶつと念仏みたいな言葉を唱えるイチ架。
 いつの間にかメイド喫茶が、陰陽の道に入り込み始めたようだった。
「これでよし。邪念を払いました。御主人様どうぞお飲みください」
 ふうと額の汗を手で拭うイチ架。
(そもそもなぜ邪念を込めた飲み物を出すのだろうか、先輩は)
 都トはこころの中でそうつぶやく。
 つぐさは尊敬の眼差しでイチ架を見つめていた――
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