ぷりぱらとり・すくーる

八島唯

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第1章 進学校の日常と非日常

入部するはわれにあり

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「しかし――」
 イチ架が入れてくれた紅茶を飲みながらつぐさがそう切り出す。
「なんで、先輩バイトしているんですか?しかもメイドとかって」
 菱女はアルバイト禁止である。というか、進学校ということもあり、そんな暇があれば勉強すること、というのが学校の方針であった。
「これは文芸の勉強だ」
 イチ架がお菓子をほおばりながら、そう答える。
「文学を志すもの、サロンに参加せねばいかん。とはいえ、高校生でサロンはなかなか難しい」
「そこでメイド喫茶、と」
 そう!クッキーでつぐさの方を指し示すイチ架。
「この経験が重厚な日本文学を復興する原動力となるであろう。太宰かや三島の闊歩したデカダンな世界に我々も身を置きつつ――」
 ああ、そういう人だったのかと都トは紅茶を口に含む。
 結構、進学校には多いタイプである。
 つぐさはただ、感動しているようだったが。
「きみたちも入部した以上は文学に身を置いてもらわないと困るぞ。くだらない世のならいに身を任しているようではいかん。そういったものとは距離を置いて文学をだな、こう俯瞰していくというか。つまりだな、」
 なぜか口調が文語体になり始めるイチ架。
「はい!がんばります!」
 つぐさが頑張るポーズで答える。
「ところで......」
 カップを置きながら都トが問う。
「この文芸部は読む方が活動の主ですか、それとも書く方がメインですか」
「もちろん書く方だ。毎年部誌も発行しておる」
「見たいです!」
 つぐさが手を挙げる。部誌は見るものではなく、読むものなのであるが。
 そんなことは気にせず、うんうんとうなずくイチ架。
「しかし、残念ではあるがここ数年発行実績がない」
「毎年といったのでは」
「数年前の毎年だ」
 都トは首を傾げる。
「まあ......いま創作中なのだ。私の作品は」
 そういいながら、イチ架は頭を指さす。
「ここだ、ここの中に収められている。中学の時から温めてきた物語だ」
「まったく書いてないんですか」
 さすがのつぐさも驚きの言葉をもらす。
「ふん、書こうと思えばいつでもかけるのだ。予定としては全534ページ、前後編でスピンオフまで――『失われた時を求めて』を超すかもしれんな」
(痛い、痛いぞ......)
 都トはそう心の中で繰り返す。
 あれだ。書く書く詐欺というやつ。結局なんの創作物もあげることなく、熱が冷めてしまうやつだ。
「そうだ、君たちにも早速創作の糧を得てもらうことにしようか」
 そう言いながら後ろのロッカーを開くイチ架。
 そこには――色とりどりのメイド服が収められていた――
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