上 下
13 / 32
第1章 タルフィン王国への降嫁

シェランとファルシードとルドヴィカと

しおりを挟む
 王の間。ファルシードは書類を手にその部屋を行ったりきたりしていた。
「国王陛下」
 はっとファルシードは振り向く。そこには鎧姿のロシャナクがいつの間にか立っていた。
 ため息をつくファルシード。
「叔母上か。何用でしょうか」
「国王の親衛隊隊長たる私がそばにいてはいけなくて?それとも何かやましいことでも」
 つかつかと歩み寄るロシャナク。叔母、といってもまだ二十代のロシャナクはファルシードと並ぶと姉のようにも見えた。同じクテシファン王家の血なのだろう。
「どんどん前王陛下に似てきましたな」
 前王陛下。それはファルシードの父であり、ロシャナクの兄でもあった。十年前、すでにみまかっていた。
 無言で書類を見つめるファルシード。どうもファルシードはこの叔母が苦手らしい。
「連絡申し上げます。王妃候補たる朱菽蘭(ジュ=シェラン)殿下は第二の『王妃のつとめ』に着手された模様。つけさせていた配下の者が市場の女商人とともに、あのスィヤームの邸宅を訪れた模様にあります」
 事務的な口調に戻って、ロシャナクは報告する。
「あの老人のところにいったようですね。今のところはいい感じの選択です。『オアシスの女神』を手に入れるための選択としては」
「私には関係ない」
 つとめて無関心を装うファルシード。それ自体があまりに不自然で、思わずロシャナクは笑いをこらえる。
「自分の妻になる人物、さらには好意もお持ちの相手にそれは失礼ですよ」
 なっ、とファルシードは振り返る。
 このあたりはやはり年の功である。十歳以上も年が離れているのだ。
(普段は大人びているファルシードもこのことに関しては、まあ当然だろうね)
「『大鳳皇国』との関係もある!もし彼女が『王妃のつとめ』を探すことができずに、婚姻が叶わなければ『大鳳皇国』との外交的関係が――いたっ」
 おでこをロシャナクに指でピンと叩かれるファルシード。
「......」
「心配なのでしょう。あの娘が」
 ロシャナクは核心を突く。
「遠くからわざわざ嫁入りにきた、か弱い女性を見捨てるような甥っ子とも思えません。ましてあのように美しければ。まあ性格も素直そうだし。多分、国王陛下の好みなのでは。私のような年上の女よりも」
「......」
 全く勝負にならないファルシード。正直、王の仕事が手につかなったことも事実である。
「一つ目の『王妃のつとめ』はなんなくクリアされましたが、今回はなかなか難題。しかもあの老人が絡むとなると一筋縄ではいきますまい。そして、殿下の手助けをしている女商人、調べてみますとなかなか独特な経歴の持ち主で――ここは一つ、遠目でも良いから見守るのことも『国王のつとめ』ではないでしょうか。家臣として忠告申し上げますが」
 無言になるファルシード。さすがは叔母である。方向性を余す所なく示すことができたようだ。
「不在の間は、私が取り繕いましょう。どうか、殿下をお助けしてください」
 ファルシードは黙って、王の間を去る。その背中を見つめながら送るロシャナク。
「......まったく」
 ふと、兄の姿を思い出すロシャナク。
「不器用なところまでそっくりだな。王たるもの、あまり純情すぎるのもよろしくないのだが」
 ロシャナクは兄の姿を思い出す。
 このオアシス都市を強力な都市国家におしあげた先王、シャバーズ=クテシファン王の面影を。そして彼女が唯一愛した――男性の姿を。


 砂漠の中を行く二人。
 それは、シェランとルドヴィカの姿であった。
 ラクダに乗り、ゆっくりと進む。その背中にはテントやらなんやらが積まれていた。
「暑くはないけど......」
 『大鳳皇国』にいたとき、よく西の砂漠の話を聞くことがあった。
 どこまでも続く砂の海。灼熱の太陽。生きているものはすべて死に絶えているような感じである。
「砂漠と言っても色々あるさ。このあたりはオアシスが点在しているので、砂というよりは荒れ地って感じだな」
「ほんとだ、草生えてる」
 オアシス都市タルフィン国の首都『ゴルド=タルフィン』を離れること半日、その砂漠の中に二人はいた。
「こんなとこにあるのかな?」
 シェランは水筒を手にしながら水を飲む。
「あの老人は」
 ルドヴィカもラクダの上で水を飲み始めた。
「われわれ、街の商人にとって神様みたいな存在さ。この国一番の商人にして、一番の大富豪。そしてなんでも知ってる賢者でもある」
 『オアシスの女神』のありかを教えてくれた老人スィヤーム。彼いわく、それはオアシス都市の郊外のあるところに隠されているというのだ。
「でもなんで、わかっているなら自分で取りに行かないのかな。すごい宝石なんだよね?」
 シェランは当然の疑問を口にする。
「まあ、色々事情があるんだろうよ。王妃の候補しかその宝石に触ることができないとか」
「わたし、大丈夫かな......」
 どん、とその背中を押すルドヴィカ。
「自信を持って!大丈夫、頑張ろうよ!」
 二人を乗せたラクダはゆっくりと砂漠を歩いていった――
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あまりさんののっぴきならない事情 おまけ ~海里のろくでもない日常~

菱沼あゆ
キャラ文芸
あまりさんののっぴきならない事情 おまけのお話です。 「ずっとプロポーズしてる気がするんだが……」

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

純喫茶カッパーロ

藤 実花
キャラ文芸
ここは浅川村の浅川池。 この池の畔にある「純喫茶カッパーロ」 それは、浅川池の伝説の妖怪「カッパ」にちなんだ名前だ。 カッパーロの店主が亡くなり、その後を継ぐことになった娘のサユリの元に、ある日、カッパの着ぐるみ?を着た子供?が訪ねてきた。 彼らの名は又吉一之丞、次郎太、三左。 サユリの先祖、石原仁左衛門が交わした約束(又吉一族の面倒をみること)を果たせと言ってきたのだ。 断れば呪うと言われ、サユリは彼らを店に置くことにし、4人の馬鹿馬鹿しくも騒がしい共同生活が始まった。 だが、カッパ三兄弟にはある秘密があり……。 カッパ三兄弟×アラサー独身女サユリの終始ゆるーいギャグコメディです。 ☆2020.02.21本編完結しました☆

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

声劇台本置き場

ツムギ
キャラ文芸
望本(もちもと)ツムギが作成したフリーの声劇台本を投稿する場所になります。使用報告は要りませんが、使用の際には、作者の名前を出して頂けたら嬉しいです。 台本は人数ごとで分けました。比率は男:女の順で記載しています。キャラクターの性別を変更しなければ、演じる方の声は男女問いません。詳細は本編内の上部に記載しており、登場人物、上演時間、あらすじなどを記載してあります。 詳しい注意事項に付きましては、【ご利用の際について】を一読して頂ければと思います。(書いてる内容は正直変わりません)

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...