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一八八話

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 相も変わらず、今日も今日とて俺は城郭の補修工事という土木工事に励んでいた。
 この工事に参加して、もう数日が経つ。
 まぁ元々が、年単位での作業内容だからな。そう簡単に終わるようなものではないということだ。

 とはいえだ、自分でいうのもあれだが、俺が工事に参加してからというもの、劇的にその作業スピードが向上したことは間違いない。

 特に、石を積み上げて行く作業は、本来なら複数人の魔術士を動員し、一つ一つ慎重に積み上げて行く必要がある為、非常に時間が掛かる上に、一度バランスを崩せば大事故にも繋がる大変危険な工程であった。
 しかし、俺の場合は鉄腕28号くんという10メートル級の大型人形を使い、積み木の要領でポンポン積み上げて行くことが出来る為、積み上げ速度が従来の比ではなかったのだ。

 その後の割栗石を詰め込む作業も、人力で少しずつ詰めていくところを、同じく鉄腕28号くんの手シャベルで数回掬うだけで終了。
 と、人型重機としての性能を遺憾なく発揮していた。

 で、他にも廃棄された石材を加工して、新しい資材として使える大きな石へと作り直したりと、現場の責任者である騎士のジエロからも、作業が捗って助かる、と非常に感謝されていた。
 正直、人から感謝されて悪い気はしない。

 その甲斐もあり、街側の城郭の基礎工事は今日で無事終了を迎えることが出来た。
 あとは、補強用兼装飾用の漆喰だかモルタルだか、正確にはよく分からん素材で石が剥き出しになっている壁面を綺麗に整えれば、ここの工事は無事終了となる。
 しかし、それはそれで左官職人というか、専門の部隊が居る様なので、実質俺のここでの仕事はもう終となっていた。
 まぁ、あくまで、ここでの作業が終わっただけなので、明日からはジエロ共々城側の城郭の補修工事に参加予定だ。
 やることはまだまだ残っているからな。

「さて、今日の作業はここまでだな。どうだスグミ? 今日も一杯引っかけて行くか?」

 日も傾き、作業の終了を知らせる為、声を掛けて回っていたジエロが、そう言いながら俺へと歩み寄って来た。
 最近は仕事帰りに工兵隊の奴らと連れ立って酒場に入り浸っていた所為か、ジエロを始めとした他の騎士達ともすっかり仲良くなっていた。

「ああ、いいな。行こうか」
「おーいスグミっ! あんたに客が来てるぜ?」

 ジエロとそんな話をしていたら、不意に誰にそう声を掛けられた。

「客? 俺に?」
 
 声のした方に振り向けば、そこにはここ数日ですっかり顔見知った年若い騎士の一人……とても騎士には見えない、土建屋の兄ちゃんみたいな姿をしていたが……と、その横に見慣れない女性が一人立っていた。
 女性の顔には見覚えはないが、しかし、着ている服には見覚えがあった。
 自由騎士組合の制服だ。

「お仕事中に申し訳ありません」

 女性はまず、そう一言詫びて頭を下げる。

「私、自由騎士組合の者なのですが、組合長ギルドマスターからことづけを預かってまいりました」
「ジュリエットから? なんだろ?」
「はい。先日捕らえた賊に関して報告がある、と聞き及んでおります。
 お手数とは存じますが、後ほど自由騎士組合までお越しいただけないでしょうか?」

 ああ、そういえばジュリエットから捕らえた賊を犯罪奴隷として競売に掛ける、とかなんとか話があったな。
 実はあいつら、隊商の荷馬車を襲う常習犯だったようで、今回も街道で隊商の荷馬車を襲い、奪った金目の品をトレイルという街で売りさばこうと目指していたところを俺達に見つかり御用となった、ということらしい。
 正に、セリカの読み通りの展開だったというわけだ。

 だが、賊共は攫った子ワーウルフがワーウルフの幼生だといいうことはまったく知らなかったらしい。
 なんでも、荷馬車を襲い一仕事したところで、銀色の体毛を持つ珍しい狼の子どもを見つけ、珍しいから売ればカネになると、また見つけた時には既に結構衰弱しており捕まえるのが楽だった、などの理由から行き掛けの駄賃として攫った、というのが事の顛末のようだ。

「ああ、分かった。後で寄るとジュリエットに伝えておいてくれ」
「畏まりました。お忙しい中、お手数をお掛けしました。それでは失礼します」

 自由騎士組合の女性職員は丁寧に頭を下げると、キビキビとした動きで踵を返し、スタスタと帰って行った。

「何だ? 隊長からの呼び出しか?」

 その一部始終を見ていたジエロが、女性職員が立ち去ったタイミングで話し掛けて来た。

「ああ、前にちょっとした仕事で賊を捕まえてな。それを犯罪奴隷として競売に掛けていたんだが、多分それが売れたって話だと思う」
「おっ? てーと今日はスグミの奢りか?」

 話を聞いたジエロが、ニヤリと笑いそんなことを言う。

「……なんで奢りゃなならんのだ?
 と、言いたいところだが、まぁ、大した額じゃないだろうから、売上金くらいはまるまる出してやるよ」
「おっ、マジかよっ!? なんでも言ってみるもんだな。おいっ! お前らっ!
 今日はスグミの奢りだってよ!」

 と、それを聞いたジエロがまたとんでもないことを言い出した。
 途端、周囲から「マジかよっ!」とか「ゴチになりますっ!」とか「あざーっス!」みたいな反応が次々と返って来た。 
 騎士とはいえ、滅茶苦茶給料がいいわけでもないらしいので、ここにいる連中はそれほど裕福な暮らしはしていないのだという。
 となれば、こうした庶民的な反応なのも頷ける。
 が、だからといって奢ってやる義理は無い。

「おいコラっ! 誰が奢りだと言った、誰がっ!
 賊が売れた金額分までなら出してやるって言っただけだっ! 超えた分はお前らの自腹だからなっ! 自腹っ!」

 一応、そうは反論しておくが、果たして奴らの耳に届いているのかいないのか……
 変な流れになっちまじゃねぇかっ!! という思いを込めてジエロを睨むが、ジエロの奴悪びれた風もなく、ガハハハっと笑うだけだった。
 俺のトータルの所持金からしたら、こいつらがどれだけ飲み食いしようが大した額ではないのだが、それはそれ、これはこれだ。
 カネがあるとかないととかの問題ではないのである。
 このヤロー……後で覚えてろよ。

 あとでいつもの酒場に合流する約束をしたあと、俺は言われた通り自由騎士組合へまっすぐ足を運……ぶことはなく、まず風呂屋によって砂埃で汚れた体を綺麗にすることにした。
 特に時間指定もされていないしな。

 というか、あいつら解散後真っ直ぐ酒場に向かったみたいだが、あれだけ汚れてて気にならないのだろうか? 
 以前、ジエロ達にそれを聞いたら、風呂なんて週に一度行くか行かないか程度だと言っていた。
 その話を聞いた時、あいつらあの汗や埃で汚れたままで平気なのか……と、驚愕したもんだ。
 俺が気にし過ぎなのか、それとも奴らが鈍感なだけなのか……

 それはさておき。
 風呂でさっぱりしたあと自由騎士組合へ向かへば、着いたところで組合長室へと通され、ジュリエットから軽く説明を受け、売上金を渡された。
 売買額は総額で50万ディルグ。
 この額は五人という人数的にみたら、かなり良い額であるらしい。
 普通は、一人1万から2万くらいらしいからな。

 今回は、隊商襲撃の常習犯ということで懸賞金が掛かっていた事と、なんでも、中級までだが魔術が使える奴が一人、ガタイが良いのが二人、この三人が結構高く買われていったとのことだった。
 奴隷の仕事なんて基本肉体労働らしいからな。力がある奴は重宝されるから高く売れる、ということみたいだ。

「それにしてもスグミちゃん。随分と活躍しているみたいじゃない?
 少しでも使えればと思ってジエロの所へ預けたけど、色々・・と報告が上がって来ているわよ?」
 
 カネも受け取ったことだし、さて、ジエロ達と約束していた酒場へと向かおうか、と思っていたところでジュリエットからそう話し掛けれらた。

「何を聞いたかは知らんが、俺は大したことはしてないぞ?」
「あら? 10エリル(10メートル位)はあろうかっていう巨大なゴーレムを操って、仕事をしているって聞いたわよん?
 ジエロの話しだと、そのゴーレムを使えばあの程度・・・・の城郭なら造ることは勿論、壊すのだって簡単だって豪語したそうじゃない?」

 確かに言った覚えはある。
 作業中、ジエロに鉄腕28号くんを使って城郭を壊すことは可能か? というようなことを聞かれたことがあった。
 勿論、これは補修作業をする上での話しだ。なので、俺は超簡単だって答えていた。
 壊すだけなら、特殊なスキルやアイテムを使わずとも、パンチとキックだけで倒壊させられるからな。

「“国内で一、二を誇る城郭を容易に破壊し得る兵器を所有する一個人を自由にさせるは、大変危険であると愚考致します。
 つきましては、自由騎士組合より客員騎士として国家騎士に向かえるが賢明ではないかと判断する所存。
 ご一考の程、よろしくお願い申し上げます”だって」

 何処から出したのか、ジュリエットが一枚の紙きれを手に、おそらく書かれているであろう文面を読み上げる。
 内容から、書いたのは間違いなくジエロだろうな。

「危険って……随分と酷い言われようだな。出来るかどうかって聞かれたから出来るって言っただけで、この街を破壊するとか、そんなことやる気は端からないぞ?
 俺、ずっと真面目に働いとったじゃろが……」

 ジエロの手紙の内容を要約すると、国の守りである城郭を簡単に壊すようなヤベェ奴がいる。放っておくと何するか分からないから国で囲っちまおうぜ、ということだった。
 まぁ、自分で言うのもなんだが、その気持ちは分からなくはない。
 俺がその気なら、この程度の街なら一日で滅ぼせるだろうからな。やらんけど。

 ちなみに、客員騎士というのは身分は自由騎士のまま、国家騎士として国に仕えるという制度である。
 国家騎士としての特権や制約は多く受けるが、あくまで身分は自由騎士のままなので、国王陛下に忠誠を誓っている国家騎士とは違い、上からの命令に必ず従わなければいけないという義務がない、というのが特徴だ。
 指示に従うも断るも、本人の自由意思である。
 半民半官みたいな立場ということだな。古い言い方だと、客将、に近い考えだろうか。

 給料も通常の騎士よりずっとお高いらしい。
 まぁ、呼ばれて来ているわけだからな。それくらいの特権はあるだろうよ。
 それに、国にお呼ばれするくらいの腕があれば、当然、自由騎士としても十二分な実力があるはずで、下手な金額では普通に稼いでいた方が高いまであるだろうしな。 

「で、この手紙には続きがあってね。
 “また、その際には是非とも我が第三工兵大隊への配属を希望するものであります”だって」
「……そっちが本音かよ」

 つまり、なんかスゲー便利な奴がいるから、自由騎士組合側からこっちに送ってくんないスか? お願いいたしますセンセンシャル、ということだ。
 以前、俺はジエロから騎士団へ誘われた。が、それを一度断っていた。
 ジエロもその時はすんなり引き下がっていたが、まさか裏では自由騎士組合側に働きかけていたとは……

「工兵隊は他の騎士隊と比べて地味で華がないから、なりたがる人もいないのよねぇ。その所為で常に人員不足で大変なのよん。
 ある意味、屋台骨を支える一番重要な部署なんだけどぉ……
 ジエロも今は一部隊を預かる身。優秀な人材の確保に必死になるのも分からいでもないわね。
 で? 客員騎士の依頼、受ける? 断る?」

 もしかしたらジエロとしては、普通に国家騎士に誘うより、客員騎士として招いた方が給料も良くなりなびくのではないかと踏んだのかもしれないが、俺はそもそもカネに困っていないので、客員騎士になったところであまり魅力的ではないんだよなぁ。
 ただ……

「なぁ? その客員騎士とかになったら、金級の推薦とかに役に立ったりするのか?」

 これで金級になれるというのなら、一考の価値があるのではないかと思い、ジュリエットに聞いてみる。

「あまり関係ないわね。むしろ逆で、普通は金級以上の自由騎士が客員騎士として招かれるケースの方が多いわね」

 ジュリエットからもう少し詳しく話を聞くと、客員騎士になれば俺の目的である古代遺跡の未踏破領域へは、それだけで簡単に入れるようになるらしい。
 一応とはいえ、国家騎士だからな。
 ただ、客員騎士になったからと、古代遺跡の調査ばかりもしていられないそうだ。
 いくら客員騎士は国の命令に服従しなくてもいいとはいえ、国からの依頼を一切受けない、というのは中々現実的ではない話しだ。
 最悪、素行不良で解任でもされれば、信用できない奴、というレッテルが張られ金級の推薦すらもらえなくなってしまうだろう、とはジュリエットの談である。
 いくら遺跡に入れる様になっても、実際に足を運べないのであれば本末転倒でしかない。
 というわけで……

「そっか。んじゃ却下で」

 と、今回もお断りすることになったのだった。
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