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地獄の在り方

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 なるほど、道理でわたしでも感知出来ない訳だ。
 それにこの地は封印するには打ってつけだ。

 地獄とは何か?と聴かれたならそれは”低次元”と言う言葉が一番当てはまる。
 ざっくり、言うならこの世界は神力や魔力が扱い難い神力や魔力の低酸素地帯のような場所でありあらゆる存在を低次元に押し込め”圧焼”するところだ。

 この世界では神力や魔力の通りが悪いので世界そのものの感知は極めて難しく地獄の外から中の様子を伺う事は出来ず、中に入って見ないと分からない。
 ただし、人間はこの空間では耐えられない。

 厳密には魂が強靭で有れば耐えられるがそれは”己が魂に刻まれた罪を悔い改める”と言う苦難を経て初めて耐えられる強度に達しそうした者だけが”過越”と言うスキルを持ち結果的に地獄の中でも耐えられる存在になるのだ。
 最も”過越”を得た者が地獄に落ちる事は本来は有り得ず、”罪を悔いる”と言うトレーニング負荷を受けた結果耐えられるようになっただけであり流石にそう言った者でも地獄に落ちると辛いところもあり仮に地獄で自殺すれば死ぬ可能性もある。

 それでも”過越”無い者よりは遥かにマシであり仮に地獄に落ちてもこのスキルがある限り地獄から引き上げれる資格を有する。



「それにしても酷い有様ね……」



 わたしが見つめる先に見える火の池に投げ込まれた者達の有様だ。
 どちらかと言えば、彼らをこの池に投げ込んだのはわたし自身ではあるのだが、それでも悲壮と言うしかない。

 ならば、投げ込まなければ良いではないか?

 それはダメ。
 この世界には真面目に悔い改める為に必死に生きている人間がおり火の池に投げ込まれた彼らはそんな彼らを嘲笑い、必死に生きる彼らの脚を引っ張ったのだ。

 真面目に生きた人間が天国に入るのは当然の事だ。
 だが、それと対極的な事をしておきながら天国に入れたらそれは”理不尽”だ。
 やった事には良くも悪くも必ず報いずして”神”など名乗れる筈がない。
 この点に妥協して公平に裁かなければ真面目に働いた彼らへの侮蔑に他ならない。
 人生とは始まった時から”責任”を追うモノなのだ。
 それが成人した時に気づくか……それより少し早いか、遅いか……或いは永遠に芽生えないか……その差しかない。

 この惨状を見るとわたしが想像するよりも世界に蔓延る不法の芽が多いのは分かる。
 ここにいるのはまだ、罪が軽い部類だ。
 酒の勢いで暴言を吐いたとかイライラしたから怒鳴り散らしたとか怒り付ける事を言い訳に自分の鬱憤を晴らすとか日常的に働く不法程度で収まった者達がこの地獄に入る。

 これは一般人に多く見られる傾向なので一番人数の多い地獄だ。
 わたしが15年前想定していた人数と現在の地獄の時間を逆算すると想定よりも7倍は多いのは哀れみはあるが呆れてもいた。

 ここまで人がお膳立てしておいて7倍悪くなるとは一体なんなのだ……と思いたくなる。
 これに対する答えは人はそれほど生きる事に関心が無いと言う結論に至るしかない。
 アニメなんかで永遠の命に関して関心がある癖にいざ、人が与えようとしても”お節介”とか”不要”と突っぱね、地獄に入る前に必死に命乞いをすると言う人間を見た事があるので……そう言う人間が増えたんだな……と思うと呆れもあるが虚しくもあった。

 わたしが何をしても暖簾に腕押しと言った感じで手答えが無いのだ。
 こうして言う間もこの世界にいるオリジナルのわたしが頑張っている筈なのに……全てを無駄にされているようで不愉快でもある。

 しかも、ここにいる者よりも更に悪い者までいるのだ。
 極悪さを増した罪人はこれの惨状よりも酷い苦痛を受ける。

 例えるなら火の池の1000倍熱い地獄の中で更に金属水素を生み出す圧力が優しく思えるほどの高圧にかけられながらジワジワと殺されると言えば良いだろうか……当然だが、そんなところに人間を押し込めたら後は消滅を待つのみだ。
 しかも、想像できないほど長い時間押し込められる。

 それも神の代行者を騙る者や神の名を利用して勝手に戦争を仕掛けたり異端審問と言う人間の戒めを神の法として勝手に行ったり或いは天啓と言う者を受け「自分は神に選ばれた存在だ!」と嘯き、神の栄光を曇らせるような全く相応しく無い行いをした者などだ。
 太陽神教の幹部やカディアはそこに落とされている筈だ。



「こんな所に落ちたくないって口先で言う癖に……なんで落ちるような事をするんだろう?」



 そればかりは神として人間の行動が理解し難かった。
 人間は長生きする事には全力を出す癖に永遠に生きる努力はまるでしない。
 そればかりか、地獄に落ちる為に不法を行う事には懸命だ。

 何故なのかそれは理解出来なかった。
 生存する事は何よりも優先される。
 それはわたしの独善ではなく人間は生存本能としてそのように作られているからわたしの独り善がりなどでは無い。

 そればかりは未だに理解出来なかった。

 ただ、1つハッキリしている事がある。



「可哀想ではあるけど、結局はその人達が選んだ責任で、誰の責任でもないんだよね」



 わたしはその事実を再確認する様に呟いた。
 そう、結局はどんな理由にしてもそれはその人の責任であり誰のせいでもない。
 理由を誰かに押し付けるなど言語道断だ。
 それは不法と分かっていながらそれに甘んじた人の堕落なのだ。
 その堕落により人を惑わし必死に生きる人の脚を引っ張るならその全ては敵だ。

 例え、世界の全てを殺しても1人の悔い改める人間の為なら全てを敵に回す。
 それがわたしだ。

 その為には力が必要だ……もっと強くならないとならない。
 そして、ここにはそれを叶えるだけのチャンスもある。

 わたしは火の池を一瞥してから目の前にある白亜の神殿を見た。
 地獄に似つかわしくない白亜のギリシャ神殿を思わせる尊大な造りの神殿がそこにあり膨大な魔力が溢れていた。

 わたしにとってそれは最大の強敵になると共に最大のチャンスとなり得る機会だった。

 何故なら、もし、今のわたしがこの力を全て受け継げればどうなるか……言うまでもないからだ。
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