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北欧大戦 イマジンゴッドウォー

戦姫の覚悟

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 軍の病院

 フランスにある軍の病院に1人の面会者が現われた。
 男はIDを機械に翳し、近くのエレベーターに乗り、3階の見舞い相手の病室に向かう。
 3階の廊下に出ると人気の少ない廊下を独りで歩く。
 大戦中は多くの患者がいたが今は軍縮もあり、かつての忙しさはない。
 廊下の突き当り来ると部屋から出てくる男がいた。
 どうやら、先に見舞いに来た者がいたようだ。
 先に見舞いに来た男はこちらに気づくとビシッと敬礼してきた。
 男もそれに応じて敬礼で返し近づいて尋ねた。



「ツーベルトの容態は?」



 背筋を伸ばしたガタイの良い大柄な男は見下ろす様に部下を見つめる。



「先程意識を取り戻しました。健康そのもののようです」



 男は「そうか」と答えると先に見舞いに来た男は敬礼して立ち去り、男はそのまま病室に入って行った。
 この病室の部下は1ヶ月くらい前にテロリスト鎮圧に向かい何者かに撃墜されたらしくそのまま意識不明でいた。
 部屋に入るとそこには置かれたリンゴを丸かじりするツーベルト マキシモフ中尉がいた。



「元気そうで何よりだ。」

「カーン隊長来てくれたんですね!」



 ガイアフォースの幹部にして連隊長であるカーンは部下の無事を確認し顔には出さないが安堵する。



「まぁな。それで体の方はどうだ?」

「この通りです。もう退院でも良いくらいです!」

「ははは、慌てるな。ちゃんと完治してから戻って来い」

「分かりました。その時はテロリストをしっかり倒しますよ。あの時の借りは必ず返します」



 彼は自分の討ったあの機体を撃墜すると誓う。
 テロと言う手段ではなにも解決しない。ただ無闇に人を傷つけるだけだ。
 だから、自分は平和を守り正義の礎に成ると言うのがツーベルトの心情だ。



「そう言えば、お前はここ最近何があった知らないんだよな?」

「えぇ?何か変わった事があったんですか?」



 カーンは最近、起きた出来事を話した。
 誘拐事件から始まったルシファー事件と呼ばれる最大規模のテロ。
 ルシファーは心理兵器を駆使し統合軍を圧倒、エジプト基地を制圧し政府に要求を伝えた。
 心理兵器とはパイロットの心を操り、自害させるシステムの事で地球統合軍はそれに苦戦した。
 だが、政府はテロリストの要求を飲む訳には行かず、ルシファーを打倒すべく動いた。
 その打倒の陣頭指揮を執ったのは極東司令御刀 天音大将。

 彼女が使ったコードブルーと呼ばれるあるパイロットを現す最終兵器の投入によりルシファーは撃破された。
 しかし、その爪痕も残しながら今回の件がかなり戦痕を残した事で政府は軍備拡張路線を取っている。
 なお、軍の中では亀のような化け物が現れたと話題になっているが真偽は不明。
 ただ、戦域にはAPの攻撃では出来ようのない大きなクレーターがいくつか発見され、異形の怪物を捉えた映像まで発見されたと言う話をした。



「ルシファーとはそんなに凄い機体なのですか?」

「話に聞く限りルシファーの攻撃を食らった者は例外なく狂気に駆られ自滅する。唯一の例外はそのコードブルーだけだ」

「一体何者なんですか?」
 
「分からない。セキュリティレベル9の機密事項で性別すら分からない。だが、戦闘記録を見る限り並みのパイロットじゃない。戦闘記録を参考に新型マニューバに研究を始まった程だ」

「新型マニューバ?」

「コードブルーが使用した空中爆圧機動と言うモノだ。足の裏で爆圧を発生させその圧力を踏み台に更なる3次元機動を獲得した機動だ」

「凄いですね」

「あぁ。噂ではまだ何処も実用化出来ずに苦戦している。高い操縦技術を求められて、サジすら投げ出す程だ。それ故にコードブルーは人間ではないとか改造人間とかそんな憶測が飛び交っている」



 ツーベルトは神妙なお持ちで聞いていた。
 聞いた限り、そのコードブルーは着実に英雄の階段を駆け上がっているように思えた。
 つまりは自分と志が同じになるかも知れないと心踊られる彼もいた。
 それが将来、彼とは決して相いれない宿敵になる等とこの時の彼は知る由もない。



「それでその異形の怪物については?」

「今のところ何も分かっていない。分かっている事と言えばその怪物は確かに存在しそれをコードブルーが討伐したと言う事だ」



 その怪物についても敵かも知れないので当然、気になったが現時点で分かっている事はほとんどない。
 何せ、死体する残っていないのだから調査のしようもないのだ。
 その怪物がどれほどの強敵かは分からないが、少なくとも地形を抉る程の怪物だ。
 それなりに強かったのだろうがAP1機で倒せるならそこまでの脅威ではないかも知れないとツーベルトは考えた。



「結局、その戦いはどうなったんですか?」

「コードブルーはルシファーを撃破した。だが、敵は勝利を焦った所為で高出力の心理兵器が放たれた。勝利こそしたが、市民が暴徒となり自害する者が増えたと報告にある」

「そんな……」

「まぁ、最悪の事態が避けられただけマシかも知れない。況して、単機でそれだけの戦果を出せただけで上出来だろう」

「俺なら……」

「ん?」

「俺なら最も上手くやれたはずなのに……くそ!」



 彼は自分が出撃すればその戦に勝てたのではないか?と思った。
 彼も単独で敵を殲滅した経験があり、被害を出さずにやれた経験があるからだ。
 コードブルーが悪い訳ではない。だが……。

 市民を守る為に戦うのが軍人のはずだ。
 戦いで犠牲が出た事にツーベルトはやるせなさを感じていた。
 戦いに犠牲が付き物なのは知っている。

 だが、単独任務を任されるくらいなら相当の技量があるはず……任務遂行こそしているが完璧とは言えない。
 どんな言い訳があろうとコードブルーは市民に被害が及ぶ前に始末出来なかった。




(俺なら上手く……やれたのに)




 ツーベルトは勝手期待を抱き勝手に失望した。自分の意見を欲深く語る。それが英雄の悪性かも知れない。
 



 ◇◇◇


 ベナン基地
 ATルーム。



 吉火はアリシアから頼み事があると言われ、呼び出された。
 ATルームに向かうと既にダイレクトスーツを着込んだアリシアが腕を組み待っていた。
 その顔付きが既に鋭く何にとんでもない要求を予感させた。
 あの戦いから帰って来た彼女の顔付きは既にプロの顔付きに変わっていた。
 吉火も映像を通して彼女の戦いを知っている。
 無数の獣とたった1人で戦う事がどれだけ過酷だったか想像に難くない。
 映像で無数の獣を見ただけの吉火ですら、そのあまりの恐怖心で生唾を呑みながら視聴していた。

 悔しさもあるが、自分が今まで戦って来た中で一番恐ろしい戦場だったと思える。
 1匹の獣の殺気に耐えるだけで精一杯な吉火にとって1000匹近い獣の大群は悪夢でしかない。
 あれだけの死闘を生き残ったのだから最早、運だけで説明できるモノではない。
 それは本人の目つきからして明らかだ。
 歴戦の勇士である吉火ですら、その姿に気圧されてしまいそうだ。
 間違いなく彼女は自分よりも強いと戦士になったと吉火の勘が呟く。

 ライオンと蟻くらいの差を感じてならない。
 そんな彼女は何かを決心したような面持ちで口を開く。
 その覚悟が洗練されており、鋭く逆に畏怖を覚えそうだ。
 そんな戦姫は今、自分にとんでもない命令を下す。



「わたしは111回死ぬのでどうか止めないで下さい」



 「はい?」と思わず、聞き返してしまった。
 意味がすぐには呑み込めなかったと言うより、あまりに現実離れした言葉に思考が追いつかない。
 そんな吉火を見兼ねてかアリシアは補足する。



「AT内部で自分を111回殺すだけの訓練をかけますから、何があっても止めないで下さい」



 より具体的に丁寧に説明し直した。
 それで何となくやりたい事は呑み込めた。
 だが、何故そんな事をするのかは分からず「何故です?」と気が抜けたような言い方で聞き返した。
 どうにも思考が未だに追いつかない。
 何でそこまでする必要があるのか、吉火には理解出来なかった。
 アリシアも自分の意志を伝えようとしているが、吉火にイマイチ伝わっていないと理解出来、自分の髪を弄り、首を傾げた。
 その後、少し項垂れて考えをまとめ吉火にも伝わる言い方を考えた。



「吉火さんは自分に命を刈り取る能力があると思いますか?」

「質問の意図は分かりませんがあるないで答えるならありますね」

「なら、それを死神の鎌と例えましょう」



 その言葉に吉火はハッと目を開く。同じ事を抱いた英雄だったじぶんの事を思い出したからだ。
 彼女がそれに自力で気づけた事は自分の事のように嬉しかった。
 彼女は着実に成長しているのは何とも鼻が高い話だ。



「わたしは望む望まぬに関わらず、あの戦闘で丁度、100人殺しました。加えて救出作戦で11人殺しました。わたしにはそれだけの罪があり責任もある。美しい記憶に縋る資格もありませんし自分が真っ当な死に方が出来るとも思っていません。そして、わたしはわたしの意志で戦う道を選ぶ事にした。ならば、行った事に対する責任を取るべきだと考えました」

「それが111回自分を殺すことか?」

「そうです」



 彼女は顔は至って真面目だ。冗談など微塵もないと顔つきを見れば一目瞭然だ。
 だが、一種の天才だからだろうか?凡人である吉火にはその考えがあまりに跳躍し過ぎて、いまいち理屈が分からない。



「あの……アリシア。君が君なりに物事の責任を果たそうとするのは非常に殊勝な心がけとは思う。その歳でそこまで考えられるのは凄く立派だとも思う。寧ろ、君が並々ならぬ覚悟も誠意を伝わるから百歩譲ってやる事は止めないにしてもです。ただ……」



 吉火はゆっくりとアリシアの言葉を陳謝しながら、小さく息を吸い抑揚をつけた声で訪ねた。



「何故、そんな内容になった!」



 詰まるところ、そこまでやる必要があるのか、分からないという事だ。
 確かにATを利用すれば不可能ではない。
 事実、アリシアは前回の使用時に似たような事を一度経験している。
 それで生きているのだから凄いと言わざるを得ないが、それを111回繰り返すとなるとやはり“異常”としか言いようがない。



「そんなの決まってるじゃないですか。人を殺した痛みは自分も受けなければ正当な取引ではありません。これは自然法則でそうなっています。ぶつぶつ言っても仕方ありません」

「いや、自然法則って……確かに似たような物理法則はありますけど、それとこれとは話が……」



 言いたい事は分からないでもない。
 エネルギー保存の法則に則るなら人に与えたエネルギー(殺す)だけ自分のエネルギーを消費(殺す)と言いたいのは理解できるが、それを溢れんばかりの真摯な眼差しで見つめられると怖い。
 これが冗談でも笑いを取りに行っているわけでもないのだから本当に恐ろしい。狂気すら感じる。
 ここで止めないと本気でいつ死んでも可笑しくない危うさを孕んでいた。



「話は違いません。同じです。とにかくわたしはやると言ったらやります。例え、自分が死ぬ事になっては必ずやり切ります」



 どうやら、自分が死ぬ事も前提に入れてこの要求をしているらしい。
 彼女の事だ。本当にやりだしたら止まらないと本気で思えてしまう。
 吉火は困惑していた。彼女は自分が出会ってきた数々の兵士や教え子の中でも孤立した様に異質な存在感を放っていた。

 自分は天才と言われた口だが、彼女と比べれば自分は凡人に見えるほど彼女との意識の乖離が激しい。
 彼女の事を人間とは違う生き物に見始めようとする自分がいるほどだ。
 中々、吉火には着いて行けそうになくなってきた。
 正直、彼女に着いて行く自信がない。
 そう思った時、カエストの事を思い出す。



 彼女の傍に居てやれ何があっても離れるな



 そう言われた時、吉火は心の中で「言われるまでもない」と答えたはずだった。
 頑張っている彼女を応援したいという気持ちがあったはずなのだ。
 それが揺らいだ事にまた不甲斐なさを感じた。
 自分の想いは、年端もいかない新兵にすら負けているとやはり不甲斐ない。
 1日毎に彼女の勢いは増し、吉火が追い縋らなければ置いて行かれるような勢いがあった。吉火にも意地があった。
 伊達に英雄と言われた男が気持ちで女の子に負けるのはどうにも癪だった。
 吉火は彼女に追い縋ろうとする。



「せめて、何故そこまでするのか?具体的な理由を教えて下さい」



 彼女の事は理解できないがそれでも理解しようとしなければ置いて行かれる気がした。
 考える事をやめた時点で自分は負け犬になると吉火の心が疼いた。
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