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ルシファー事変

藍色からの贈り物と手紙

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「お前の可能性は確かに見せてもらった」



 彼はこちらに近づき対面した。同じネクシルに乗る者。
 会った事はないはずだが、何か言い知れぬ親近感のような者を抱く。
 自分が彼の事を無条件に信じていると客観的に見て訝しいが、それが不思議と主観的に間違っていない気がした。



「お前の戦闘は見させて貰った。どうやら、碌でなしではないらしい」



 どうやって、自分の戦闘を見たのか気になりはしたが、嘘を言っている気はしなかった。
 彼の言葉には澱んだ色も醜さを感じる腐敗臭もしない。
 ただ、素直に自分の感想を述べているだけと感じられる。



「良い映画を見せて貰った報酬だ。受け取ると良い」



 男はそう言って何かのデータを機体に送った。
 そのデータは厳重にロックされ、アリシアが手動で開けようと試みたが開かなかった。



「開かないんだけど?」

「それを開けられるのはお前の機体だけだ。帰ってからゆっくり開けると良い。尤も、開けてもすぐには使えないがな」



 男はそれだけの言い残し背中を向けて去ろうとした。



「待って!」



 アリシアの強く惹かれる言葉に男は振り返った。



「その……ありがとう。助けてくれて」



 色々、聞きたい事はあった。
 でも、最初に出る言葉はそれだった。自分の助けてほしいという願いに応えたのは彼だ。
 彼が助けてくれなければ、自分は死んでいたかも知れない。
 死は覚悟していたが、やはり生きていたと心から思った。
 自分を生かしてくれた人にお礼を述べるのは彼女にとっては当たり前だった。



「ありがとう……か。俺にはその言葉は無縁かも知れないな」



 男は素直には喜んだが、何か感慨にふけるようにどこか遠くを見つめる。アリシアは彼が照れているようにも感じた。
 顔は見えないが、声色でそう感じる。
 感謝される事が無縁と言うのはどこか悲しい気がした。
 彼は間違いなく良い事をした。少なくとも今回はそうだ。偶々1回善行をする人間などいない。

 善行をする人間はそれを続ける。悪行をする人間はそれを続ける。
 アリシアはそういうモノだと思っている。
 だから、彼は善行を続けていたと思う。
 それでも今まで感謝された事がないようで悲しそうでもあり、アリシアの言葉に本当に嬉しそうにしている噛み締めているようにも見えた。
 それはもしかしたら心理兵器に汚染される事と同じくらい理不尽な事かもしれない。



「ねぇ?あなた、名前は?」

「名前?」

「わたしはアリシア アイと言います。あなたは?」



 本来、NPは極秘である為、自分の名前を外部に漏らすのは好ましくはないが、彼とは名前を明かすくらいの繋がりを持っていないといけない気がした。
 ダビデの権威、権能を持つアリシアがそう判断したのだ。



「オレは……シン、神代 シンだ」



 すると、統合軍の接近を探知した彼はすぐさま戦闘機形態に変形し一気に戦域から離れて行った。
 どうやら、統合軍とは関りを持ちたくはないらしい。かといってアリシアも今は統合軍に対してシビアだ。
 何せ、何度も友軍に作戦妨害を測られ、殺されかけたのだ。

 やましい事をしていないのに友軍に命を狙われるなど絶対に良い気分をしない。
 アリシアも警戒し身構えるが、天音からの通信で基地を接収する部隊と天音が派遣した自分の回収部隊だと分かった。
 流石に機体に無理をさせたのもあり、これ以上の戦闘は正直、願い下げた。
 回収部隊に不信感はあったが、天音の事を信頼していないわけでもない。
 回収部隊とアリシアは魚鱗の陣を敷きながらソマリア沖まで撤退した。



 ◇◇◇



 帰還後、吉火にはアストの事を伏せていたが、流石に戦闘時の会話で薄々存在を感づかれたが、強引に押し切ってこれ以上、詮索しないように釘を刺した。
 吉火は命令を守ってくれると思うが、いつまで続くか分からない。
 それにどうやらアストはベナン基地に帰る際に吉火の事を仕切りに聞いていた辺り、どうも吉火の事が嫌いらしい。

 彼に不快な思いをさせたくないので深くは聴かなかった。
 ただ、吉火はアストに勘繰りを入れる可能性はゼロではない。
 NP自体アリシアに隠し事がある以上、用心に越した事はない。
 アリシアは自室の端末を介してアストと共にいる事にした。
 吉火に勘繰られるストレスよりは自分と話した方が良いという彼の意向でもあった。


 部屋に戻ってから「これからよろしくね」と微笑んで挨拶したが、彼は相変わらず無愛想に『はい、よろしくお願いします』とだけ答え必要以上は喋らなかった。
 そのまま部屋格子の傍にある机の上に端末を置き、便箋を取り出しペンを手に取った。
 今まで書けなかったが、手紙を書く約束を果たさねばならないからだ。

 筆を動かす中で様々な思いが浮かぶ。

 自分の行いが正しかったのか?

 自分はこれから何をすれば良いのか?

 自分はどう生きて行けば良いのか?

 自分はまだ弱いのでどうしたら強くなれるのか?

 父の治療費を稼いだ次は何を目指せば良いのか?



 様々な想いが交錯する。だが、1つ言える事があった。



 やれば、できる



 その言葉を持っていけば自分は何があってもやっていけると確信していた。だから、自然と不安はなかった。

 その事を筆に乗せて書いた。



「上手く書けたかな」



 アリシアは1カ月近く忘れていた手紙を1カ月分書き終え、レターボックスに入れに行った。

 世界は混沌としているけど、如何お過ごしですか?私は上手く生きています。徴兵されましたが上手く生きてます。私は今日と言う日を自分なりに懸命に生きる事をこの1カ月で学びました。私は只の1人で凄くちっぽけで情けなくて無力である事を知りました。だから、支えてくれる人を大切にしたいとも思います。

 でも、例えちっぽけでも見えない途方もなく大きな目標に少しでも近づける様に成りたいと思い人生で1番努力した1カ月でした。あ、でもこれからも努力はするよ。私はまだ未熟だから、もっとやらないといけないんです。

 この1カ月はかけがえなくて10年に感じる程長かったけど、私はその10年のお陰で少し……少しだけ強く成れたと思います。努力する力を大切な人から貰えたからかも知れません。

 だから、心配しないで危険仕事をさせられるかもしれないけど、私は決して不幸じゃ在りません。幸い私は周りに恵まれました。だから、元気です。幸せです。“やれば、できる”この1ヶ月で学んだ一番大切な言葉です。それがあればわたしは何でもできるから大丈夫です。近況はこんなところかな。手紙遅れてごめんね。1カ月分送るから許してね。

 アリシア アイ
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