三角形とはちみつ色の夢

睦月

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18.選べ

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「……柚希」
「大丈夫?すぐ救急車呼ぶから。……って、あ。私の携帯、あの男が持ってるんだ。返してもらわなきゃ」

「柚希、柚希、ごめん」


咲良は消え入りそうな声で言った。私の右手を両手で掴み、祈るように頭を下げる。


「私より、謝るべき人がいるんじゃないかなぁ」
「……わかってるよ」


咲良は口をきゅっと結んだ。そして、私の手を離さないままこっちを見る。


「ごめん。巻き込んで。それに、最後まで上原の質問に答えられなかった」
「私か中園さんか選べってやつ?いいよ、わかってるから。即答で中園さんを選ばなかっただけ見直したくらいよ」


本当は結構ダメージを受けてるけど。中園さんか私かどちらか選べなんて質問、一番聞きたくないことだったから。答えはわかっているだけに。

でも、傷だらけで態度までしおらしい咲良にぶつけるのははばかられるので、今は置いておこう。後で憎まれ口でも叩いたら、今日の話を出してやろう。


「即答で瑠璃を選ぶ?そんなわけないだろ」


咲良は心底驚いたような顔でこっちを見た。


「僕がそこまで薄情だと思った?選べないよ。柚希か瑠璃、どちらを助けてほしいかなんて」


今度は私が驚く番だった。咲良の中で中園さんが一番なのは、絶対に変わらないと思っていたから。


「……そっか。へぇ。中園さん以外の人にも気を使えるなんて、成長したのね」



なんて返したらいいのかわからず、そんなことを言ってしまう。咲良の言葉には、もっと意味が込められていたのはわかっていたのだけれど。

咲良は何か言おうとしたけれど、そのまま口を閉じた。

私は中園さんと、中園さんの方を見に行ってくれているあげはの方を向く。


「立てる?咲良。中園さんの方に行こう」



手足を縛ってあった縄をほどきながら言うと、咲良はこくりとうなずいた。側に行っても中園さんはこちらを見ない。

一度だけ、咲良に「選びたい方を選んでいいって言ったのに」とつぶやいた。咲良はごめん、とか大丈夫?とかしきりに話しかけていたけれど、中園さんはもう何も言わなかった。沈黙の中、救急車を待つ。


いつの間に呼んだのだろうか。気が付くと警察が来ていて、上原君ともう一人の男に話を聞いていた。上原君は妙に落ち着き払っていて、すべてを受け入れるように警官と話していた。



「じゃあ、君たち二人署まで来てくれるかな。そっちの子二人もできたら話を聞きたいんだけど……」


警官は私とあげはを見ながら言う。


「私も行きます」


中園さんはいつの間にか警察官の後ろに立っていた。


「いや、君とそっちの君は怪我してるんだから、治療が先だよ」


警官は困ったように言う。


「大丈夫です。行けます。お話ししたいんです」
「そう言われてもなぁ」


警察官はなんとか中園さんをなだめようとしている。上原君は不快そうな顔でその様子を見ていた。


「じゃあ、これだけ言わせてください。別に事件とかではないので。遊んでたら、なんだか楽しくってエスカレートしちゃっただけです。そっちの二人とも友達なので」


上原君はぎょっとした顔で中園さんを見ている。そっちの二人とは、上原君とその協力者のことだ。なぜ中園さんは上原君たちに有利になるような嘘をつくのか。

彼女なりにこのはさんのことを悔やんでいるのだろうか。警察官は、「遊んでたは無理があるだろぉ」と困り顔で言う。


「おい。中園、お前何言って……」

「では、よろしくお願いします」


上原君の言葉を遮り、中園さんは頭を下げてから元いたところに戻って座り込んでしまった。



──結局、上原君と協力者は警察で事情を聞かれることになり、私も参考にと警察署まで行くことになった。あげはと叔父さんがついて来てくれる。咲良と中園さんは救急車で運ばれ、お兄さんが付き添ってくれることになった。


警察署まで行くと、簡単に事情を聞かれ、すぐに帰された。今回のことに深く関わっている過去の事件をどこまで話したらいいのか迷ったけれど、それほど追及されることもなく終わった。時計を見ると、深夜2時。


警官に車で寮まで送ってもらい、起きてきた寮母さんにひとしきり怒られてから部屋に戻った。
長い長い一日だった。

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