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サカダイ編

1277.感傷に浸っている場合ではなく

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 王連の魔力が伴った羽団扇はうちわからの風の衝撃波は、ヒサトに向けて空から放たれた。前回のように地上から巻き上げるような風ではなく、今回は逆に上空から地上へ圧し潰すような勢いのある突風だった。

 ヒサト自身の今のボロボロの状態では、王連の羽団扇から放たれた衝撃波どころか、このまま空から落下して受け身も取れずに地面に激突して、そのまま死んでもおかしくはない状況であった。

 しかしそれでも王連は確実に妖魔退魔師のヒサトを葬ろうとしてか、一切攻撃の手を緩めずにケイノト付近で使われた羽団扇に施したモノと同等の『魔力』で衝撃波を放ったようである。

 既に諦観して死を受け入れているヒサトは、やり遂げた達成感を胸に、この後すぐに訪れるであろう激突の衝撃に備えて覚悟を決めながら瞼を下ろしていた。

 だが、死を受け入れていたヒサトの元に、いつまでも想像上の死神のような存在の姿が現れる事はなく、また痛覚などや地面に激突する衝撃もない為に、ヒサトは恐怖心を抱きながらも恐る恐る目を開くのであった。

 目を開いたヒサトの視界に飛び込んできたのは死神ではなく、凛々しい顔を真っすぐ前方に向けている『キョウカ』組長の姿であった――。

 まだヒサトが意識を失ったままだと思っているキョウカは、彼女の腕の中から自分を見上げているヒサトに気づかずに、そのまま吹き荒れて迫って来る突風を見事に回避して、範囲の外へと移動してみせるのであった。

「どうやら厄介な新手が現れたようじゃな……」

 彼の魔力を込めた羽団扇で出した『風』を完全に見切って、何事も無くそのまま『ヒサト』を突風の外側へと連れ出して見せた『隻眼』の姿に王連は、浮かべていた笑みを消して真顔でそう告げるのだった。

「きょ、キョウカ、く、組長……!」

 吹き荒れる突風の中から無事にヒサトを安全地帯へと運びきった後、ヒサトを抱き抱えたまま空の上に居る『王連』を睨みつけていた『キョウカ』は、自分の腕の中から自分を呼ぶヒサトの声に直ぐに視線を向けた。

「ヒサト……! 無事でよかった!」

 心底ほっとした様子を見せながら、嬉しそうな声色でヒサトの名を呼ぶキョウカであった。

 顔は腫れあがってパンパンになっていて、鼻からでは呼吸すら出来なさそうに見える程に出血をしているが、キョウカから見て命に別状は無さそうであった。

 ヒサトは自分で立てるからと視線でキョウカに訴えると直ぐにキョウカ組長は頷き、その場にヒサトを下ろした。

「す、すみません……。ケイノトの門前にいきなり奴ら『ヒュウガ一派』が現れて……。我々は『退魔組』に近づけさせないように門前を守っていたのですが、多くの組の仲間がやられてしまいました……」

 『退魔組』に居る連中はもうヒュウガと合流を果たしている事だろう。こうなる事を避けるために副総長の『ミスズ』にこの場に派遣をされたというのに、結局何一つ上手く行かずに最後は組長に助けられてしまった。

 ヒサトは任務を上手くこなすことが出来なかった事を今更になって実感が湧いてきてしまったのであった。

「謝るのは私の方よヒサト。ここにヒュウガ一派が現れるかもしれないと『妖魔召士の里』から戻ってきた貴方に前もって教えられていたのに、組長である私が奴らの罠に嵌められて持ち場から離れたのがいけなかったのだもの」

 ――既にこの場にヒサトと近くで倒れている『チジク』以外に『三組』の隊士の姿が見えない。

 もうケイノトの門から湿地帯まで必死に知らせに来てくれた隊士と此処に居る者達以外に『キョウカ』の大事な組員は生きてはいないだろう。

(※厳密にはもう一人、ヒサトが『野槌』の体内から救い出した隊士が今も門前で気絶して倒れているのだが、妖魔退魔師側もキョウカを探しに向かった者と、意識を失ったヒサトを担いでここまで逃げ延びて来た『チジク』しか居らず、キョウカは当然その事を知らない。そして妖魔召士側も激しい戦闘の後、ヒサトを担いで逃げ出したチジクを追いかけるようにジンゼンが指示を出したことで、王連の後を追って全員がその場から南に向かった為にその『三組』の隊士は今も無事である)

 その現実に悲し気に俯いていたキョウカだったが、直ぐに視線を上空に居る天狗の妖魔に移すと口を開いた。

「でも今は感傷に浸っている時でも、起こした行動に後悔をしている場合じゃない。まずはアイツを何とかしないとね……!」

 そう告げるキョウカの視線の先に居る『王連』は、真顔でキョウカの顔を見ながら何か思案をしている様子で攻撃を仕掛けてくる様子はまだ見えなかった。

「奴は上位妖魔召士である『ジンゼン』殿が使役している『式』です。実際に戦ってみましたが噂に違わずといったところでした。奴はまず間違いなくランク『7』の大天狗の『王連』で間違いないでしょう……。お気を付けくださいキョウカ組長!」

「ええ、分かっているわ」

 静かにキョウカがそうヒサトに返すと、彼女は自身の得物である大太刀を抜いて構え始めるのだった。
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