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旅籠編

1011.外れた思惑と生じた動揺

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 『妖魔召士ようましょうし』であるチアキと『予備群よびぐん』であるシグレの戦いが始まり、二人はソフィの目から見ても、その目を見張る程の攻防が繰り広げられていた。

「あのシグレという護衛隊の女子も大したものだな」

 激情に突き動かされて動いている彼女だが、事、戦いにおいてはミスらしきミスも無く、むしろ丁寧に動いている。

 ソフィの経験からいえば、自身の配下であるイリーガルや、エルザのように大剣を振り回しながら相手を威圧しながら強引に、好機を掴んでいくやり方に一見似通っているのだが、その本質はどちらかといえばリディアのように相手の懐に入り込んで自らの犠牲を厭わずに、相手に甚大なダメージを負わせるやり口に、シグレという剣士は似ていると判断をするのだった。

 冷静にシグレという剣士の動きを見ていてソフィが気づいた事は、このシグレがこれまで戦ってきた剣や刀を扱う者の中で、三指に入る程に強い事は間違いないだろうという事であった。

 実際にソフィがシグレと戦っているわけではないが、一瞬で相手の懐に潜り込む能力は、リディアよりも高く、相手の取るであろう行動の先読みという点ではイリーガルよりも鋭い。

 腕力による力の入れ具合、一瞬の体重の乗せ方、相手に甚大なダメージを与えるという事に、イリーガルやエルザ程に突出しているかといわれればそれ程までではないのだが、戦闘という一点においてはソフィがもし戦う相手を選んだとしたならば、シグレの方が厄介だろうなと思えたのであった。

 それはあくまで戦力値の問題ではなく、魔法使いと自負しているソフィが、今のシグレの戦闘相手であるチアキに魔法使いとしての自身を投影して、その戦いずらさを同じように感じているのであった。

 このシグレ程の剣士で対峙する『妖魔召士ようましょうし』の女性に敗れる事があるならば、それはもうシグレの未熟さではなく相手の強さの問題である。

(クックック、これだから強者は分からぬ。屯所でがこれ程の剣士だと誰が気づけようか? 人は見かけによらぬものよな)

 ソフィはそう心の中で呟きながら、目の前の戦いに注視するのであった。

「くっ……!!」

 劣勢ながらにこれまでチアキは剣士シグレの攻撃を避け続けて来たが、どうやらシグレはこの戦闘の中でチアキの防衛所作に対して、ある程度は慣れてきたようであった。

 徐々にではあるが彼女の刀を避ける方向、流させる動作。そしてどのタイミングでそれを利用するかが剣士シグレは理解していった。

 彼女の上司であるコウゾウに対して行われた行動に激昂しながらも、戦闘に於いては冷静に事を運んでいるシグレは、遂にこれまでの計算から、チアキが避けるであろう方向に誘導する為の大振りの力を乗せた一撃を放とうとする。

 シグレはチアキがこの一撃によって一度斜め後ろへ下がり、彼女の刀を流させた後に反転して、シグレの背後へと再び翻すだろうと考えた。

 そこまでを先読みしてわざと大振りをしながらも自分の右側から背後へ回り込むと判断して、見た目は重い一撃のように見せながらも直ぐに、次の行動に出られるように力を抑えるのであった。

 シグレは視線をそのままチアキを映しながらも先読みした先へと、身体の重心を置き換えようと反転させかける。

 ――だが、ここでシグレの思惑は完璧に外される事となった。

 先読みをしてあえて大振りをした一撃。謂わばシグレにとっては、捨ての一撃となる流れを作る為の攻撃だったが、あえてその一撃に合わせてこれまでの動きからは全く予測がつかないチアキの行動が行われたのである。

 それは何とシグレの一撃に際してこれまでのように、後ろへ受け流すような動作では無く、何と手をシグレの前に差し出すような形で突き出してきたのである。

「!?」

 シグレはあえての隙の大きい一撃を繰り出した瞬間であった為、そのまま手を止める事が出来ず、思惑の読めないチアキの罠に吸い込まれるようにそのまま、当初の予定通りに刀を振るう。

 もしシグレのこの大振りが渾身の一撃であったならば、相手の思惑の読めない、この罠ともいえる一手に対しても気兼ねなく振り切っていた事だろうが、シグレもまた誘導をする手筈の一手であった為に、思考が揺れている所為も相まって、中途半端な一手になってしまい、見た目の豪快さに反してそこまで威力のある一撃ではなくなってしまった。

 しかしそれでもシグレの繰り出した一撃によって、チアキの突き出した左手はあっさりと斬られて飛んで行った。

 チアキは一瞬、自身の手が飛んで行く様を見た事で顔を歪める素振りを見せたが、脂汗を流しながらも最後には、しっかりとシグレの懐の中に入り込む事に成功して笑みを見せた。

 そして逆にシグレは自身の懐に潜り込まれた事で、何をされるのか分からないという焦りと、動揺がほんの僅かな一瞬であったがシグレに生じてしまった。

(どうする……? 追撃をしなければ……! し、しかし懐に潜り込まれたこの態勢では、効果的な一撃は見込めない!)

 もし普段の冷静な彼女であれば、もう少し適切に動く事が出来たのだろうが、まさか自分が誘導しようと大振りを繰り出した瞬間に予想外な行動をとられてしまった事で、狙いが読まれたと勘違いをしてしまっていた。

 挙句に懐に入られた事でなにをされるのかと悩みが生じていた。結果シグレがとった行動は、相手の攻撃から身を守る為に、刀を両手でしっかりと握りながら防御に出てしまう。

 それを見たチアキは追撃はないと判断した。
 ようやく相手の連続攻撃を自身の手を犠牲にしたとはっても止める事が出来た為、チアキはこの好機を逃す手はないと目を青くさせて『青い目ブルー・アイ』を発動させた。

「!?」

 そこでようやくシグレは防御をするのでは無く、反撃を警戒してでも追撃をするべき場面だったと理解する。

 『妖魔召士ようましょうし』を相手に至近距離に入る事は難しい。逆に言えば『妖魔召士ようましょうし』の手首を飛ばした時点で最大の好機の場面だったのだ。

 シグレは余程コウゾウが辱められそうになった事で、冷静さを欠いていたようである。
 僅かな数秒の間にシグレは、自分のミスによる後悔が次々と浮かんでくる。

 しかし読んで字の如く、後から悔んだところでもう遅い。シグレの身体はチアキの術によって、自分では動けなくなってしまった。

 自らが招いた僅かな油断と動揺が生んだ事で、折角押していた場面を無駄にしてしまった。手足が動かない状況だが目はまともに動くようで、目の前でチアキが懐に右手を伸ばしながら齷齪あくせくしながらも『式札』を取り出し始めた。

「残念ね? 私を追い詰めておきながら好機を生かせなかった事を後悔しなさい」

 そう言ってチアキは、取り出した『式札』をシグレの頭上に投げるのであった。

 ……
 ……
 ……
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