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第9章 新たな生活

第320話 ミストの主カニバル

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「この先を真っ直ぐだ。」

「わ、わかった……。」

 トウカに導かれ、腐食地ミストを進んでいるのだが……。先程魔力のない魔物に襲われてからというものの、彼女は俺の服の裾をずっと掴んで離してくれない。

 これは彼女曰く、さっきのように霧の中ではぐれないようにするため……らしい。
 まぁ、少し動きづらいがこうしていたほうがお互いのためなのかな。

 と、そう割り切って再び辺りに充満した霧の中を進んでいると……。

 カチッ。

「……!!」

 時計の針が止まるような音と共に、俺以外の全ての時が止まった。危険予知だ。

「どこだ?」

 腰からアーティファクトを引き抜き、周囲に目を向けるが深い霧に覆われているためまったく視界が取れない。

 そんなときナナシが声を上げた。

『主、前だ。霧をかき分けて何かが飛んできている。』

「助かった!!」

 ナナシのその声を聞いた瞬間、俺はトウカを引っ張る。すると時間が再び元に戻っていく。

「えっ?」

 気付いた時には俺の方に引っ張られていたトウカは何が起こったのかわからないらしい素っ頓狂な声を上げる。
 それとほぼ同時に、前方から霧をかき分けて黒い棘のような物が俺達の真横を通り過ぎていった。

「こ、攻撃!?どうして……魔力も感じなかったのに。」

 動揺する彼女の前に立ち、アーティファクトを構えると魔力を放出して少し視界を取る。するとまた、正確に俺たちのいる場所へと黒い棘が何本も飛んできた。

「はっ!!」

 飛んでくる棘を打ち落としながら、右手に魔力を込める。そして一瞬の隙をついて棘の飛んでくる方向へと火球を放つ。
 放った火球は霧をかき分け、飛んできている棘を燃やし尽くしながら真っ直ぐに進む。すると、一瞬火球が掻き分けた霧の奥で濁った赤色の目がキラリと光った。

「見えたぞ。」

 再び両手で握りしめたアーティファクトに大量の魔力を流し、真横に一閃する。
 それによってできた大きな魔力を纏った斬撃は霧を消し飛ばしながら先程目が光った場所へと飛んでいく。

「…………。」

 放った斬撃はその赤い眼の持ち主に消されてしまう。だが、その斬撃によってできた道を俺も斬撃とほぼ同じスピードでくぐってきていた。

「そこだッ!!」

 下段から左上へとアーティファクトを切り上げる。確実に捉えたと思ったその一撃は、とんでもなく硬い何かにぶつかると、それによって起こった衝撃波で辺り一帯の霧が消し飛んだ。
 そしてついに俺たちに攻撃してきていたやつに対面する。

 霧の中で俺達を攻撃してきていたのは……。

「ッ!?ジャック?」

 見覚えのある狼男のような風貌、それに思わず驚き彼の名を口にするが、すぐに違うことがわかる。
 ジャックとは違い、銀色ではなく黒く染まった体毛、少しも柔らかそうではない逆立った毛並みの尻尾。彼とは大違いだった。

 しかし、その名を口にしたときそいつは笑った。

「ジャック……その名前久しぶりに聞いたぜ?」

「ッ!!」

 その言葉と同時に俺のアーティファクトを受け止めていたさか尻尾を薙ぎ払い吹き飛ばされる。

「アイツの知り合いか、まぁそんなことはどうでもいい。それよりもお前は…………。」

 そう話している最中、黒い狼男の口角が吊り上がり、獰猛な獣の牙がむき出しになる。

。」

 狂気に染まったその笑み……。それと同時に、ヤツの纏う雰囲気が変わった。

「てっきり、そこの神獣狩りがのこのこと餌になりに来たと思って待ってたが、まさかもっと美味そうなヤツを連れてきてくれるとはなァ。今日はツイてやがるっ!!」

 雄叫びのような笑い声で愉快そうに笑いながらヤツは俺に獲物を見るような視線を向けてくる。

 そんなとき後ろから声が響いてきた。

「か、カオル!!そいつがカニバルだっ!!気を付け…………。」

「餌が騒ぐなよ神獣狩りィ。あとでゆっくり喰ってやる、そこで待っていやがれ。」

 ブンッと風を凪ぐ音と共に、逆立った毛並みの尻尾を振ると、先程俺たちを襲った棘が容赦なくトウカヘと放たれる。

「やらせるかっ!!」

 真横を通り過ぎようとしたそれを打ち落とすと、俺の視界からカニバルが消えていた。

「少し味見してやる。」

「ッ!!」

 カニバルは視界から消えたのではない。俺の懐深くへと潜り込んできていたのだ。そして俺の足目掛けて噛みつこうとしてきた。

『反撃します。』
 
 その時、瞬時に俺の体が勝手に動き、体を回転させその噛みつきを躱すとカニバルの顔面に後ろ回し蹴りを叩き込んでいた。

「グォッ!!」

 顔面にもろにそれを喰らったカニバルは大きく仰け反ると、口元を拭いながらこちらにに視線を向ける。

「クハハッ……焦らすじゃねぇか。もうこっちは餓えてるってのによォッ!!だが、その抵抗がお前を更に美味くする。生きたまま身体を喰われ最後に浮かべる表情が楽しみだ。」

 そう言ってニヤリと笑うと、ヤツの手足の毛が紅く染まっていく。
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