80 / 178
第4幕:解け合う未来の奇想曲(カプリッチオ)
第2-6節:露骨なまでの敵視と侮蔑
しおりを挟むその人に対し、リカルドはノエル様をなんとか引き離してから声をかける。当然、ふたりだけの甘々なひとときを中断させられたノエル様は少し不満そうな顔をしていたけど、この場は大人しく我慢しているようだ。
「キール! ここまでノエルの護衛、ご苦労だった。無事に送り届けたこと、見事である」
「勿体ないお言葉、痛み入ります」
「ヴァーランドへ戻るまではいつも以上に気が抜けないだろうし、公務などもあって大変だと思うがよろしく頼むぞ」
「御意」
「そうだ、ノエルとキールに紹介したい者がいる。フィルザード家に嫁いできた僕の妻だ。――シャロン、こっちに来て挨拶を」
「は、はいっ!」
リカルド様からご指命を受け、私は背筋が伸びる想いがした。その場にいた全員の注目が私に集まり、さらに初めての外交の実践ということもあって否が応にも緊張で体が震える。
心臓はドクンドクンと耳に響くほどに大きく高鳴り、全身にはじんわりと汗が滲んでくる。押しつぶされそうになる圧力と得も言われぬ寒気。穏やかな表情を浮かべようにも顔がどうしても強張ってしまう。
こんなにもプレッシャーを感じるなんて思ってもみなかった。覚悟もイメージトレーニングも出来ていたはずなのに……。
――でもここでリカルドに恥をかかせるわけにはいかない!
その一心で精神状態を何とか制御し、表向きは落ち着いた様子を見せつつ彼らのところへ歩み寄っていく。
「シャロンと申します。どうかお見知りおきを」
私はドレスの裾の端を軽く握って頭を下げ、お淑やかな口調で挨拶をした。その瞬間には表情の硬さも少しは和らいでいた気がする。
意識していなかったけど、私の体は勝手に動いていた。これは幼い頃から父に教え込まれてきた貴族の所作が、自然に出たということなんだと思う。こうしてうまく乗りきれることがある度に、父への感謝の気持ちをあらためて感じる。
そんな私に対し、ノエル様は小さく舌打ちをした。しかも敵意の灯った瞳で睨みつけてきて、歓迎されていない雰囲気が明らかに伝わってくる。
「……ふーん、貴様がシャロンか。なんとなく噂には聞いている。一応、この場はリカルド兄様の顔を立てて、名乗るだけはしておく。俺はノエルだ」
「この度はわざわざフィルザードへお越しいただき、ありがとうござ――」
「どうでもいい! 時間の無駄だから、もう俺に話しかけるな。そもそも俺は貴様のような平民上がりの小娘なんか、リカルド兄様の奥方として認めていないからな。この泥棒猫め」
「なっ! ど、泥棒猫っ!?」
「そうだ、俺からリカルド兄様を奪った泥棒猫だ。早くどこかへ行け。シッシッ!」
ノエル様は表情に嫌悪感をたっぷりと滲ませ、私に向かって虫や獣でも追い払うかのような手振りをした。瞳にも蔑むような意思と凍えるような冷たさが漂っている。
私への態度はリカルドに対するものと露骨に違っていて、私は唖然として何も言葉が出てこない。
そもそも彼は私のことを『小娘』と言っているけど、私の方が年上のはず。ちょっとカチンと来るけど、状況や自分の置かれている立場を考え、その感情は表に出さずに腹の中でグッと堪える。
するとそんな私たちの様子を見ていたキールさんが慌てて私の目の前に来て腰を落とし、狼狽えながら深々と頭を下ろす。
「し、失礼しました、シャロン様! 我が主の非礼をどうかお許しくださいッ! 申し遅れましたっ、私はノエル様にお仕えしている親衛隊長のキールと申します!」
「こちらこそよろしくお願いします、キールさん。私は気にしていませんから、頭をお上げください」
「寛大なるお言葉、感謝いたします!」
「キール! こんな小娘に恐縮する必要なんてないぞ!」
「し、しかし……」
恐る恐る顔を上げ、私とノエル様を交互に見やるキールさん。どう対応すればいいのか、困惑しているのが傍目にも分かる。
そんな中、助け船を出したのはリカルドだった。彼はノエル様の頭を拳で軽く小突き、深い溜息をつく。
「こらっ、ノエル! 僕の妻に対して失礼すぎるだろ。さすがに僕だって怒るぞ?」
「っ!? ご、ごめんなさい、リカルド兄様。つい本音が出てしまって。こういう場では思ってても口にしてはいけないんでしたね。社交辞令というものでしたっけ」
「お前、それこそ分かっててわざと言ってるだろ? やれやれ……」
リカルドは肩を落とし、ガクッと項垂れた。その彼が視線を下に向けている隙を狙い、ノエル様は私に向かってベーッと舌を出す。
本当に小生意気というか、内面はまだまだ年相応に幼い子だ。リカルドがいなかったら手が付けられないかもしれない。
――いや、むしろリカルドの前だからこそ、はしゃいでやっているのかな?
「あっ、そうだ! リカルド兄様のためにビスケットを手に入れて、持ってきたんですよ。あとでお茶と一緒に食べましょう」
「何っ!? ビスケットだとっ?」
「以前、食べたがっていたじゃないですか。それを覚えていて、今日のためになんとか手に入れました」
「お前っ、気が利くじゃないか! 最高だぞっ!」
「えへへへ!」
リカルド様が満面の笑みを浮かべてノエル様の頭をグシャグシャと無造作に撫でると、ノエル様は恍惚とした表情で為すがままになっていた。
ただ、よく見ると彼は時折チラチラと私に視線を向け、優越感に浸っているかのようにニタリと口元を緩めている。
なんだろう、見せつけられているような気がして、さすがにイラッとしたかも。
「よし、あとでシャロンにお茶を用意させて一緒に――」
「おい、スピーナ! あとでお前が貴賓室にお茶を持ってこい。俺とリカルド兄様の分だ。間違ってもほかの者には任せるなよ?」
「承知しました、ノエル様」
リカルドの言葉を遮って命令をしたノエル様に対し、スピーナさんはいつもと変わらぬ冷静な態度で即答した。そこに迷いは一切感じられない。
つまり命令の優先順位をどうするべきか、状況を見てその判断が瞬時に出来ているんだろう。その点に関しては、困惑して狼狽えていたキールさんとは対照的だ。
(つづく……)
11
あなたにおすすめの小説
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
転生貧乏令嬢メイドは見なかった!
seo
恋愛
血筋だけ特殊なファニー・イエッセル・クリスタラーは、名前や身元を偽りメイド業に勤しんでいた。何もないただ広いだけの領地はそれだけでお金がかかり、古い屋敷も修繕費がいくらあっても足りない。
いつものようにお茶会の給仕に携わった彼女は、令息たちの会話に耳を疑う。ある女性を誰が口説き落とせるかの賭けをしていた。その対象は彼女だった。絶対こいつらに関わらない。そんな決意は虚しく、親しくなれるように手筈を整えろと脅され断りきれなかった。抵抗はしたものの身分の壁は高く、メイドとしても令嬢としても賭けの舞台に上がることに。
これは前世の記憶を持つ貧乏な令嬢が、見なかったことにしたかったのに巻き込まれ、自分の存在を見なかったことにしない人たちと出会った物語。
#逆ハー風なところあり
#他サイトさまでも掲載しています(作者名2文字違いもあり)
プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)
犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。
『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』
ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。
まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。
みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。
でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる