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『特別な人』101

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 夜間保育の手伝いを始めてから2か月めに入った頃、通常業務中に
給湯室に行こうとブース横の通路を歩いていると外回りから帰って来たのか
相原さんとすれ違う恰好になった。


 私は軽く会釈をして給湯室に向かおうとしたのだけれど、相原さんに
呼び止められた。


『なんだろう……』





「君さ、時々遅くに保育所にいるよね、なんで?
 保育士の資格持ってるの?」



 いきなり予想外の人物から無防備な状況で矢継ぎ早に質問され、
一瞬私はひるんだ。

 あまりのことで完全に私の脳はショートしたようだった。


 口の中はカラカラ、いつもの明晰な思考回路は何としても作動してくれず、
立て板に水の如し……とまではいかずとも、なんとかして体裁の整う返事を
返したいと思うのにどうにもならないのだ。



『しようがない……』




「申し訳ありませんが上手く説明できないので芦田さんに訊いて
いただけますか。スミマセン」



 そう私が返事をすると相原さんが何故か困った表情をしていた。

 そんな彼をその場に残し、私は給湯室に向かった。

 私は誰もいない個室スペースに入るとドッと疲れを感じた。



『やだ、なんかあの人やりづらい~』



           ◇ ◇ ◇ ◇




 親しみを込めたつもりで気軽に声を掛けたのにスルーされた形になり、
気落ちする相原だった。

『自分は何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか』と少し
ガックリときた。

 普段相馬との遣り取りなんかを見た感じと初日に声を掛けてきた感じから、
もっと話しやすい相手だと思っていたのだがそうでもなかったようだ。



          ◇ ◇ ◇ ◇



 それほど親しくもない相手に上手く話せそうになく、芦田さんに
訊いて下さいと言ったものの、本当は相原さんにちゃんと説明できれば
良かったのかもしれない。


 ……とはいうものの後で冷静になって考えてみると、あながち間違っても
なかったかなと思えた。

 芦田さんが更年期であることをペラペラ自分がしゃべっていいことでは
ないからだ。


 相原さんに上手く説明できなかったことに対してモヤモヤしていたけれど、
この考えに行き着いたことで、花の胸の中にあったモヤモヤがあっさりと
雲散霧消していくのだった。




 またこの日を境に花は相原に対して苦手意識を持つようになってしまった。


 その為それ以降なるべく相原には係わらないようにと、意図的に
避けていた。


 それなのに……。


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