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Encore*玉手箱はお受けいたしかねま…す?
玉手箱はお受けいたしかねま…す?[2]ー①
しおりを挟む「アキっ…ん、」
口にした名前が、持ち主の咥内に呑み込まれていく。
待ちきれないとばかりに侵入してきた舌に口腔をかき回され、彼に馴らされた躰はあっという間に極上のキスに身を委ねようとし始める。
スーツの背中を握りしめた手はひんやりと冷たいままなのに、体の内側は一瞬で熱くなった。
「ふっ……ンん、ア、キっ……」
ここは玄関の三和土で、まだ靴も脱いでいない。
「だからちょっと待って」――そう言いたいのに、分かっていて邪魔するみたいに熱い舌がわたしを追いかけてくる。
あの後、【串富】の大将が『婚約祝いだ』と言って振舞ってくれた料理の数々と、“生トーマラガー”を堪能したわたしたちは、揃ってわたしの家に帰ってきた。
玄関を開けて入るなりアキに抱きしめられて、今はこの状態。
これで何度目だろう――ここでこんなふうにされるのは。
出張で数日会えなかった時は、『我慢できない』とばかりにすぐに抱きしめられる。この後、暴走し始めたドラネコを制せるかどうかは、今のところ50 / 50。
会えない時間が長かった時ほど、負けることが多い。
それでいうと今回は――。
「きゃっ、」
突然抱え上げられて小さな悲鳴が漏れる。「アキっ」と叫ぶと、彼は不敵な笑みでわたしを見上げてくる。
「ここでこのまま抱いてもいいなら下ろすけど?」
「なっ、」
――いいわけあるかっ!
「だよね? 前の時はずいぶん怒られたしな」
「なっ、」
それは言わない約束でしょっ!
本社でのプレゼン大会のあと、まだあちらでの仕事が残っているというアキと翌日から通常業務のわたしは別々に関西に戻ることになった。
それから五日後、こちらに戻って来たアキがわたしのところにやってきて―――。
ダメ、思い出させないでっ…!
こんなところで……静川一生の不覚っ!!
口を開けたまま絶句しているわたしに、アキが「先に謝っておくよ、今日はごめんね?」と小首を傾げながらわたしの顔を覗き込んでくる。
これ。この『先に謝っておく』が曲者なんだって!
可愛く謝っておけば許されると思って……くぅ~、このドラネコめ!
アキはわたしを抱えたまま、器用にわたしの靴を脱がし、スタスタと廊下を進んでいく。
「ここも久しぶりだなぁ」
なんか懐かしい感出していらっしゃいますけど、ここに来るのが久しぶりなだけで、全然会ってないわけじゃありませんから!
関西に戻って来たアキは、なんとこっちにマンションを買った。
それも大阪のど真ん中。関西支部がある梅田の“キタ”はもちろん、わたしが勤める工場にも近く、更に新幹線の駅へのアクセスも良い場所。関西と東京の本社と行ったり来たりすることが多いからだろう。
わたしの部屋の1LDKがすっぽり収まりそうなほど広いリビングダイニングからは、橋が見下ろせる。
3LDKあって寝室もベッドも広いので、近頃はわたしがそちらに行くことの方が多かった。
――なんて思っているうちに、ベッドに背中からボスンと落とされ、すぐさま圧し掛かられる。
「ちょっ、…待って、待とう待ちましょう」
待てば待つとき待ちなはれっ!
押し返そうと出した手を取られる。アキはわたしの首筋に顔を埋めて「すんすん」と鼻を動かした。
「うん。シャワー不要」
「なっ、」
だから!それはきみの都合であって、わたしの都合ではないの!
仕事上がりで汗もかいたし、居酒屋臭だって落としたい。
「大丈夫、美味しそうな匂いしかしない」
「なっ…!――んっ、」
わたしが抗議の声を上げる前に、アキがわたしの首筋をペロリと舐めた。身を竦ませると今度は耳朶を齧られる。
「うん、大丈夫。今日も甘い」
満足そうに言ってくれてますけど、全然意味が分りませんから!
「あまっくな、い……し、おいしくもっ、やっ、ないっから……先、っん、に…シャワーを…やんっ、」
口が自由な今のうちに要望を伝えたいのに、いたずらな唇のせいで途切れ途切れになってしまう。
アキは「ちゅうっ」と音を立ててわたしの首筋をきつく吸うと、顔を上げてにっこりと微笑んだ。
「それにどうせすぐに汗だくになるんだ。責任をもってあとでちゃんと洗ってあげる」
その「ちゃんと」も曲者なんですーーーっ!!
わたしはやっぱり今日の夜も長いことを、早々に悟った。
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