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Chapter15*ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。

ラスボスは、地下(ダンジョン)ではなく最上階にいる。[1]ー⑤

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「おまえをビール嫌いにしたのは他でもない私だったんだな……」

ひどく苦々しげに落とされた声。

そちらに顔を向けると、当麻CEOが額を押さえて項垂れるようにうつむいていた。
彼は今やっと、幼い日のアキの悲しみを知ったのかもしれない。

「……本当に駄目な父親だな、わたしは。清香(さやか)を失って悲しかったのは自分だけではない。おまえにも、美寧にも……本当に寂しく辛い思いばかりをさせてしまった……。あの頃の自分を殴り飛ばしたいくらいだ」

うつむいているCEOの顔は見えない。けれど、彼が後悔の念にさいなまれていることはひしひしと伝わって来た。

「父さん」

アキが真っ直ぐに言った。

「大丈夫、ちゃんと分かっている。あれは父さんなりに、母さんの死を乗り越えるために必要なことだったんだって。仕事に打ち込んでいないと悲しくてやりきれなかった。それほどに父さんが母さんを愛していたこと、今なら分かるから」
聡臣あきおみ……」

顔を上げ、アキの瞳を見つめ返して呟いた父親に、アキは一度頷いてみせる。そして、真っ直ぐな瞳でハッキリと言った。

「父さん――いえ、CEO。ビールが苦手だった私だからこそ、造れるものがある――そう思います」
「……勝算はあるのか」
「はい。Eddy Brewing社の他にも、関西で独自にクラフトビールを製造しているブルワリーとの業務提携の算段もつけてあります」
「そうか」
「はい。それに、この仕事を彼女には手伝ってもらおうと考えています」
「へっ?」

いきなり話を振られて、キョトンとなるわたし。

アキの仕事を手伝う?わたしが……?
そんな話、まったく聞いてませんけどーっ!

呑気に(アキったらいつのまにそんな大きな仕事をしていたのかなぁ)なんて感心している場合じゃない。

目を白黒させてアキを見上げていると、CEOがわたしを見た。

「静川さん」
「は、はいっ!」

CEOの視線が真っ直ぐにわたしに向けられている。

コンペの賞を頂いた時と同じ、アキとよく似た目尻の下がる二重まぶた。目尻に刻まれたシワの深さは、彼がこれまで歩んで来た歴史のように感じる。
カッチリと後ろに流された髪はアキとは違う髪質のようで、漆黒の間にところどころに白いものが混じっていた。

あの時、優しげに細められていた垂れ目は、今は一ミリもゆるませることなくわたしを捉えている。

心臓が早鐘を打った。

色々あってすっかり頭から飛んでいたけど、CEOはわたしのことも呼んだんだった……。
いよいよ何か言われるのかも。

背筋を伸ばした体が強張るのと、CEOが話し出すのは同時だった。

「聡臣はああ言っているが、あなたはどうですか?」
「わたし……」
「様子を見たところ、今初めて聞いたのでは? ブルワリー立ち上げの話を」
「は、はい……」
「息子は勝手にあなたを巻き込むつもりでいるようだが、そうなるとあなたは今の場所で働き続けることは難しくなる。そんな大事なことを、あらかじめ本人の了承も取り付けずに上司に報告するような男に、これからついて行くことは出来ると思われますか?」
「………」
「それは、」

横からアキが何かを言おうと口を開く。けれどそれを遮るようにCEOは強い口調で言った。

「だが――これだけのグループのトップに立とうというのなら、ある程度は独断的決断力を求められることもまた事実。我々の身近にいる者は、その他大勢よりも振り回されることになるでしょう」

ブルワリー設立の話はまだ正式契約前のよう。そんな段階で、わたしみたいな子会社の平社員に話を漏らすことは出来ないと思う。

さすがに『彼女に手伝ってもらおうと思っている』と言われたのには驚いたし、あとできちんと文句も言うつもり。

けど今は――。

膝の上のアキの手を一度ぎゅっと握ると、わたしはソファーから立ち上がった。
隣から「静さん!?」と驚く声が聞こえたけれど、わたしはアキに顔を向けることなく、真っ直ぐに正面を見据えた。

スーッと息を吸い込んで丹田に力を込める。
向けられている視線から一瞬も目を逸らさず、意を決して口を開いた。

「わたし――心から愛しているんです!」

間を置かず、ありったけの想いを込めて続けた。


「トーマビールのことを!!」

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