あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

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Chapter13*泡はなるもの?帰するもの?

泡はなるもの?帰するもの?[2]ー④

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「こちらです」

そう言って青水あおみさんが案内してくれたのは、さっきまでいたミーティングルームより更に上の十九階だった。

明らかに他の階とは雰囲気の違う通路には、社内報やホームページくらいでしか見ることのない肩書のプレートが付いた立派な扉が並んでいる。

人気ひとけのないせいか、はたまた足元に敷き詰められた上質な絨毯のせいなのか。役員フロアはシンと静まり返り、足音すらしない。わたしたちが歩く時のかすかな衣擦れの音だけが、妙に大きく聞こえていた。

自分が場違いなことを実感しながら黙って進んだ通路の突き当り。前を歩く青水さんが静かに足を止めた。彼女の肩越しに、【Chief Marketing Officer  Akiomi Tohma】と書かれたプレートが見える。

ゴクリと生唾を飲み込んだ。
この扉の向こうに彼がいる。そう思ったら、否応なしに鼓動が加速していく。

会いたい。けど怖い。
怖い。けど会いたい。

口から飛び出そうなほど心臓が暴れ出して、足が震えそうになる。

落ち着けわたしっ! 女は度胸なんでしょ!?

そう心の中で自分に向かって叫んだ時、隣に立つ青水さんがこちらを見た。凛とした瞳がわたしを真っ直ぐに見つめる。

(え、何か……?)

そう疑問に思った時、彼女が口を開いた。

わたくし、実は当麻CMOとは同期なのです」
「は?」
「CMOはトーマビールの社員として入社されました。ですので、彼のことは入社直後の研修の時からよく存じ上げております」

何が言いたいの? ……もしかして宣戦布告!?

『グループ子会社のアテンダント如きが、のこのこ・・・・こんなところまで来るなんて、厚かましいだろうよ』とでも?

胸の内が不穏に波立ったとき。

「彼はとても優秀な方です。これからのTohmaトーマ背負しょって立つのにふさわしい人物だと、一社員として僭越ではありますがそう思っています」

今度は突然、アキのことをべた褒め。
彼の優秀さを語るつもりで牽制されてる……?

やっぱり何を言われるのかと身構えてしまう。だけど、彼女が続けた言葉は意外なものだった。

「そんなCMOに、入社後浮いた話はほとんどありません」
「え、」
「とても真面目な方なので、異性関係の悪い噂などを一度も耳にしたことはございませんし、特定の相手をここに連れ込んだこともないと聞いています。……ただ、おモテになるのは事実ですので、寄ってくる女性の方も少なくはないようですが」
「……はぁ」

何が言いたいのかますます分からなくなってきた。

「ですので、本来でしたら私用の女性をこちらに通すことはしないのですが……」

え、それってやっぱり「こんなところまで何しに来てんだよ」ってことなの?

「上司が――高柳統括が静川さまをお連れする方が、きっとCMOのためになるだろうと」
「えっ!」

思ったより大きな声が出てしまい、慌てて口を手のひらで塞ぐと、なぜか青水さんから「すみません……」と謝られた。

「何が言いたいか分かりづらいですよね……わたし、こういうことって実は苦手で………」

何が苦手だというのだろう。
御曹司のところに押しかけてきた女の手引き?それとも上司の女性問題に首を突っ込むことだろうか。 

上司命令で嫌々案内してきたのなら、そりゃ苦情のひとつでも言いたくなるよね。うん、分かるわ。わたしだって自分でも公私混同甚だしいと思っているもの。

嫌な役目を請け負ってくれた青水さんには、きちんと謝罪とお礼を言わなきゃね。
そう思って口を開いたが、彼女がなにやらもごもごと呟いていた。

「企画書の方が簡単」だの「わたしじゃ力量不足なのに」だのという言葉が切れ切れに耳に届く。そして「もうっ、滉太さんめ……」と恨めしげに呟いた。

「あの……」

さっさと謝って本来の目的に辿り着きたい。私の目的はこのドアの向こう側なのだ。
話をする時間はきっと限られていると思う。彼は忙しい人なのだから。
そう思ったらどうしても焦りが生じてしまう。

わたしの気配を察したのか、彼女はキリっとした瞳を見開き、「この際だからストレートに言います!」と言った。思わず身構える。

「CMOは遊びで女性と付き合うようなタイプじゃありません。ご自身の立場のことを誰よりも理解されています。むしろ本気で好きになった女性には一生尽くすタイプだろう――と高柳が言ってました。わたしもその通りだと思います!」

目を見開いて固まったままのわたしの顔を、彼女は小首を傾げてのぞき込んでくる。

「お好きなんですよね? 当麻くんのこと……きっとすごく」

わたしはそれに黙って頷いた。
すると彼女はそれまでのキリっとした顔をゆるめ、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。

「好きな相手のことを知るのが怖いということ、よく分かります。だけど、ご自分のお好きな方のことを、どうか信じてあげてください」

その言葉にわたしは黙ったまま大きく頷く。すると青水さんは、はにかんだような笑顔で、「頑張ってください」と言ってくれた。

それまでとは打って変わった可愛らしい笑顔に思わず見惚れていると、突然キリっとした顔つきに戻り、「では、わたくしはこれで。失礼いたします」と綺麗なお辞儀をして去って行った。

背筋の伸びた綺麗な後ろ姿が見えなくなったあと、わたしは覚悟を決めた。

そうよ、今が一番の勝負所。ここで逃げたら女がすたるってもんでしょ!

好きな人のためなら黙って身を引く? いいえ、何もしないで逃げ出すなんて二度と御免。たとえ砕け散ったとしても、自分のパーツくらい自力でつなぎ合わせてみせる。

わたしは泡になんてならない。

泡はビールだけでいいんだから!!


わたしはおへその下の丹田にグッと力を込め、背筋を伸ばすと、握った右手で目の前の扉をノックした。



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