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Chapter13*泡はなるもの?帰するもの?
泡はなるもの?帰するもの?[1]ー①
しおりを挟むアキのホテルを訊ねたわたしは、さすがに謝りに来たのに勝手に部屋には入れないと、以前のように暗証番号を使うことはせず、ひとまずホテルのフロントで彼を呼び出してもらうことに。
自分の名前と彼の名前と部屋番号を言ったのに――。
『お尋ねの方は当ホテルにはご滞在しておりません』
そう返ってきた。
何度確認しても、フロントマンは同じ答えしか返さない。頭からつま先にかけてサーっと血の気が引いていくのが分かった。
あまりにわたしの顔がひどかったのだろう、フロントマンから『お客様、大丈夫でしょうか』と心配される始末。
そうなってわたしはやっと『すみません……お手数おかけいたしました』とフロントを離れた。
そしてロビーの端の壁際で、今度こそわたしは彼に電話を掛けた。
けれど――。
「……わ、…ずかわ、……静っ!」
「え、あ、はい……何ですか?」
「何ですかって……おまえな……。大丈夫か? これから本番なんだぞ?」
「……すみません、大丈夫です」
少しぼんやりしていたみたい。
小さく謝るわたしに、晶人さんが隣で「はぁっ」と大きな溜め息をついた。
「大舞台だから緊張するのは分かるが、これまで通りでいい。いつものおまえなら絶対に大丈夫だ」
「はい……ありがとうございます」
今度はちゃんとしっかりとした口調で頷くと、晶人さんが眉間のしわをゆるめた。
わたしはコンペの最終プレゼン大会のため、東京にある【Tohma】本社に出張で来ていた。上司である晶人さんは、お目付け役兼プレゼン補助の同行員だ。
都内某所にある二十階建ての自社ビルには、親会社である【Tohmaグループホールディングス株式会社】はもちろん、【株式会社トーマビール】をはじめとしたグループ各社の本社が入っている。
私が属する【株式会社トーマビールコミュニケーションズ】もここにあるから、何度か訪れたことがある。
初めて訪れたのは、三年前の転職試験の時だった。あの時はとても緊張したのを今でも覚えている。
けれど、あの時より今の方が断然緊張している。『怖い』と言った方が近いかも。
二月ラストの金曜日。
本社のレセプションルームでは、現在コンペの最終プレゼン大会の真っ只中。
プレゼン大会は二部制で、わたしはこれから始まる第二部の方。
自分が出場する部ではない方のプレゼンは客席で拝聴することが出来るため、わたしもさっきまでは第一部の人のプレゼンを聴いていた。
さすが全国各地の選考をくぐり抜けてきただけあって、どれもこれも本当に素晴らしい企画ばかり。
審査員席には、グループ各社の社長や重役、そしてTohmaホールディングス代表取締役社長兼CEOのお姿もあった。
そんな中で、自分の企画を発表する日が来るとは…!
今緊張しないでいつするの!?
でもそれだけじゃない。
このチャンスを逃したら、わたしはきっと一生後悔することになる。
「晶人さん」
「なんだ、静川」
発表者控室には人が少ないとはいえ、仕事中にもかかわらずうっかり名前で呼んでしまった。晶人さんがそれを咎めなかったのをいいことに、わたしは話を続けた。
「あの話……よろしくお願いします、よ?」
「あの話? ああ……行きの新幹線で言っていたやつか」
「はい」
神妙な顔で頷くと、晶人さんはじっとわたしを見つめてくる。
もの言いたげな瞳には敢えて気付かない振りをして、わたしは彼をじっと見つめ返した。
「……分かってる。心配するな、あの後おまえに頼まれた時点ですぐに手は打ってある」
「本当ですか…!」
さすがTohmaのエリート!仕事が早い。
「ああ。……だから今はプレゼンに集中しろよ。他のことに気を取られて失敗でもしようものなら、その件もナシにするからな、静」
「分かっています」
「すべてはプレゼンが終わってからだ」
真剣な顔でわたしにそう念を押した晶人さんに、わたしも負けず劣らず真剣な顔で頷き返した。
アキとはあの日から会っていない。
彼は――わたしの前から姿を消した。
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