あいにくですが、エリート御曹司の蜜愛はお断りいたします。

汐埼ゆたか

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Chapter12*Not the glass slippers but the red shoes.

Not the glass slippers but the red shoes.[3]-④

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「名前だってそうばい! カッコイイ名前持っとぉとに、ひとつも使わんでくさ・・!」

『くさ』ってやっぱり『くさ』? 使わないから『腐る』っていいたいの?
でも――。

「全然良くない……名前で揶揄からかわれたことがない森ちゃんにわたしの気持ちなんて分から、」
「希々花にだってあるったい……名前で揶揄われたことくらい」
「えっ!」

希々花ののか』だなんて可愛らしい名前のどこに揶揄う要素があるっていうのだろう。

「フルネームの森希々花もりののかから『もりのなか』――で、そっから『森のくまさん』とか『もりくま』とか『くま』とかっ」
「……小学生の男子とかが面白がって言いそうなことだけど……。でも、わたしみたいに大人になってまであれこれ言われることないじゃない」

むっつりと言ったわたし。
名前のことを言われると、どうしてもムキになってしまう。
『吉野』という名前は、二十年以上ずっと一番のコンプレックスなのだ。

だけど、森が眉を跳ね上げた。

「大人になってまで、誰にも呼ばせんくらい自分の名前を嫌っとぉ人の方がおかしかと!」

『おかしい』とまで言われて、さすがのわたしもカチンときた。

「だって……嫌なんだもんっ! 吉野なんて……呼ばれるたびに可愛くないって言われてるみたいじゃない……」
「こんのぉぉぉっ……静さんのあんぽんたん!」
「あ、あんぽん……!?」
「名前のこと、ごちゃごちゃ言いよるケツの穴ば小さかヤツの言うことなんか、聞かんでよかっ!」
「ケッ、」

おおよそ彼女の口から出たとは思えないワードを聞いた衝撃で、怒りがどこかに飛んでいく。

「静さんは『吉野』っち名前にピッタリのカッコイイ女なんよ! それに可愛らしか女たいっ! 静さんは……そげん言ってくれる男に出会っとらんだけばいっ!!」

半分叫ぶように言い切った森が、ぜえぜえと肩で息をする。
うつむいて呼吸を整えていた彼女は、「だから静さんは、」と言いながら顔を上げた。

「うわっ!!またっ…! ごめんなさいっ、言いすぎました~っ! やけん・・・いつも毒舌とか歯に衣着せんっち友達に言われとぅとにっ、」

森が焦るのも当然。再び決壊したわたしの両目から滂沱ぼうだの涙が溢れているのだから。

「静さぁぁんっ」

顔を覆ってしゃくりあげるわたしの背中を撫でながら、森が情けない声を上げる。彼女はどうやら鬼の目から出るものに弱いらしい。

一生懸命にわたしのことを励まそうとしてくれる後輩に、これ以上誤解と謝罪をさせるわけにはいかない。顔を覆ったままわたしは声を絞りだした。

「ち、がうの……森ちゃんのせいじゃない……。……いた、の……」
「えっ! 静さんどっか痛いんですか!?」

森らしい聞き違いがおかしくて少し冷静になる。「ううん、ちがう」と頭を振ってから顔を上げた。

「いたのよ……名前のこと褒めてくれてたひと……」
「えっ! ……それって……」
「うん……アキ、当麻聡臣。……彼だけだったの……こんなわたしのこと『可愛い』って……名前も素敵だってカッコイイって……そう言ってくれてたのに……」
「静さん……」
「それなのにわたしっ……彼のこと信じきれなかった……彼は元カレとはちがうって分かってたのに……あんなひどい言葉までっ……」

涙が再び勢いを増して、わたしは嗚咽を漏らしながら両手に顔をうずめた。そんなわたしの背中を、森が大きくゆっくり撫でてくれる。

「アキ……哀しそうな顔、してたっ……わたし……彼を、傷つけたんだっ」

最後に見た彼のひどく辛そうな顔が目に浮かんで、自分がそんな顔をさせてしまったのだと思うと胸に後悔が押し寄せる。
アキは斎藤とは違うと分かっていたのに、わたしは自分が傷つくのを怖れるあまり、彼のことを傷つけたのだ。

わたしの背中をさすりながら、森が言った。

「そやったら、謝らはったらいいんですよぉ、静さん。失敗やあやまちくらい誰にだってあるやないですかぁ。静さんだってのん・・が失敗をしても、謝ったら許してくれはるやないですかぁ」
「で、でもっ……」

どの面を下げて彼の前に行けばいいというの?

「許してもらわれへんかもって謝りもせんで怖がっとるんはぁ、女がすたりますよぉ!それでなくてももう三十なんやさかい、ミイラになる前に何とかせな」
「ま、まだ二十九にじゅうきゅ、」
せからしか・・・・・

静かにピシャリと言われて首を竦める。だけど背中の手はずっと優しくて。森がわたしのことを本当に心配してくれていることが分かった。

「わ、わたし………謝らな、きゃ……アキに会ってちゃんと、言わないとっ……」
「その意気ですぅっ! 女は度胸ですよ、静さぁん」
「ありがとね、森」
「どういたしましてぇ! でももし謝っても許してくれへんかったら……」
「かったら……?」
「そんなケツの穴の小さか男ばこっちから願い下げったい!もっとよか男ば探しに行くん、希々花が付き合っちゃるけん!」

胸の前でこぶしを握った森の鼻息が荒くて、わたしはなんだか可笑しくなった。
同じようにこぶしを握って「そうね!うん、そうするわっ!」と言った拍子に、わたしの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


このあと森が、どうやって良い物件・・と出会うのか、そして自分の何をアピールすれば成功するのかなどを滔々と語っていて、それに感心したり笑ったりした。

そうしているうちに、ちょうど涙が乾いた頃、コンビニに行っていた晶人さんが戻ってきて。わたしに『食事と睡眠をしっかり取るように』と念を押した晶人さんは、森を連れて帰って行った。

そういえば、森の好きな人の話を聞きそびれたな。

ふとそんなことを思ったけれど、まずは自分のこと。
誤解してひどいことを言ってしまったことを謝らないと。

そう決意してスマホを手に取り、表示された番号をタップしようとしたけれど、直前になって手を止めた。

「そうだ……ちゃんと顔を見て謝ろう」

電話口だと、顔が見えない。
ひどいことを言ってしまったことを、きちんと顔を見て謝りたかった。
彼だって、わたしに直接謝りに来てくれたじゃない。

そうと決まれば善は急げ。わたしは取るものも取り敢えず、家を飛び出した。

幸い明日は公休日。
いつまでだって待てる。もし追い返されたとしても、いつまでだって粘ってやる。
前の時みたいに、何もせずに自分から身を引いたりなんてするもんか。


年上なめんなっ――!



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