58 / 106
Chapter12*Not the glass slippers but the red shoes.
Not the glass slippers but the red shoes.[3]-④
しおりを挟む
「名前だってそうばい! カッコイイ名前持っとぉとに、ひとつも使わんでくさ!」
『くさ』ってやっぱり『腐』? 使わないから『腐る』っていいたいの?
でも――。
「全然良くない……名前で揶揄われたことがない森ちゃんにわたしの気持ちなんて分から、」
「希々花にだってあるったい……名前で揶揄われたことくらい」
「えっ!」
『希々花』だなんて可愛らしい名前のどこに揶揄う要素があるっていうのだろう。
「フルネームの森希々花から『もりのなか』――で、そっから『森のくまさん』とか『もりくま』とか『くま』とかっ」
「……小学生の男子とかが面白がって言いそうなことだけど……。でも、わたしみたいに大人になってまであれこれ言われることないじゃない」
むっつりと言ったわたし。
名前のことを言われると、どうしてもムキになってしまう。
『吉野』という名前は、二十年以上ずっと一番のコンプレックスなのだ。
だけど、森が眉を跳ね上げた。
「大人になってまで、誰にも呼ばせんくらい自分の名前を嫌っとぉ人の方がおかしかと!」
『おかしい』とまで言われて、さすがのわたしもカチンときた。
「だって……嫌なんだもんっ! 吉野なんて……呼ばれるたびに可愛くないって言われてるみたいじゃない……」
「こんのぉぉぉっ……静さんのあんぽんたん!」
「あ、あんぽん……!?」
「名前のこと、ごちゃごちゃ言いよるケツの穴ば小さかヤツの言うことなんか、聞かんでよかっ!」
「ケッ、」
おおよそ彼女の口から出たとは思えないワードを聞いた衝撃で、怒りがどこかに飛んでいく。
「静さんは『吉野』っち名前にピッタリのカッコイイ女なんよ! それに可愛らしか女たいっ! 静さんは……そげん言ってくれる男に出会っとらんだけばいっ!!」
半分叫ぶように言い切った森が、ぜえぜえと肩で息をする。
うつむいて呼吸を整えていた彼女は、「だから静さんは、」と言いながら顔を上げた。
「うわっ!!またっ…! ごめんなさいっ、言いすぎました~っ! やけんいつも毒舌とか歯に衣着せんっち友達に言われとぅとにっ、」
森が焦るのも当然。再び決壊したわたしの両目から滂沱の涙が溢れているのだから。
「静さぁぁんっ」
顔を覆ってしゃくりあげるわたしの背中を撫でながら、森が情けない声を上げる。彼女はどうやら鬼の目から出るものに弱いらしい。
一生懸命にわたしのことを励まそうとしてくれる後輩に、これ以上誤解と謝罪をさせるわけにはいかない。顔を覆ったままわたしは声を絞りだした。
「ち、がうの……森ちゃんのせいじゃない……。……いた、の……」
「えっ! 静さんどっか痛いんですか!?」
森らしい聞き違いがおかしくて少し冷静になる。「ううん、ちがう」と頭を振ってから顔を上げた。
「いたのよ……名前のこと褒めてくれてたひと……」
「えっ! ……それって……」
「うん……アキ、当麻聡臣。……彼だけだったの……こんなわたしのこと『可愛い』って……名前も素敵だってカッコイイって……そう言ってくれてたのに……」
「静さん……」
「それなのにわたしっ……彼のこと信じきれなかった……彼は元カレとはちがうって分かってたのに……あんなひどい言葉までっ……」
涙が再び勢いを増して、わたしは嗚咽を漏らしながら両手に顔を埋めた。そんなわたしの背中を、森が大きくゆっくり撫でてくれる。
「アキ……哀しそうな顔、してたっ……わたし……彼を、傷つけたんだっ」
最後に見た彼のひどく辛そうな顔が目に浮かんで、自分がそんな顔をさせてしまったのだと思うと胸に後悔が押し寄せる。
アキは斎藤とは違うと分かっていたのに、わたしは自分が傷つくのを怖れるあまり、彼のことを傷つけたのだ。
わたしの背中をさすりながら、森が言った。
「そやったら、謝らはったらいいんですよぉ、静さん。失敗やあやまちくらい誰にだってあるやないですかぁ。静さんだってのんが失敗をしても、謝ったら許してくれはるやないですかぁ」
「で、でもっ……」
どの面を下げて彼の前に行けばいいというの?
「許してもらわれへんかもって謝りもせんで怖がっとるんはぁ、女が廃りますよぉ!それでなくてももう三十なんやさかい、ミイラになる前に何とかせな」
「ま、まだ二十九、」
「せからしか」
静かにピシャリと言われて首を竦める。だけど背中の手はずっと優しくて。森がわたしのことを本当に心配してくれていることが分かった。
「わ、わたし………謝らな、きゃ……アキに会ってちゃんと、言わないとっ……」
「その意気ですぅっ! 女は度胸ですよ、静さぁん」
「ありがとね、森」
「どういたしましてぇ! でももし謝っても許してくれへんかったら……」
「かったら……?」
「そんなケツの穴の小さか男ばこっちから願い下げったい!もっとよか男ば探しに行くん、希々花が付き合っちゃるけん!」
胸の前でこぶしを握った森の鼻息が荒くて、わたしはなんだか可笑しくなった。
同じようにこぶしを握って「そうね!うん、そうするわっ!」と言った拍子に、わたしの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
このあと森が、どうやって良い物件と出会うのか、そして自分の何をアピールすれば成功するのかなどを滔々と語っていて、それに感心したり笑ったりした。
そうしているうちに、ちょうど涙が乾いた頃、コンビニに行っていた晶人さんが戻ってきて。わたしに『食事と睡眠をしっかり取るように』と念を押した晶人さんは、森を連れて帰って行った。
そういえば、森の好きな人の話を聞きそびれたな。
ふとそんなことを思ったけれど、まずは自分のこと。
誤解してひどいことを言ってしまったことを謝らないと。
そう決意してスマホを手に取り、表示された番号をタップしようとしたけれど、直前になって手を止めた。
「そうだ……ちゃんと顔を見て謝ろう」
電話口だと、顔が見えない。
ひどいことを言ってしまったことを、きちんと顔を見て謝りたかった。
彼だって、わたしに直接謝りに来てくれたじゃない。
そうと決まれば善は急げ。わたしは取るものも取り敢えず、家を飛び出した。
幸い明日は公休日。
いつまでだって待てる。もし追い返されたとしても、いつまでだって粘ってやる。
前の時みたいに、何もせずに自分から身を引いたりなんてするもんか。
年上なめんなっ――!
『くさ』ってやっぱり『腐』? 使わないから『腐る』っていいたいの?
でも――。
「全然良くない……名前で揶揄われたことがない森ちゃんにわたしの気持ちなんて分から、」
「希々花にだってあるったい……名前で揶揄われたことくらい」
「えっ!」
『希々花』だなんて可愛らしい名前のどこに揶揄う要素があるっていうのだろう。
「フルネームの森希々花から『もりのなか』――で、そっから『森のくまさん』とか『もりくま』とか『くま』とかっ」
「……小学生の男子とかが面白がって言いそうなことだけど……。でも、わたしみたいに大人になってまであれこれ言われることないじゃない」
むっつりと言ったわたし。
名前のことを言われると、どうしてもムキになってしまう。
『吉野』という名前は、二十年以上ずっと一番のコンプレックスなのだ。
だけど、森が眉を跳ね上げた。
「大人になってまで、誰にも呼ばせんくらい自分の名前を嫌っとぉ人の方がおかしかと!」
『おかしい』とまで言われて、さすがのわたしもカチンときた。
「だって……嫌なんだもんっ! 吉野なんて……呼ばれるたびに可愛くないって言われてるみたいじゃない……」
「こんのぉぉぉっ……静さんのあんぽんたん!」
「あ、あんぽん……!?」
「名前のこと、ごちゃごちゃ言いよるケツの穴ば小さかヤツの言うことなんか、聞かんでよかっ!」
「ケッ、」
おおよそ彼女の口から出たとは思えないワードを聞いた衝撃で、怒りがどこかに飛んでいく。
「静さんは『吉野』っち名前にピッタリのカッコイイ女なんよ! それに可愛らしか女たいっ! 静さんは……そげん言ってくれる男に出会っとらんだけばいっ!!」
半分叫ぶように言い切った森が、ぜえぜえと肩で息をする。
うつむいて呼吸を整えていた彼女は、「だから静さんは、」と言いながら顔を上げた。
「うわっ!!またっ…! ごめんなさいっ、言いすぎました~っ! やけんいつも毒舌とか歯に衣着せんっち友達に言われとぅとにっ、」
森が焦るのも当然。再び決壊したわたしの両目から滂沱の涙が溢れているのだから。
「静さぁぁんっ」
顔を覆ってしゃくりあげるわたしの背中を撫でながら、森が情けない声を上げる。彼女はどうやら鬼の目から出るものに弱いらしい。
一生懸命にわたしのことを励まそうとしてくれる後輩に、これ以上誤解と謝罪をさせるわけにはいかない。顔を覆ったままわたしは声を絞りだした。
「ち、がうの……森ちゃんのせいじゃない……。……いた、の……」
「えっ! 静さんどっか痛いんですか!?」
森らしい聞き違いがおかしくて少し冷静になる。「ううん、ちがう」と頭を振ってから顔を上げた。
「いたのよ……名前のこと褒めてくれてたひと……」
「えっ! ……それって……」
「うん……アキ、当麻聡臣。……彼だけだったの……こんなわたしのこと『可愛い』って……名前も素敵だってカッコイイって……そう言ってくれてたのに……」
「静さん……」
「それなのにわたしっ……彼のこと信じきれなかった……彼は元カレとはちがうって分かってたのに……あんなひどい言葉までっ……」
涙が再び勢いを増して、わたしは嗚咽を漏らしながら両手に顔を埋めた。そんなわたしの背中を、森が大きくゆっくり撫でてくれる。
「アキ……哀しそうな顔、してたっ……わたし……彼を、傷つけたんだっ」
最後に見た彼のひどく辛そうな顔が目に浮かんで、自分がそんな顔をさせてしまったのだと思うと胸に後悔が押し寄せる。
アキは斎藤とは違うと分かっていたのに、わたしは自分が傷つくのを怖れるあまり、彼のことを傷つけたのだ。
わたしの背中をさすりながら、森が言った。
「そやったら、謝らはったらいいんですよぉ、静さん。失敗やあやまちくらい誰にだってあるやないですかぁ。静さんだってのんが失敗をしても、謝ったら許してくれはるやないですかぁ」
「で、でもっ……」
どの面を下げて彼の前に行けばいいというの?
「許してもらわれへんかもって謝りもせんで怖がっとるんはぁ、女が廃りますよぉ!それでなくてももう三十なんやさかい、ミイラになる前に何とかせな」
「ま、まだ二十九、」
「せからしか」
静かにピシャリと言われて首を竦める。だけど背中の手はずっと優しくて。森がわたしのことを本当に心配してくれていることが分かった。
「わ、わたし………謝らな、きゃ……アキに会ってちゃんと、言わないとっ……」
「その意気ですぅっ! 女は度胸ですよ、静さぁん」
「ありがとね、森」
「どういたしましてぇ! でももし謝っても許してくれへんかったら……」
「かったら……?」
「そんなケツの穴の小さか男ばこっちから願い下げったい!もっとよか男ば探しに行くん、希々花が付き合っちゃるけん!」
胸の前でこぶしを握った森の鼻息が荒くて、わたしはなんだか可笑しくなった。
同じようにこぶしを握って「そうね!うん、そうするわっ!」と言った拍子に、わたしの目から涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
このあと森が、どうやって良い物件と出会うのか、そして自分の何をアピールすれば成功するのかなどを滔々と語っていて、それに感心したり笑ったりした。
そうしているうちに、ちょうど涙が乾いた頃、コンビニに行っていた晶人さんが戻ってきて。わたしに『食事と睡眠をしっかり取るように』と念を押した晶人さんは、森を連れて帰って行った。
そういえば、森の好きな人の話を聞きそびれたな。
ふとそんなことを思ったけれど、まずは自分のこと。
誤解してひどいことを言ってしまったことを謝らないと。
そう決意してスマホを手に取り、表示された番号をタップしようとしたけれど、直前になって手を止めた。
「そうだ……ちゃんと顔を見て謝ろう」
電話口だと、顔が見えない。
ひどいことを言ってしまったことを、きちんと顔を見て謝りたかった。
彼だって、わたしに直接謝りに来てくれたじゃない。
そうと決まれば善は急げ。わたしは取るものも取り敢えず、家を飛び出した。
幸い明日は公休日。
いつまでだって待てる。もし追い返されたとしても、いつまでだって粘ってやる。
前の時みたいに、何もせずに自分から身を引いたりなんてするもんか。
年上なめんなっ――!
0
お気に入りに追加
225
あなたにおすすめの小説
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる
ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。
だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。
あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは……
幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!?
これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。
※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。
「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

忘れたとは言わせない。〜エリートドクターと再会したら、溺愛が始まりました〜
青花美来
恋愛
「……三年前、一緒に寝た間柄だろ?」
三年前のあの一夜のことは、もう過去のことのはずなのに。
一夜の過ちとして、もう忘れたはずなのに。
「忘れたとは言わせねぇぞ?」
偶然再会したら、心も身体も翻弄されてしまって。
「……今度こそ、逃がすつもりも離すつもりもねぇから」
その溺愛からは、もう逃れられない。
*第16回恋愛小説大賞奨励賞受賞しました*
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》


【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。