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Chapter12*Not the glass slippers but the red shoes.
Not the glass slippers but the red shoes.[2]-①
しおりを挟むピンポーン――。
呼び鈴の音でハッと顔を上げた。いつの間にかまた眠ってしまっていたらしい。
もしかしてアキかも。
そう思うと体が固まるけど、いい加減逃げずに白黒つけないといけない。逃げていても何も変わらないのだから。
腹をくくって立ち上がったわたしは、インターホンのモニターに映る人を見て、急いで玄関に向かった。
「どうしたんですか……急に」
「どうしたもこうしたも。おまえの様子が気になって来たに決まってるだろ」
「………ご心配おかけしてすみませんでした……」
開いた玄関扉の前に立つ彼に、わたしは頭を下げた。
インターホンのモニターに映っていたのは晶人さん。仕事帰りなのかスーツのままで。
どうしてここに――と驚いたが、彼はわたしの家を知る唯一の人。上司だということもあるけれど、関西に親戚も知り合いもいないわたしは、何かあった時のために彼に住所を教えていたのだ。
「謝らなくてもいい。それよりも具合はどうなんだ?」
「……あの時よりはマシに」
「そうか。それは良かった」
「ありがとうございます」
お互いにぽつぽつと短いやり取りを交わす。部下の安否確認が済んだ晶人さんは、すぐに帰るだろうと思った。
――けれど。
「静がもし大丈夫なら……ちょっといいか?」
「え、あ、……はい」
「おまえと話しをしたいやつを連れてきたんだ」
「わたしと話したい……」
「今は車で待たせてある。どうするかはおまえの意思を尊重するよ。体調のこともあるし、無理そうなら断ってくれていい」
そう言って晶人さんはこちらをじっと見つめた。
わたしと話したい人って……アキ?
わざわざ晶人さんに頼んでまで、わたしと話をしたかったってこと……?
いや。と言うよりも、いつまでも逃げ回っているわたしに業を煮やして、別れ話の仲介を頼んだのだろう。
彼にとってはいずれ自分が背負って立つ会社のグループ社員。下手に切り捨てたらどんなことになるかを懸念したのかも。
胸を抉るような痛みに思わず顔をしかめると、ポンと頭の上に重みが乗った。
「やっぱりやめておこうか。体調が万全ではないようだし、もう少し時間を置いた方がいいかもしれないな」
そう言ってわたしの頭をポンポンと軽く叩く。
面倒見の良い彼は、昔からよくケンカの仲裁に入ったり仲を取り持ったりしていた。
困っている人を見過ごせない性分なんだろうな。そう思うと、これ以上彼に甘えて面倒をかけるのも申し訳なくなってくる。
「―――いえ。……大丈夫です、会います」
「いいのか?」
「………はい」
わたしが頷くと、彼は胸ポケットからスマホを取り出し、いくつか操作をしてから元の位置に仕舞った。
「許可が下りたと連絡を入れたから、すぐに上がってくるだろう」
唇をキュッと噛み締めて頷くと、頭の上にさっきと同じ重みが。
「入れ替わりで俺は車で待っておくから、ゆっくり話をしたらいい」
「はい……」
「もし体調が優れなくなったら、無理はせずに切り上げろよ?向こうにもそう言ってある」
「はい……」
うつむいたまま小さな返事をくり返している間、晶人さんの手はわたしの頭の上にあって、励ますようにそっと撫で続けてくれている。
そうだ、しっかりしなきゃ。
仕事もグダグダで、こんなふうに第三者まで巻き込んで。
これ以上逃げ続けたって結果が変わるわけじゃないんだから。
もう一度唇をきつく噛みしめると、頭の重みが消えた。顔を上げると、まっすぐにわたしを見下ろす瞳が。
くっきりとした二重まぶた。形の良いアーモンドアイ。
一瞬、漆黒の虹彩が濡れたように光った気がして、胸がざわりと不穏に波立つ。無意識に足を後ろに引いた次の時、額に大きな手がペタリと当てられた。
「あ、」
「熱は……ないな。でも顔色が良くない。今日だけじゃなくて、ここのところずっとだったろ。……何かあったんじゃないのか、静」
「っ、」
晶人さんは顔を傾けて、わたしの顔を心配そうにのぞき込んでくる。
気付かれていたなんて――。
仕事中に色恋ごとを顔や態度に出すなんて……社畜失格。我ながら情けない。
わたしは額に置かれた手をそっと掴み、それを剥がしながら口を開いた。
『なんでもありません』――そう言おうとしたとき。
「そういうことか」
艶やかな中低音が耳に届いた。
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