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Chapter10*おしゃべりスズメのつづらにご用心?

おしゃべりスズメのつづらにご用心?[2]―②

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思わず溜め息をつきそうになった時、森が「はぁっ」と盛大な溜め息をついた。

「ほんまにもう……静さんったらぁ相変わらずなんですからぁ」

よもや森ちゃんに溜め息をつかれるようになるとは……(世も末すぎる)

「なんもないわけないやないですかぁ」

へっ?

「明日は女の子の一大イベントなんですよぉぉぉ?」

一大イベント?

「そうですっ!決戦の金曜日なんですぅぅっ!」

森がそう言った途端、頭の中にとある・・・曲が流れ始める。アップテンポの女性ボーカル曲。好きな人に告白する女の子の歌だよね?

「ってことは、森ちゃんは明日地下鉄に乗って告白しにいくの?」
「それもまったくの間違いではないですがぁ……でも残念ハズレ!」

おっと、またハズレた。なんなんだよ、森。地味に嫌がらせなの?

「明日はバレンタインですよ!」
「――ああっ!」

ポンと手を打ったわたしに、森がまた大きな溜め息をつく。

「静さんはぁ明日はお休みしはるからぁ、今日中に渡しとこおもおて。いつもお世話になってますぅチョコですぅ」
「なるほど。ありがとう」

『いつもお世話になっています』かぁ。先輩に感謝チョコをくれるなんて可愛いところあるじゃない、森ちゃん。

「そっちは自分チョコ?」

森が手に残っている方の紙袋を見ながら訊ねると、森は「ちゃいますよぉ。のん・・用のはぁお家にありますぅ」と言う。

「これは……非常用ですぅ。いつなんどきぃどんな出会いが来るか分かりませんからねぇ? チャンスを逃さんよう持ち歩いとるんですぅ」
「そ、そうなんだ……」

バレンタインにかける情熱がすごすぎるよ、森ちゃん……。ある意味尊敬する。

「でもやっぱりこういうのはぁ、イベント当日が一番やないですかぁ? だから明日一日頑張りますぅ!」

その頑張りを少しは仕事に発揮しておくれ…森ちゃんよ……。

「静さんはぁ……」
「ん?」

森は続きを口にせず、ただわたしをじっと見つめた。黒めがちな丸い瞳に、なにか意味ありげな光が宿っている気がする。

「森ちゃん?」
「じゃあのん・・はぁこれでぇ~。お先ですぅ」
「うん、お疲れ。気を付けて帰るのよ」
「ふぁ~い」

相変わらず緊張感のない返事に苦笑い。
軽やかな足取りで帰っていく彼女の手には、ピンクのバッグとライトブルーの紙袋が楽しげに揺れている。

(さすが意識高い系女子が持つと、紙袋まで高級に見えるわね。お喋りスズメだ、ゲテモノがうじゃうじゃだ、なんて思ってごめんね……)

そんな反省をしながら、「今度こそは」とパソコンに向き直った。

順調にキーボードをカタカタと鳴らし、集めたデータをひとつのファイルにまとめる。
小さな仕事をひと段落させて、「うーん」と伸びをした時、デスクの上の赤い紙袋が目に入った。

(そっかぁ、明日はバレンタインかぁ……。最近は自分へのご褒美チョコの割合が年々増えているらしいし、来年はうちの売店でもそういう企画があってもいいかもしれないわね。ま、わたしは甘いものが好きじゃないからバレンタインなんて関係な―――)

「──くないっ!」

うっかり声に出して叫んでしまった。慌てて口を手で塞ぐ。
良かった……今は事務所ここにわたしひとりだけだった。

「バレンタイン……関係あるじゃないっ…!」

出来たばかりの恋人が甘いものが大好きだというのに、わたしはどうしてそのことを忘れていたんだろう。

多分この三年間、恋愛がらみのイベントを極力頭に入れないようにしていたからかも。じゃないと、斎藤と付き合っていた時のことを思い出してしまって辛かったから。

努力の甲斐あって?元カレと別れて四度目になる今回、わたしの中から“バレンタイン”は見事に商業イベントと化していた。

「やばいっ、こんなことしてる場合じゃないわ!」

労働は尊いが、出来たばかりの年下カレシも尊いのだ。

自分の女子力の枯渇ぶりにバッタリと倒れそうな気持ではあるが、今はそんな場合じゃない。うかうかしてたらあと数時間で二月十四日バレンタインになってしまうじゃない……!

パソコンを秒でシャットダウンしたわたしは、マッハで事務所を後にした。



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