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Chapter10*おしゃべりスズメのつづらにご用心?
おしゃべりスズメのつづらにご用心?[1]―③
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「それはそうと、静川」
それまで黙ってコーヒーを飲んでいた晶人さんが、突然口を開いた。
「……はい」
「Tohma本社での最終プレゼンは、今月末の可能性が濃厚らしい」
「えぇっ…!それはまた……ずいぶんとお早くて……」
今日が二月十三日だということを考えれば、あと約半月で最終選考があるということ。
さすがトーマ本社の企画担当。精鋭部隊が集まるだけあって、相当仕事が早い。じゃないと、こんなスピードでグループ全社対象のプレゼン大会なんて開けないと思う。
「ああ、そうだな。今あるものをそのまま持っていけばいいが、それでも更なる練り上げはした方がいい。関西代表の一人として恥ずかしくないようにな」
「……はい。頑張ります」
『関西代表の一人』なんてプレッシャーを掛けられたら、頑張らないわけにはいかない。わたしが下手を打ったら、今度は上司の晶人さんだけでなく、関西工場長や支部長の顔に泥を塗ることになってしまう。
なんだか大ごとになってきたぞ……。
思っていたよりも責任重大なことに気付き、今さらながら冷汗が出そうになった。
そんなわたしに晶人さんは、「だから、一人で抱え込むなよ。悩んだらきちんと上司の俺に相談すること」と言いながら、またポンっと頭を軽く叩いた。
「ちょっ、結城課長!」
さっきと違って今は森がいる。そんな気軽に頭をポンポンと触られたら、このやかましいお喋りスズメが何と言って来ることやら。
妙に焦って森の方を見ると、彼女は別のところを見ていて。
わたしがホッとするのと彼女が立ち上がるのは、ほとんど同時だった。
「森…?」
「お疲れさまですぅぅぅ~!」
ぬうぉっ! 耳にキーンと来たんですけど!?
脳天に刺さるような甲高い声に顔をしかめながら、わたしは彼女の背中を目で追った。
思わず息を呑む。
入り口にCMOが立っていた。
「お疲れ様です。―――お邪魔してしまいましたか?」
「そんなこと全然ありませぇん!」
彼のところに駆け寄る。しっぽがついていたら絶対ぶんぶんだろうな。あ、ちなみにしっぽの形は、ふさふさでくるんと巻いたロングコートチワワ型だ。
CMOは自分のところに駆け寄ってきた森に上品な微笑みを浮かべてから、こちらに顔を向けた。
ドキッと胸が跳ねる。
けれど――。
(……あれ?)
目が合ったはずなのに、彼はわたしからスッと視線をずらし晶人さんを見た。てっきり“御曹司スマイル”が来ると思って身構えたのに拍子抜け。
あれかしら……職場でヘタな態度を取ってわたしたちの関係がバレないよう配慮してくれたのかしら……?
自分が頼んだことだと分かっているのに、それはそれで少し寂しい。でも本来ならわたしみたいな下っ端社員がCMOと顔を合わせる機会すら珍しいことなのだ。
(うん。これが普通よね)
そう自分に言い聞かせている間に、晶人さんが「CMO、ご用件がございましたら連絡をくだされば、こちらからお伺いいたしましたのに」と言ってアキの方へ行く。
すると、アキは「いえ。工場長と品質管理部の会議に参加させて頂いた帰りに、こちらにも顔を出しただけです」と言った。
これから一旦支部に戻ったあとは、関西なんちゃら連合会の上部の人たちとの会合らしい。
『だから明日は会えない』――と、至極残念そうに眉を下げて言われたのは、日付が今日に変わったばかりの頃だった。
(やっぱり忙しいのよね……)
あまりに忙しすぎると体が心配になるから、出来るだけ自分のホテルに帰って睡眠時間を確保してもらった方がいい。うちに来るとどうしても……ね?
しばらく会うのを控えた方がいいのかもしれない。
そう頭では分かっていても、考えただけで胸の中にある風船がシュンと萎んでいく。
「ミーティング中だったのですよね?突然お伺いしてお邪魔をしてしまい申し訳ありません」
耳に届いた中低音にハッと我に返った。
ダメダメぐだぐだは禁止!
わたしの方が年上なんだから、もっとしっかりしないと!
労働は尊い! お仕事大事よ、うん。
「いえ、ちょうど終わったところなので問題はありません」
「そうですよぉ。お邪魔どころかぁ、大歓迎ですぅ」
三人の会話を聞きながら、わたしはゆっくりと立ち上がりテーブルの上に置きっぱなしのコーヒーカップをトレーの上に回収する。そして、入り口の手前を塞いでいる三人の脇を、「すみません。失礼致します」と会釈をしながら通り抜けようとした時、森が細く可愛らしい声で言った。
「CMOはぁ、明日もこちらにぃ来はりますかぁ?」
「……明日、ですか?」
「そうですぅ、明日ですぅ」
森はいったい何のつもりだろう。
もしかして、明日は金曜日だから、また御曹司を合コンに誘うつもりなのか!?
誘われても仕事で忙しい彼がそれに乗るとは思えないけど、だからと言って“カレシ”を合コンに誘われていい気がしないのも事実。
ムッとしたわたしは先輩の立場を笠に、彼女を諫めようとしたけれど。
「残念ながら、明日はこちらに来る予定はありませんね。明日は会議と来客で一日支部に缶詰めなもので」
「そうなんですかぁ……」
「はい」
ガッカリしている森には悪いけど、内心ホッとした。
わたしは今度こそ三人の後ろを通って「お先に失礼致します」とミーティングルームをあとにした。
それまで黙ってコーヒーを飲んでいた晶人さんが、突然口を開いた。
「……はい」
「Tohma本社での最終プレゼンは、今月末の可能性が濃厚らしい」
「えぇっ…!それはまた……ずいぶんとお早くて……」
今日が二月十三日だということを考えれば、あと約半月で最終選考があるということ。
さすがトーマ本社の企画担当。精鋭部隊が集まるだけあって、相当仕事が早い。じゃないと、こんなスピードでグループ全社対象のプレゼン大会なんて開けないと思う。
「ああ、そうだな。今あるものをそのまま持っていけばいいが、それでも更なる練り上げはした方がいい。関西代表の一人として恥ずかしくないようにな」
「……はい。頑張ります」
『関西代表の一人』なんてプレッシャーを掛けられたら、頑張らないわけにはいかない。わたしが下手を打ったら、今度は上司の晶人さんだけでなく、関西工場長や支部長の顔に泥を塗ることになってしまう。
なんだか大ごとになってきたぞ……。
思っていたよりも責任重大なことに気付き、今さらながら冷汗が出そうになった。
そんなわたしに晶人さんは、「だから、一人で抱え込むなよ。悩んだらきちんと上司の俺に相談すること」と言いながら、またポンっと頭を軽く叩いた。
「ちょっ、結城課長!」
さっきと違って今は森がいる。そんな気軽に頭をポンポンと触られたら、このやかましいお喋りスズメが何と言って来ることやら。
妙に焦って森の方を見ると、彼女は別のところを見ていて。
わたしがホッとするのと彼女が立ち上がるのは、ほとんど同時だった。
「森…?」
「お疲れさまですぅぅぅ~!」
ぬうぉっ! 耳にキーンと来たんですけど!?
脳天に刺さるような甲高い声に顔をしかめながら、わたしは彼女の背中を目で追った。
思わず息を呑む。
入り口にCMOが立っていた。
「お疲れ様です。―――お邪魔してしまいましたか?」
「そんなこと全然ありませぇん!」
彼のところに駆け寄る。しっぽがついていたら絶対ぶんぶんだろうな。あ、ちなみにしっぽの形は、ふさふさでくるんと巻いたロングコートチワワ型だ。
CMOは自分のところに駆け寄ってきた森に上品な微笑みを浮かべてから、こちらに顔を向けた。
ドキッと胸が跳ねる。
けれど――。
(……あれ?)
目が合ったはずなのに、彼はわたしからスッと視線をずらし晶人さんを見た。てっきり“御曹司スマイル”が来ると思って身構えたのに拍子抜け。
あれかしら……職場でヘタな態度を取ってわたしたちの関係がバレないよう配慮してくれたのかしら……?
自分が頼んだことだと分かっているのに、それはそれで少し寂しい。でも本来ならわたしみたいな下っ端社員がCMOと顔を合わせる機会すら珍しいことなのだ。
(うん。これが普通よね)
そう自分に言い聞かせている間に、晶人さんが「CMO、ご用件がございましたら連絡をくだされば、こちらからお伺いいたしましたのに」と言ってアキの方へ行く。
すると、アキは「いえ。工場長と品質管理部の会議に参加させて頂いた帰りに、こちらにも顔を出しただけです」と言った。
これから一旦支部に戻ったあとは、関西なんちゃら連合会の上部の人たちとの会合らしい。
『だから明日は会えない』――と、至極残念そうに眉を下げて言われたのは、日付が今日に変わったばかりの頃だった。
(やっぱり忙しいのよね……)
あまりに忙しすぎると体が心配になるから、出来るだけ自分のホテルに帰って睡眠時間を確保してもらった方がいい。うちに来るとどうしても……ね?
しばらく会うのを控えた方がいいのかもしれない。
そう頭では分かっていても、考えただけで胸の中にある風船がシュンと萎んでいく。
「ミーティング中だったのですよね?突然お伺いしてお邪魔をしてしまい申し訳ありません」
耳に届いた中低音にハッと我に返った。
ダメダメぐだぐだは禁止!
わたしの方が年上なんだから、もっとしっかりしないと!
労働は尊い! お仕事大事よ、うん。
「いえ、ちょうど終わったところなので問題はありません」
「そうですよぉ。お邪魔どころかぁ、大歓迎ですぅ」
三人の会話を聞きながら、わたしはゆっくりと立ち上がりテーブルの上に置きっぱなしのコーヒーカップをトレーの上に回収する。そして、入り口の手前を塞いでいる三人の脇を、「すみません。失礼致します」と会釈をしながら通り抜けようとした時、森が細く可愛らしい声で言った。
「CMOはぁ、明日もこちらにぃ来はりますかぁ?」
「……明日、ですか?」
「そうですぅ、明日ですぅ」
森はいったい何のつもりだろう。
もしかして、明日は金曜日だから、また御曹司を合コンに誘うつもりなのか!?
誘われても仕事で忙しい彼がそれに乗るとは思えないけど、だからと言って“カレシ”を合コンに誘われていい気がしないのも事実。
ムッとしたわたしは先輩の立場を笠に、彼女を諫めようとしたけれど。
「残念ながら、明日はこちらに来る予定はありませんね。明日は会議と来客で一日支部に缶詰めなもので」
「そうなんですかぁ……」
「はい」
ガッカリしている森には悪いけど、内心ホッとした。
わたしは今度こそ三人の後ろを通って「お先に失礼致します」とミーティングルームをあとにした。
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