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Chapter9*ビール売りの少女@三十路目前
ビール売りの少女@三十路目前[1]—②
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口の中に溜まる唾液をコクンと飲み下すと、それは妙に甘くて。
すぐ後から特有の香りが鼻に抜けて、その味の正体を思い浮かべる。
(これ……この味って……)
いつぞやも同じように味わったことをなんとなく思い返した時。
やっと唇が自由になった。
「やっぱり静さんはいつでも甘くて最高に美味しい。静さんと毎朝一緒だったら、いつものアレがなくてもいいかもな」
わたしの上半身に乗ったまま彼が呟いた。
『アレ』というのは“チョコレート”のこと。低血圧で朝が苦手な彼は、起き抜けにチョコを口に入れて血糖値を上げてからシャワーに行く。そのことは、最初にわたしの家で過ごした三日間の時に知った。
まあ何でもいいけど、早く退いてくれませんかね!?
酸素を取り込むことに必死なせいで、頭の中の言葉は声にならない。
はぁはぁと荒い息をつきながら眉間に力を込めてグッと睨むと、彼はくっきりと大きな二重まぶたをパチパチと瞬かせた。
「あ、ごめんごめん。忘れてた」
何かを思い出したようにパッと目を開いたアキに、やっと上から退いてもらえるのかと少しホッとした時。
「おはよ、静さん」
ベビーフェイスに無邪気な笑顔を浮かべた彼は、わたしの唇に「ちゅっ」と音を立てた。
「は、は、はっ……」
ふるふると肩を震わせるわたしに、アキはいぶかし気な顔になる。けれどすぐにハッとした顔つきになった。
「あっ、もしかしてクシャミ!?――やっぱり昨日のアレで冷えたのかも…!?」
慌てて掛布団を肩まで引き上げたアキが、心配そうに眉を下げて私の顔を伺い見る。
「ずいぶん無茶をさせちゃったからな……もし体調悪くなったらちゃんと言って?責任取って付きっきりで看病するよ」
とりあえず体がだるいのは熱が出たせいじゃないことは分かっている。彼が言うところの『無茶』のせいだ。
首を横に振りながらじっとりと睨むと、なぜか彼は元から垂れ気味の目尻をキュッと下げた。
「あんなに夢中になったのは僕も初めてで……加減が分からなくてごめん」
謝っているくせに、口の端が上に向いてる。
全然悪びれてないじゃない!!
「でも静さんだって悪いんだ」
は――?わたしの何が悪いって言うの!?
「僕に抱かれてる時のあなたといったら……最高にエロくて可愛くて、あんなに気持ちいいなんて――」
「なっ!」
なんてことを言うんだ、朝っぱらからっ!
「あんな普段とのギャップ、ズルすぎだろ」
恨めしそうにそんなことを言ってもダメーっ!
意味の分からない持論に絶句しているうちに、アキの手が悩ましげに布団の上からわたしの躰をなぞり始めた。
「ちょっ!」
なに勝手に触ってんのよっ!
「ああ、思い出したらまた見たくなってきた……僕の腕の中で可愛く啼くあなたを――」
「バっ!」
バカなこと言わないでっ!朝っぱらから何をするつもりっ!?
そもそもわたし『可愛く啼いて』なんかないしっ!
「……もうあんまり時間がないから、じっくりとはいかないけど……」
じっくりノーセンキュウーーーっ!!
頭の中では大絶叫中なのに、どれもこれも言葉にならない。
そんなわたしをよそに、彼は首元にきっちりと締まっているネクタイの結び目に指をかけ、くいっと引いた。
なにそれっ!色気無駄放出、断固反対っ!!
目を剥いたまま固まっていると、アキはわたしの頬に手を添え、優雅な笑みを浮かべた。
「ちゃんと気持ちよくしてあげるから――ね?」
小首を傾げた彼の前髪が、すぐ目の前でふわりと揺れる。そしてそのまま私の顔にゆっくりと自分の顔を近付けてきた。
「――っ!『ね?』じゃなぁぁいっ!!バカなこと言ってないで、早く上から退きなさーーいっ!このエロドラネコめぇーーっ!」
叫びながら振り上げた手で、わたしは思いっきり彼の額にデコピンをお見舞いした。
もうっ、油断も隙もないったら……!
基本的に彼はやっぱり御曹司なのだ。唯我独尊?我が道を行く?
にこりと優雅な笑みを浮かべながら、何をしでかすか分かったもんじゃない!
こうなったら血統書付きも“良し悪し”でしょっ!!
数時間前までこれでもかというくらい精力的にわたしを抱いたくせに、悪びれずあんなことを言い出したアキに、一瞬言葉が出なかった。
こっちは体中があちこちの痛んで(特に足腰!)、体を起こすのにも四苦八苦だというのに――!
でもそれに苦情を唱えると、しゅんと耳――じゃなくて眉を下げて「ごめんね……?」と申し訳なさそうに謝ってくる。
素直に謝られると思わなかったわたしはすっかり毒気を抜かれてしまい、さすがに大人げなかったなと「反省してるなら別にいいけど……」とつい仏心を。
それなのにアイツときたら、それまでのしょげっぷりは何処へやら!?
至極幸せそうに顔を輝かせて、「ありがとう静さん!じゃあ、お言葉に甘えて――」と言って再びのしかかってきたのだ。
今度こそわたしたちの間を隔てるものは何もない。
その時になって初めて、自分は何も着ていないのに向こうはきちんと服を着ていることに気が付いた。
パリッとしたドレスシャツにダークグレーのジレ(ベスト)。そして首元には光沢のあるスカイブルーのレジメンタル(ストライプ) ネクタイ。
髪型のセットはまだみたいで、長い前髪が彼の額でゆるく波打っているのに、“アキ”のトレードマークである分厚い黒縁メガネは既になくて。
CMO出来上がり直前の男の色香と、年下男子の可愛らしさの絶妙な配合。
その世にも恐ろしい合わせ技に、わたしは一瞬自分の置かれている状況を忘れて見惚れてしまった。
その隙を突いて繰り出された甘い手練手管に、敢え無く陥落。
結局、朝陽の差し込むベッドの上で散々に乱されたのだった。
すぐ後から特有の香りが鼻に抜けて、その味の正体を思い浮かべる。
(これ……この味って……)
いつぞやも同じように味わったことをなんとなく思い返した時。
やっと唇が自由になった。
「やっぱり静さんはいつでも甘くて最高に美味しい。静さんと毎朝一緒だったら、いつものアレがなくてもいいかもな」
わたしの上半身に乗ったまま彼が呟いた。
『アレ』というのは“チョコレート”のこと。低血圧で朝が苦手な彼は、起き抜けにチョコを口に入れて血糖値を上げてからシャワーに行く。そのことは、最初にわたしの家で過ごした三日間の時に知った。
まあ何でもいいけど、早く退いてくれませんかね!?
酸素を取り込むことに必死なせいで、頭の中の言葉は声にならない。
はぁはぁと荒い息をつきながら眉間に力を込めてグッと睨むと、彼はくっきりと大きな二重まぶたをパチパチと瞬かせた。
「あ、ごめんごめん。忘れてた」
何かを思い出したようにパッと目を開いたアキに、やっと上から退いてもらえるのかと少しホッとした時。
「おはよ、静さん」
ベビーフェイスに無邪気な笑顔を浮かべた彼は、わたしの唇に「ちゅっ」と音を立てた。
「は、は、はっ……」
ふるふると肩を震わせるわたしに、アキはいぶかし気な顔になる。けれどすぐにハッとした顔つきになった。
「あっ、もしかしてクシャミ!?――やっぱり昨日のアレで冷えたのかも…!?」
慌てて掛布団を肩まで引き上げたアキが、心配そうに眉を下げて私の顔を伺い見る。
「ずいぶん無茶をさせちゃったからな……もし体調悪くなったらちゃんと言って?責任取って付きっきりで看病するよ」
とりあえず体がだるいのは熱が出たせいじゃないことは分かっている。彼が言うところの『無茶』のせいだ。
首を横に振りながらじっとりと睨むと、なぜか彼は元から垂れ気味の目尻をキュッと下げた。
「あんなに夢中になったのは僕も初めてで……加減が分からなくてごめん」
謝っているくせに、口の端が上に向いてる。
全然悪びれてないじゃない!!
「でも静さんだって悪いんだ」
は――?わたしの何が悪いって言うの!?
「僕に抱かれてる時のあなたといったら……最高にエロくて可愛くて、あんなに気持ちいいなんて――」
「なっ!」
なんてことを言うんだ、朝っぱらからっ!
「あんな普段とのギャップ、ズルすぎだろ」
恨めしそうにそんなことを言ってもダメーっ!
意味の分からない持論に絶句しているうちに、アキの手が悩ましげに布団の上からわたしの躰をなぞり始めた。
「ちょっ!」
なに勝手に触ってんのよっ!
「ああ、思い出したらまた見たくなってきた……僕の腕の中で可愛く啼くあなたを――」
「バっ!」
バカなこと言わないでっ!朝っぱらから何をするつもりっ!?
そもそもわたし『可愛く啼いて』なんかないしっ!
「……もうあんまり時間がないから、じっくりとはいかないけど……」
じっくりノーセンキュウーーーっ!!
頭の中では大絶叫中なのに、どれもこれも言葉にならない。
そんなわたしをよそに、彼は首元にきっちりと締まっているネクタイの結び目に指をかけ、くいっと引いた。
なにそれっ!色気無駄放出、断固反対っ!!
目を剥いたまま固まっていると、アキはわたしの頬に手を添え、優雅な笑みを浮かべた。
「ちゃんと気持ちよくしてあげるから――ね?」
小首を傾げた彼の前髪が、すぐ目の前でふわりと揺れる。そしてそのまま私の顔にゆっくりと自分の顔を近付けてきた。
「――っ!『ね?』じゃなぁぁいっ!!バカなこと言ってないで、早く上から退きなさーーいっ!このエロドラネコめぇーーっ!」
叫びながら振り上げた手で、わたしは思いっきり彼の額にデコピンをお見舞いした。
もうっ、油断も隙もないったら……!
基本的に彼はやっぱり御曹司なのだ。唯我独尊?我が道を行く?
にこりと優雅な笑みを浮かべながら、何をしでかすか分かったもんじゃない!
こうなったら血統書付きも“良し悪し”でしょっ!!
数時間前までこれでもかというくらい精力的にわたしを抱いたくせに、悪びれずあんなことを言い出したアキに、一瞬言葉が出なかった。
こっちは体中があちこちの痛んで(特に足腰!)、体を起こすのにも四苦八苦だというのに――!
でもそれに苦情を唱えると、しゅんと耳――じゃなくて眉を下げて「ごめんね……?」と申し訳なさそうに謝ってくる。
素直に謝られると思わなかったわたしはすっかり毒気を抜かれてしまい、さすがに大人げなかったなと「反省してるなら別にいいけど……」とつい仏心を。
それなのにアイツときたら、それまでのしょげっぷりは何処へやら!?
至極幸せそうに顔を輝かせて、「ありがとう静さん!じゃあ、お言葉に甘えて――」と言って再びのしかかってきたのだ。
今度こそわたしたちの間を隔てるものは何もない。
その時になって初めて、自分は何も着ていないのに向こうはきちんと服を着ていることに気が付いた。
パリッとしたドレスシャツにダークグレーのジレ(ベスト)。そして首元には光沢のあるスカイブルーのレジメンタル(ストライプ) ネクタイ。
髪型のセットはまだみたいで、長い前髪が彼の額でゆるく波打っているのに、“アキ”のトレードマークである分厚い黒縁メガネは既になくて。
CMO出来上がり直前の男の色香と、年下男子の可愛らしさの絶妙な配合。
その世にも恐ろしい合わせ技に、わたしは一瞬自分の置かれている状況を忘れて見惚れてしまった。
その隙を突いて繰り出された甘い手練手管に、敢え無く陥落。
結局、朝陽の差し込むベッドの上で散々に乱されたのだった。
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