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Interlude*三つ揃えを脱いだネコ side Akiomi
三つ揃えを脱いだネコ[2]ー②
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***
『苦手なものから逃げ出さずにエライ!』
『たまには自分を甘やかしてあげてもいいと思うの』
『アキをちょうだい』
『そのままのアキが好きよ』
彼女の予想外の言葉は、いつだって僕の胸の真っ直ぐに突き刺さってくる。
ちくいち心臓を直接鷲掴みにして揺さぶられるような感覚に、最初から戸惑ってばかり。
(いまだに何を言い出すのか全然読めないんだよな……)
そんな彼女を、自分でもどうかと思うほど強引な理由をこじつけて、自分の『ビール克服』に巻き込んだことを思い返すと、「くくっ」と笑いが漏れる。その拍子に腕の中の彼女が身じろぎして、起こしてしまうところだったと慌てて笑いを飲み込んだ。
幸いよく眠っていて起きる気配はないことに、そっと胸を撫でおろす。
あどけない寝顔。触れ合う滑らかな肌の感触。
それだけなのに、これまで味わったことがないほどに胸が満たされている不思議。
僕の胸に押しつけられている柔らかなふたつの膨らみは、なるべく見ないようにしないといけない。じゃないと、彼女が目覚める前にオスの本能が目覚めてしまいそうだ。
今すぐ目の前の白い柔肌に歯を立てて、唇できつく吸って、舌でなぞりたい。その味を確かめたい。
それはまるで中毒症状のよう。
今まで誰かのことを、そんなふうに思ったことなんてなかったのに――。
『女性に優しく』と亡くなった母から言われてきたのに、文字通り『食べてしまいたい』と思うような、嗜虐的嗜好が自分の中にあるなんて。
そのことを自覚したのも、つい数時間前のことだ。
褒賞代わりの鉄板焼きを食べ、展望ラウンジで夜景を楽しんだ僕たち。あとは彼女をタクシーに乗せれば今回の“褒賞デート”はお開きになる。
家に居る時とも仕事の時とも違う姿をした彼女は、いつまでも見ていたいくらいだった。
だけどどんな姿でもどこに居ても、彼女と一緒にいるだけで心が満たされる。
飾ることのない彼女だからこそ、僕に安らぎと高揚を同時に与えてくれるのかもしれない。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう、というのが世の常。
今夜も例外ではなかった。
正直まだ彼女と一緒にいたかった。
だけど、これ以上一緒にいたら諸々我慢できかどうか。
ただでさえ、ここは自分が滞在しているホテル。
彼女の家では、取り決めた“協定”を守らないといけない。
嫌がるようなことをするつもりは最初からないけれど、“協定”を破らない範疇がどこまでなのか、彼女の反応を見るもの楽しみのひとつ。
本気で嫌がっていないのに、怒った顔で恥ずかしいのを誤魔化そうとしているところも、すごく可愛い。むしろその顔が見たくでわざとやってしまう。
だからと言って、“協定”を破って追い出されたら本末転倒。そこは細心の注意を払って接する必要がある。
本能と理性のせめぎ合い。
ハッキリ言って、うるさい親戚連中や会社上部役員の顔色を見るより断然難しい。欧州での業務提携取引の最後の詰めをした時と同じか、それ以上の神経を使っている。
そんなふうに彼女の家では自分を戒め続けているせいか、人目がある今日の方が、逆にリラックス出来た気もする。
それなのに――帰り際のホテルのロビー。
タクシーの手配と預けていた彼女のメガネを用意して貰っている間に、いつの間にか彼女は居なくなっていて、慌てて見まわしたらロビーの端のソファーコーナーに。
ひとり電車で帰ってしまったのではないかと焦っていたから、彼女の後姿を見つけた時はホッとした。
だけどそれも一瞬で、彼女に親しげに手を伸ばす男に気付き僕は急いで彼らに近づき、『私の婚約者に何か――』と牽制する。
彼女のことを馴れ馴れしく『静』と呼びすてるその年上男に、内心カチンときたのだ。
彼女の顔と相手の様子で、すぐにピンと来た。
こいつが彼女の“転職の原因”なのだ―――と。
そしてそのあとすぐに男の妻がやって来て、その人が口走った内容で大体のことに察しがついた。
どんな手を使ったのかは知らないが、静さんからその男を奪って妻の座に納まったのだろう。そのせいで、静さんはTohmaに転職してきたのだ。
自己紹介がてら彼らに名刺を渡すと彼らの顔色が変わった。
そこに書いてある文字を見た時の相手の反応なんて見るまでもない。大抵の人は同じ反応をするのだから。
元カレがどんな会社のどんな役職だなんて知る必要もない。
大事なのは、静さんがおまえと付き合っていた頃よりも何倍も素敵で幸せになっているということ。
そんな彼女の隣には自分と言う男がいるのだということ。
そしてなにより、彼女をこれ以上苦しめるのは僕が絶対に許さない、ということ。
それが伝わればいい。
『苦手なものから逃げ出さずにエライ!』
『たまには自分を甘やかしてあげてもいいと思うの』
『アキをちょうだい』
『そのままのアキが好きよ』
彼女の予想外の言葉は、いつだって僕の胸の真っ直ぐに突き刺さってくる。
ちくいち心臓を直接鷲掴みにして揺さぶられるような感覚に、最初から戸惑ってばかり。
(いまだに何を言い出すのか全然読めないんだよな……)
そんな彼女を、自分でもどうかと思うほど強引な理由をこじつけて、自分の『ビール克服』に巻き込んだことを思い返すと、「くくっ」と笑いが漏れる。その拍子に腕の中の彼女が身じろぎして、起こしてしまうところだったと慌てて笑いを飲み込んだ。
幸いよく眠っていて起きる気配はないことに、そっと胸を撫でおろす。
あどけない寝顔。触れ合う滑らかな肌の感触。
それだけなのに、これまで味わったことがないほどに胸が満たされている不思議。
僕の胸に押しつけられている柔らかなふたつの膨らみは、なるべく見ないようにしないといけない。じゃないと、彼女が目覚める前にオスの本能が目覚めてしまいそうだ。
今すぐ目の前の白い柔肌に歯を立てて、唇できつく吸って、舌でなぞりたい。その味を確かめたい。
それはまるで中毒症状のよう。
今まで誰かのことを、そんなふうに思ったことなんてなかったのに――。
『女性に優しく』と亡くなった母から言われてきたのに、文字通り『食べてしまいたい』と思うような、嗜虐的嗜好が自分の中にあるなんて。
そのことを自覚したのも、つい数時間前のことだ。
褒賞代わりの鉄板焼きを食べ、展望ラウンジで夜景を楽しんだ僕たち。あとは彼女をタクシーに乗せれば今回の“褒賞デート”はお開きになる。
家に居る時とも仕事の時とも違う姿をした彼女は、いつまでも見ていたいくらいだった。
だけどどんな姿でもどこに居ても、彼女と一緒にいるだけで心が満たされる。
飾ることのない彼女だからこそ、僕に安らぎと高揚を同時に与えてくれるのかもしれない。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう、というのが世の常。
今夜も例外ではなかった。
正直まだ彼女と一緒にいたかった。
だけど、これ以上一緒にいたら諸々我慢できかどうか。
ただでさえ、ここは自分が滞在しているホテル。
彼女の家では、取り決めた“協定”を守らないといけない。
嫌がるようなことをするつもりは最初からないけれど、“協定”を破らない範疇がどこまでなのか、彼女の反応を見るもの楽しみのひとつ。
本気で嫌がっていないのに、怒った顔で恥ずかしいのを誤魔化そうとしているところも、すごく可愛い。むしろその顔が見たくでわざとやってしまう。
だからと言って、“協定”を破って追い出されたら本末転倒。そこは細心の注意を払って接する必要がある。
本能と理性のせめぎ合い。
ハッキリ言って、うるさい親戚連中や会社上部役員の顔色を見るより断然難しい。欧州での業務提携取引の最後の詰めをした時と同じか、それ以上の神経を使っている。
そんなふうに彼女の家では自分を戒め続けているせいか、人目がある今日の方が、逆にリラックス出来た気もする。
それなのに――帰り際のホテルのロビー。
タクシーの手配と預けていた彼女のメガネを用意して貰っている間に、いつの間にか彼女は居なくなっていて、慌てて見まわしたらロビーの端のソファーコーナーに。
ひとり電車で帰ってしまったのではないかと焦っていたから、彼女の後姿を見つけた時はホッとした。
だけどそれも一瞬で、彼女に親しげに手を伸ばす男に気付き僕は急いで彼らに近づき、『私の婚約者に何か――』と牽制する。
彼女のことを馴れ馴れしく『静』と呼びすてるその年上男に、内心カチンときたのだ。
彼女の顔と相手の様子で、すぐにピンと来た。
こいつが彼女の“転職の原因”なのだ―――と。
そしてそのあとすぐに男の妻がやって来て、その人が口走った内容で大体のことに察しがついた。
どんな手を使ったのかは知らないが、静さんからその男を奪って妻の座に納まったのだろう。そのせいで、静さんはTohmaに転職してきたのだ。
自己紹介がてら彼らに名刺を渡すと彼らの顔色が変わった。
そこに書いてある文字を見た時の相手の反応なんて見るまでもない。大抵の人は同じ反応をするのだから。
元カレがどんな会社のどんな役職だなんて知る必要もない。
大事なのは、静さんがおまえと付き合っていた頃よりも何倍も素敵で幸せになっているということ。
そんな彼女の隣には自分と言う男がいるのだということ。
そしてなにより、彼女をこれ以上苦しめるのは僕が絶対に許さない、ということ。
それが伝わればいい。
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