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第二章 N+捜査官
41. 条件
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瑠璃が青砥に熱っぽい視線を送っていたが樹はそれを無視して話を続けた。
「ん~、プレゼントを盗まれたということは無いですか?」
「さぁ、ここ階段にカメラはないからなー。でも、誰かが盗ったのならこのアパートの住人なんじゃん」
さしても興味なさそうに瑠璃が答えると今度は青砥が口を開いた。
「盗った人物に心当たりは無いですか?」
「ん~、わかんなぁい。ねぇ、警察なら困ってる人を助けるのも仕事の1つよね? 今晩、結婚パーティーがあって一緒に行ってくれる人を探してるんだけど」
「そういうのは仕事のうちに入りません。それにこう見えて今、急いでるんですよ。プレゼントの中身が何だか知っていますか?」
「知らないけど」
「爆弾です」
「何? それ」
「数十年前に廃止された武器の1つで、この部屋を吹き飛ばすくらいの威力はあります。近くで爆発したら人が死ぬでしょうね」
「そうなんだ……私ちょっとトイレに行ってくる」
血の気を失った表情で瑠璃が部屋を出た後、青砥と樹は顔を見合わせて頷いた。
「確実に心当たりがありますね、あれは。どうします?」
「説得するしかないだろな。カメラも設置されていないこの状況ではあれこれ探し回るよりも彼女から聞き出した方が早い」
そんな話をしていると瑠璃がトイレから戻ってきた。血の気を失っていた顔に少し赤みがさしている。
「そっちも緊急事態かもしれないけど、こっちも緊急事態なのっ。だからパーティーに一緒に行ってくれたら情報をあげる」
「分かりました。いいですよ。時間と場所、教えて頂けますか?」
車に戻ると樹は「本当に行くんですか?」と青砥に確認した。
「行くよ。行かなきゃ教えてくれないだろうし」
「だいたいフォーマルウエアなんて持ってるんですか?」
一応な、と答えながら青砥は目を細めた。いや、細めたのではない、細くなったのだ。時刻を見れば15時が過ぎていた。
「アオさん、そろそろお昼寝の時間なんじゃないですか?」
「……お昼寝って言うなよ」
お昼寝だけど、と小さく呟いた青砥の言葉に樹はクスっと笑った。
「ちょっと車を移動させて1時間くらい寝るから、俺が寝ている間に川崎瑠璃の裏アカSNSをチェックしといて。一緒に来て欲しい理由がそこにあると思う」
横になって眠る青砥を横目に樹は霧島から教えて貰った瑠璃のSNSを開いた。
とりあえず半年くらい前からでいいか……。
何かの画像をはめ込んだわけでもない初期設定のままのページは言葉を吐きだすだけの場所に相応しい姿だった。
『Kムカつく。毎回細かいことをネチネチと言いやがって』
『最近トモから連絡がこない。いつも忙しいっていうし、この間もっと会いたいって言ったのが重かったかな』
『あのクソ上司、自分のミスを私のせいにして。罰が当たって怪我でもすればいいのに』
始めの頃はよくある愚痴だったものが、ページが進むにつれ重く、怒りと悲しみに満ちてくる。
『浮気なんて最低、しかも私の同期となんて。あの女、憧れるなんて言ってベタベタ私に寄ってきたのに。二人とも消えていなくなればいい』
『結婚パーティーの招待状来た。パートナーを連れてのご参加お待ちしてますってバカにしてんの?』
『悔しい』『不幸になれ』『幸せそうな人皆が憎い』
次々と綴られる憎しみの言葉の数々に樹の心も重くもたれ気味だ。『あいつ妊娠3か月だって。もうやだ』が最後の更新だった。
「はぁ、なるほどね。これは恨みたくもなるよな」
呟いてから樹は、ぼーっと背もたれに寄り掛かった。誰とも付き合ったことの無い樹には恋愛感情がもたらすいざこざは未経験だ。だが瑠璃の抱いている悔しさ、幸せな人を羨み憎いとさえ感じる感情はよく分かる。
爆弾事件の犯人はこういう感情を抱いている人間がその黒い感情のピークの時に武器を与えているのだ。まるで壊せ、殺せと煽るかのように。
「人の弱さを利用するなんて……」
怒りよりも悲しみに近い。冷たくなった指先を温めたくて、樹は青砥の手にそっと触れた。
18時。フォーマルウエアに着替えた樹が瑠璃の部屋を訪ねると、玄関のドアを開けた瑠璃がキョロキョロと周りを見渡した。
「あれ? 青砥さんは?」
「さぁ。俺をこのアパートの前に下ろしてどっか行きました」
「アンタその格好……。まさか……」
「はい、俺が行くように言われてます」
「えーっ、嘘でしょ!? 青砥さんが良かったのに」
俺も同じくらいショックだよ、という言葉を樹は飲み込んだ。樹だって青砥が行くとばかり思っていたのだ。だが昼寝から目覚めた青砥は樹が読んだ瑠璃のSNSの話を聞くなり「樹が行く方がいいな」と呟いたのだ。
「仕方ない。ちょっと一回部屋に入って。服はいいんだけど、その前髪が鬱陶しいからセットさせてよ」
瑠璃は樹を鏡の前に座らせると慣れた手つきで髪の毛のセットを始めた。ワックスを馴染ませた瑠璃の手が樹の髪の毛を掻き上げていく。
「慣れてますね。手つきがプロっぽい」
「彼の髪の毛もよくセットしてたからね」
「やっぱり恨んでるんですか?」
「……なんだ、知ってたの? って知ってるか、だから来たんだもんね」
「えぇ、まぁ」
「ん~、プレゼントを盗まれたということは無いですか?」
「さぁ、ここ階段にカメラはないからなー。でも、誰かが盗ったのならこのアパートの住人なんじゃん」
さしても興味なさそうに瑠璃が答えると今度は青砥が口を開いた。
「盗った人物に心当たりは無いですか?」
「ん~、わかんなぁい。ねぇ、警察なら困ってる人を助けるのも仕事の1つよね? 今晩、結婚パーティーがあって一緒に行ってくれる人を探してるんだけど」
「そういうのは仕事のうちに入りません。それにこう見えて今、急いでるんですよ。プレゼントの中身が何だか知っていますか?」
「知らないけど」
「爆弾です」
「何? それ」
「数十年前に廃止された武器の1つで、この部屋を吹き飛ばすくらいの威力はあります。近くで爆発したら人が死ぬでしょうね」
「そうなんだ……私ちょっとトイレに行ってくる」
血の気を失った表情で瑠璃が部屋を出た後、青砥と樹は顔を見合わせて頷いた。
「確実に心当たりがありますね、あれは。どうします?」
「説得するしかないだろな。カメラも設置されていないこの状況ではあれこれ探し回るよりも彼女から聞き出した方が早い」
そんな話をしていると瑠璃がトイレから戻ってきた。血の気を失っていた顔に少し赤みがさしている。
「そっちも緊急事態かもしれないけど、こっちも緊急事態なのっ。だからパーティーに一緒に行ってくれたら情報をあげる」
「分かりました。いいですよ。時間と場所、教えて頂けますか?」
車に戻ると樹は「本当に行くんですか?」と青砥に確認した。
「行くよ。行かなきゃ教えてくれないだろうし」
「だいたいフォーマルウエアなんて持ってるんですか?」
一応な、と答えながら青砥は目を細めた。いや、細めたのではない、細くなったのだ。時刻を見れば15時が過ぎていた。
「アオさん、そろそろお昼寝の時間なんじゃないですか?」
「……お昼寝って言うなよ」
お昼寝だけど、と小さく呟いた青砥の言葉に樹はクスっと笑った。
「ちょっと車を移動させて1時間くらい寝るから、俺が寝ている間に川崎瑠璃の裏アカSNSをチェックしといて。一緒に来て欲しい理由がそこにあると思う」
横になって眠る青砥を横目に樹は霧島から教えて貰った瑠璃のSNSを開いた。
とりあえず半年くらい前からでいいか……。
何かの画像をはめ込んだわけでもない初期設定のままのページは言葉を吐きだすだけの場所に相応しい姿だった。
『Kムカつく。毎回細かいことをネチネチと言いやがって』
『最近トモから連絡がこない。いつも忙しいっていうし、この間もっと会いたいって言ったのが重かったかな』
『あのクソ上司、自分のミスを私のせいにして。罰が当たって怪我でもすればいいのに』
始めの頃はよくある愚痴だったものが、ページが進むにつれ重く、怒りと悲しみに満ちてくる。
『浮気なんて最低、しかも私の同期となんて。あの女、憧れるなんて言ってベタベタ私に寄ってきたのに。二人とも消えていなくなればいい』
『結婚パーティーの招待状来た。パートナーを連れてのご参加お待ちしてますってバカにしてんの?』
『悔しい』『不幸になれ』『幸せそうな人皆が憎い』
次々と綴られる憎しみの言葉の数々に樹の心も重くもたれ気味だ。『あいつ妊娠3か月だって。もうやだ』が最後の更新だった。
「はぁ、なるほどね。これは恨みたくもなるよな」
呟いてから樹は、ぼーっと背もたれに寄り掛かった。誰とも付き合ったことの無い樹には恋愛感情がもたらすいざこざは未経験だ。だが瑠璃の抱いている悔しさ、幸せな人を羨み憎いとさえ感じる感情はよく分かる。
爆弾事件の犯人はこういう感情を抱いている人間がその黒い感情のピークの時に武器を与えているのだ。まるで壊せ、殺せと煽るかのように。
「人の弱さを利用するなんて……」
怒りよりも悲しみに近い。冷たくなった指先を温めたくて、樹は青砥の手にそっと触れた。
18時。フォーマルウエアに着替えた樹が瑠璃の部屋を訪ねると、玄関のドアを開けた瑠璃がキョロキョロと周りを見渡した。
「あれ? 青砥さんは?」
「さぁ。俺をこのアパートの前に下ろしてどっか行きました」
「アンタその格好……。まさか……」
「はい、俺が行くように言われてます」
「えーっ、嘘でしょ!? 青砥さんが良かったのに」
俺も同じくらいショックだよ、という言葉を樹は飲み込んだ。樹だって青砥が行くとばかり思っていたのだ。だが昼寝から目覚めた青砥は樹が読んだ瑠璃のSNSの話を聞くなり「樹が行く方がいいな」と呟いたのだ。
「仕方ない。ちょっと一回部屋に入って。服はいいんだけど、その前髪が鬱陶しいからセットさせてよ」
瑠璃は樹を鏡の前に座らせると慣れた手つきで髪の毛のセットを始めた。ワックスを馴染ませた瑠璃の手が樹の髪の毛を掻き上げていく。
「慣れてますね。手つきがプロっぽい」
「彼の髪の毛もよくセットしてたからね」
「やっぱり恨んでるんですか?」
「……なんだ、知ってたの? って知ってるか、だから来たんだもんね」
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