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第二章 N+捜査官
42.プライドを取り戻しに行こう
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「恨んでるわよ、当り前じゃない」
鏡の中の瑠璃が一度ギュッと唇を結ぶ。そして次に口を開くと堰を切ったように言葉が零れた。
「浮気相手の女、私の会社の同期なの。プライベートでもご飯行ったりして結構仲良かったんだよ。私のこと、仕事も出来て大手企業に勤めてる彼氏もいるなんて憧れるって言ってたのに、まさか私の彼と浮気してたなんて……。半年以上も浮気されてたのに気が付かなかった上に、あの女に恋愛相談までしてた、本当にバカよね。プライドも何もかもズタズタよ」
いつしか樹の髪の毛を梳かす手は止まり、ふるふると肩が震えていた。
「彼とは2年付き合ってたの。確かに大手に勤めているけどそこに惹かれたんじゃなくてさ、一緒にいて楽しかったんだよね。自分が支えたいって初めて思った人だった。それなのに今は、消えて欲しいって思ってる。不幸になってどん底まで落ちればいいって、SNSに悪口ばっかり書いて……私、ヤバイよね」
はは、と瑠璃が自傷気味に笑った。
「ヤバくはないんじゃないですか? 不幸になれとか、消えて欲しいとか思っても行動には移さないでしょ。思うことは止められないし、本人の見えないところで吐き出すくらい良いと思いますけど」
驚きの表情で顔を上げた瑠璃の方を振り返る。樹の前髪は斜めの位置で分けられ、大胆に後ろに流されていた。そのお陰で樹の大きな目が際立ってアイドルのような顔立ちだ。その上、今までよりもずっと大人っぽい。
「それに、誰かを支えたいって思えたことが俺は素敵だと思う」
樹に微笑まれて瑠璃は一瞬その笑顔に見惚れた。
「私って凄い……」
そう呟いた瑠璃に樹は不思議そうに顔を傾けただけだった。
会場は式場に隣接されたレストランだった。式の後の二次会的なもので、学生時代の友達や式に呼ぶことが出来なかった親しい人を呼んでいるらしい。
「俺、どうしたらいいんですか? こういうところって初めてで」
「私の隣にいてニコニコして話を合わせてくれたらいいわ。新しい恋人ってことにするから」
「なるほど……」
受付を済ませて会場の中に入ると、立食用の背の高いテーブルの周りにワイワイとした雑談の輪がいくつも出来ていた。その輪から外れる様にしていた二人組の女性の一人が手を上げた。「会社の先輩の由美さんよ」と瑠璃が小さい声で言う。
「瑠璃、こっち、こっち」
「由美さん、ちょっと遅くなっちゃいました?」
「ううん、まだ大丈夫よ。新郎新婦はちょっと遅れてくるらしいし」
そこまで言うと由美は声を潜めて「ねぇ、大丈夫なの?」と瑠璃に聞いた。由美は今日式を挙げた二人と瑠璃の事情を知っているらしい。
「大丈夫ですよ。それに招待されて行かないってなんか悔しいし、なんか惨めじゃないですか」
「そっか。あ、こっちは私の親友、望っていうの」
由美の傍らには、由美と同じ20代後半の女性が立っており「どうも」と頭を下げた。女性二人に見つめられて樹は落ち着かない。いや女性二人だけではない、さっきからいくつもの視線が自分に注がれているのを樹は感じていた。
俺、変じゃないかな、前髪無いと見え過ぎて落ち着かない……。
よく考えれば髪の毛をセットするなんていうことが樹には初めてのことだ。元の世界にいた頃は虐待されていると知られることが恥ずかしくて、怖くて、ずっと目立たないように過ごしてきた。前髪を長くして俯き加減でいれば、大抵の人は話し掛けて来ず目も合わない。
「それで瑠璃、こちらのイケメンはどなた?」
瑠璃が樹の紹介をしようと口を開き、突然ライトが落ち入り口が照らされた。穏やかなメロディと共に司会が叫ぶ。
「主役の二人の登場です!!」
扉が開くとカジュアルなドレスに身を包んだ女性が同じくカジュアルなスーツに身を包んだ男性と腕を組みながら歩いてきた。おめでとうという祝福の声に包まれたその姿は幸せを体現したかのようだ。
瑠璃さん、大丈夫かな……。
瑠璃を見ると、こわばった表情で握りこぶしを作っている。その姿はきっと瑠璃が一番見られたくない姿に違いなかった。
大丈夫なわけないか、あんなに好きだったんだもんな。でも俺なら何とも思ってないよって顔して立っていたい。
そう思った瞬間、樹は抱き寄せるようにして瑠璃の腰に手を回していた。驚いた瑠璃が樹を見る。
「笑って。ここはあなたにとっての戦場でしょう? プライドを取り戻しに行きましょうよ」
「分かってるわよ」
瑠璃の目に力が宿った気がした。そして次の瞬間、樹の手の中から逃れた瑠璃は一人で立って大きな拍手と笑顔で二人が通り過ぎるのを見つめた。
「今日は私たちの結婚パーティーに来てくれてありがとう。今日という日を私たちの大切な友人と、その友人の大切な人と過ごしたいと思い、パートナー同伴のパーティーにしました。この機会にたくさん友達の輪が広がればいいなって思っています」
深々と頭を下げた新郎新婦を見ていた由美がワインをゴクッと飲み干して「良く言うよね」と呟いた。
「瑠璃にあんなことをしておいて結婚パーティーに招待、しかもパートナーと来いだなんて……どれだけ瑠璃を苦しめれば気が済むんだろう」
「先輩がそうやって怒ってくれるだけでもだいぶ救われますよ」
瑠璃が笑っていると挨拶回りをしていた新郎新婦がこちらを見て足を止めた。新郎が目を見開いて瑠璃と新婦を見ている。きっと瑠璃が来ることを知らなかったのだろう。
「瑠璃!来てくれたんだ、ありがとうー。新しい彼氏? 良かったぁ、こんなことになっちゃったし瑠璃にも幸せになって欲しいと思ってたの」
鏡の中の瑠璃が一度ギュッと唇を結ぶ。そして次に口を開くと堰を切ったように言葉が零れた。
「浮気相手の女、私の会社の同期なの。プライベートでもご飯行ったりして結構仲良かったんだよ。私のこと、仕事も出来て大手企業に勤めてる彼氏もいるなんて憧れるって言ってたのに、まさか私の彼と浮気してたなんて……。半年以上も浮気されてたのに気が付かなかった上に、あの女に恋愛相談までしてた、本当にバカよね。プライドも何もかもズタズタよ」
いつしか樹の髪の毛を梳かす手は止まり、ふるふると肩が震えていた。
「彼とは2年付き合ってたの。確かに大手に勤めているけどそこに惹かれたんじゃなくてさ、一緒にいて楽しかったんだよね。自分が支えたいって初めて思った人だった。それなのに今は、消えて欲しいって思ってる。不幸になってどん底まで落ちればいいって、SNSに悪口ばっかり書いて……私、ヤバイよね」
はは、と瑠璃が自傷気味に笑った。
「ヤバくはないんじゃないですか? 不幸になれとか、消えて欲しいとか思っても行動には移さないでしょ。思うことは止められないし、本人の見えないところで吐き出すくらい良いと思いますけど」
驚きの表情で顔を上げた瑠璃の方を振り返る。樹の前髪は斜めの位置で分けられ、大胆に後ろに流されていた。そのお陰で樹の大きな目が際立ってアイドルのような顔立ちだ。その上、今までよりもずっと大人っぽい。
「それに、誰かを支えたいって思えたことが俺は素敵だと思う」
樹に微笑まれて瑠璃は一瞬その笑顔に見惚れた。
「私って凄い……」
そう呟いた瑠璃に樹は不思議そうに顔を傾けただけだった。
会場は式場に隣接されたレストランだった。式の後の二次会的なもので、学生時代の友達や式に呼ぶことが出来なかった親しい人を呼んでいるらしい。
「俺、どうしたらいいんですか? こういうところって初めてで」
「私の隣にいてニコニコして話を合わせてくれたらいいわ。新しい恋人ってことにするから」
「なるほど……」
受付を済ませて会場の中に入ると、立食用の背の高いテーブルの周りにワイワイとした雑談の輪がいくつも出来ていた。その輪から外れる様にしていた二人組の女性の一人が手を上げた。「会社の先輩の由美さんよ」と瑠璃が小さい声で言う。
「瑠璃、こっち、こっち」
「由美さん、ちょっと遅くなっちゃいました?」
「ううん、まだ大丈夫よ。新郎新婦はちょっと遅れてくるらしいし」
そこまで言うと由美は声を潜めて「ねぇ、大丈夫なの?」と瑠璃に聞いた。由美は今日式を挙げた二人と瑠璃の事情を知っているらしい。
「大丈夫ですよ。それに招待されて行かないってなんか悔しいし、なんか惨めじゃないですか」
「そっか。あ、こっちは私の親友、望っていうの」
由美の傍らには、由美と同じ20代後半の女性が立っており「どうも」と頭を下げた。女性二人に見つめられて樹は落ち着かない。いや女性二人だけではない、さっきからいくつもの視線が自分に注がれているのを樹は感じていた。
俺、変じゃないかな、前髪無いと見え過ぎて落ち着かない……。
よく考えれば髪の毛をセットするなんていうことが樹には初めてのことだ。元の世界にいた頃は虐待されていると知られることが恥ずかしくて、怖くて、ずっと目立たないように過ごしてきた。前髪を長くして俯き加減でいれば、大抵の人は話し掛けて来ず目も合わない。
「それで瑠璃、こちらのイケメンはどなた?」
瑠璃が樹の紹介をしようと口を開き、突然ライトが落ち入り口が照らされた。穏やかなメロディと共に司会が叫ぶ。
「主役の二人の登場です!!」
扉が開くとカジュアルなドレスに身を包んだ女性が同じくカジュアルなスーツに身を包んだ男性と腕を組みながら歩いてきた。おめでとうという祝福の声に包まれたその姿は幸せを体現したかのようだ。
瑠璃さん、大丈夫かな……。
瑠璃を見ると、こわばった表情で握りこぶしを作っている。その姿はきっと瑠璃が一番見られたくない姿に違いなかった。
大丈夫なわけないか、あんなに好きだったんだもんな。でも俺なら何とも思ってないよって顔して立っていたい。
そう思った瞬間、樹は抱き寄せるようにして瑠璃の腰に手を回していた。驚いた瑠璃が樹を見る。
「笑って。ここはあなたにとっての戦場でしょう? プライドを取り戻しに行きましょうよ」
「分かってるわよ」
瑠璃の目に力が宿った気がした。そして次の瞬間、樹の手の中から逃れた瑠璃は一人で立って大きな拍手と笑顔で二人が通り過ぎるのを見つめた。
「今日は私たちの結婚パーティーに来てくれてありがとう。今日という日を私たちの大切な友人と、その友人の大切な人と過ごしたいと思い、パートナー同伴のパーティーにしました。この機会にたくさん友達の輪が広がればいいなって思っています」
深々と頭を下げた新郎新婦を見ていた由美がワインをゴクッと飲み干して「良く言うよね」と呟いた。
「瑠璃にあんなことをしておいて結婚パーティーに招待、しかもパートナーと来いだなんて……どれだけ瑠璃を苦しめれば気が済むんだろう」
「先輩がそうやって怒ってくれるだけでもだいぶ救われますよ」
瑠璃が笑っていると挨拶回りをしていた新郎新婦がこちらを見て足を止めた。新郎が目を見開いて瑠璃と新婦を見ている。きっと瑠璃が来ることを知らなかったのだろう。
「瑠璃!来てくれたんだ、ありがとうー。新しい彼氏? 良かったぁ、こんなことになっちゃったし瑠璃にも幸せになって欲しいと思ってたの」
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